第84話 黒鉄が落ちる時

 州都ヴァーロム。アズガルドと隣接するヴァーロム州の都にして、国防の要。都の外周を囲う黒鉄の巨大な壁は「黒鉄城壁」と呼ばれ、帝国の国土を守り続けて来た。


 黒鉄色の壁は魔術処理された合金であり、対物理対魔力、双方に高い防御能力を持つ。魔導砲台等の兵器によって、防衛戦にも抜かりはない。更には多重に展開される防御障壁によって、鉄壁を不落と成している。


 ヴァーロムに住まう者は、軍属かその関係者が多い。戦いの最前線と成り得る場所故、当然と言えば当然だ。

 ヴァーロムは現在、普段以上に慌ただしくなっていた。理由は当然、アズガルドへの侵攻作戦だ。


 帝国上層部が二面攻勢を決断したことにより、ビフレストとヴァーロムの二ヶ所から攻撃が開始される。

 だからこそ、アズガルドに最も近い帝国拠点であるヴァーロムに、兵站が集中するのは必然。既に第一軍は進軍を開始している。現在は第二軍の最終調整中である。


 既にビフレストへの攻撃が開始されたとの報も入っている。順調に進めば、有利に戦局を運べるハズだ――と、州都ヴァーロム臨時総督、アーネイア准将は思考した。

 彼女が臨時総督になってから、対聖国の活動が活発になった。ハズレくじを引かされた気分でもあり、戦果を上げるべく奮起しようとも思える。――ちょっとしたアンビバレンツだった。


「また考え事ですか?」


 そんなアーネイアの横で書類を纏めながら、気遣うように優しく語り掛けてくるのは、彼女の部下にして夫――ロルド中佐だ。厳つい顔と眼帯が、中々に強面である。


「見透かすのは悪い癖だな、中佐。時には秘しておきたい事もあるんだぞ」


 大袈裟に憂鬱な溜息を吐いて見せると、ロルドは困ったように苦く微笑んだ。


「申し訳ありません准将。気分を害してしまいましたね」


「ふっ、まあいいさ」


 互いにじゃれ合っているのは理解しているので、適当な所で切り上げる。実際、ロルドが茶々を入れなければ、無駄な思考で時間を浪費するところだった。――そういう所を理解しているのが、憎くもあり、嬉しくもある。


「そろそろ第一軍が国教を超える頃だな。聖国の連中が慌てる姿が目に浮かぶよ」


「アデルニアの防衛にも追われているでしょうし、二方向から攻められるとなれば、さしもの聖国と言えど、容易くは凌げないでしょうな」


「そうだな。さて……そろそろ第一軍からの報告があってもいい頃なのだが――」


 そうアーネイアが口にすると、執務室に部下が入室する。


「失礼します、准将。第一軍からの報告がありません。――こちらからの通信にも応答せず、何らかの問題が生じている可能性が」


 部下の報告を聞いて、アーネイアは顔を顰めそうになる――のを抑止した。……国境を超えるのだ、向こうの防衛網に引っかかるのは予想してた。魔導通信に妨害が入っている可能性もある。


「まあ、想定の範囲内だ。そうだな、では――」


 対策の為命令を下そうとした瞬間――窓の外から凄まじい光が差し込み、同時に轟音が響く。


「ッ!? 何事だっ!」


 唐突な事態にロルドが立ち上がり怒鳴る。執務室に詰めていた他の部下や報告に来た士官も状況が飲めず、辺りを見回している。そうしていると、室内にけたたましい警報が響き渡る。――襲撃が行われ、常時展開している防御障壁にダメージが入った事を告げる、アラートである。


「敵襲……!?」


「管制室へ向かおう。市民に外出禁止令と敵襲の旨を」


 そういうが早く、アーネイア達は管制室へ向かう。そこはヴァーロム内の魔導機能を一手に操作する中枢であり、故にこそもっとも状況が判断しやすく、情報も集まりやすい。

 管制室に到達したアーネイアは、中に入って周りを見回す。――数多くの機械が取り付けられたその場所で、詰めているオペレーターが忙しなく動いている。


「状況は?」


「非常に芳しくありません、准将」


 アーネイアの問いに答えたのは獣人族のオペレーターだ。彼は焦ったように機材を動かし、何かの情報が移された画面を投影する。――見るに、展開されている防御障壁の情報のようだ。


「先の一撃で防御障壁の外殻が全損、第二層も86%程のダメージを負いました。目下修復作業中ですが、同じだけの威力をぶつけられれば、二発耐えられるかどうか……」


「それだけの出力をどうやって……いや、何者による攻撃なのだ」


 もっともな疑問をロルドが問いかける。その問いを向けられたオペレーターは、僅かに考え、そして迷うように口を開いた。


「その……確かではないのですが――」


「推論でも良い、早く述べろ」


「……恐らくは、秘蹟機関の英雄――レヴィス・ダーレイ・レテルネラのアーティファクト――聖遺物による攻撃ではないかと」


 オペレーターの遠慮がちな答えに、アーネイアは瞠目した。そして脳裏で考えていた情報が点と点を結び、恐ろしい絵を描き出す。


「――第一軍からの連絡途絶は、まさか」


「十中八九、間違いはないかと。こうしてここまで来ている以上――向こうが、僅かに早く、強かった」


 アーネイアの呟きに、ロルドも苦々しく同意した。当たっていてほしく無かった考えが、恐らく正答であると確信し、アーネイアは歯を食いしばる。


 第一軍からの不自然な連絡途絶。そして、聖遺物によるヴァーロムへの攻撃。合わせてみれば、自然と見えてくる事実がある。


「――用いるか、全霊で。勇者の力を」


 聖国の懐刀、秘蹟機関。彼ら勇者を、本格的に軍事投入した証であった。








 ◇◇◇








 二面攻勢を決断した帝国だったが、その出鼻は挫かれた。

 ビフレスト聖教特区への攻撃は成功したものの、聖国はアデルニアを放棄――自国領域での防衛を行う事を決断。結果として、ビフレストへの攻撃は聖国に然したる負担を掛ける事は出来なかった。

 

 更にはヴァーロムからの聖国領内への侵攻も失敗。先だって侵攻を開始した第一軍は、ヴァーロムへの秘匿攻略任務を受けていた「第八席次」と「第七席次」の両名によって壊滅――勇者という存在の、圧倒的力を誇示する結果になった。


「貴方、便利ね」


 身の丈を遥かに超える、武骨で巨大な大槌を振り回し、こびり付いた肉片を落とすレヴィスは言った。ドワーフ族である彼女は小柄な少女にしか見えない。そんな少女が巨大な槌を振り回す様は、いっそ異様であった。


「まぁな。ま、アンタの破壊力には及ばねェけど」


 レヴィスの隣で、野卑っぽく振舞うのは第七席次――「忍耐」のオーヴァ・リガン・ローウェルだ。猿の獣人の血が入っているらしく、耳が獣のように尖り、顔つきも猿めいている。上位七席次、セブン・ナンバーズの中でもフレンと同じくらい激務――取り分け実働任務に追われている。

 

 ――オーヴァの聖遺物〈巨鉄の魔杖グリダヴォル〉――見た目はただの鉄の棍、というより鉄の棒だ。その権能は純粋な増幅である。増幅は契約者の身体能力から魔力、展開する術式にまで及ぶ――汎用性ならばトップクラスだ。

 

 オーヴァとレヴィス、そして聖別軍レギンレイヴの戦術魔導兵らを伴い、帝国侵攻に置ける、第一の障害たるヴァーロムを砕けとの猊下命令を受け、彼女らはここまで進軍した。


 移動にはオーヴァの聖遺物で増幅した「転移魔法」を用い、素早く、隠密裏に済ませた。――オーヴァが勇者の中でも、様々な任務で激務に追われているのはこの汎用性故だ。

 転移魔法で進軍を続けると、ヴァーロムより出立した帝国の第一軍を発見――聖国への侵攻を防ぐべく、戦闘を開始した。


 多数の魔導兵器や機械化歩兵部隊を含む第一軍――およそ三万の兵力に対して、聖国は秘蹟機関所属の勇者が二人と、戦術魔導大隊が四百ほど。数的不利は圧倒的であった。

 だが、聖国は勝利した。勇者は一つの軍にも匹敵する――その例えの通りに、圧倒たるを示したのだ。


 聖国は少数であった事を利用し、奇襲を敢行。まず、オーヴァが聖遺物による増幅を行い〈空魔電域ノイズサージ〉と〈模造結界イミテーション・フィールド〉を発動。前者の魔法で帝国軍の魔導通信を妨害し、後者の術で大規模な情報偽造を施す。結界外部からは、平常な景色しか見えないというワケだ。


 ――当然、大規模な軍団が消失したり、情報が途絶するとなれば、このような小細工はすぐに割れてしまう。だがそれでも問題はなかった。必要なのは僅かな時間――軍を全滅させるまでの、時間だ。


 そうして小細工を済ませた聖国は、戦術魔導大隊による広範囲魔法攻撃を敢行。〈放出爆破エミッション・バースト〉や〈大地衝裂アースクエイク〉等の広範囲魔法による奇襲は、帝国軍に凄まじい混乱と犠牲を生んだ。通信が機能しなくなったことによる影響も、非常に大きかった。


 もっともよく効いたのは元素系統第八位階の〈猛熱毒素ヴェノムミスト〉だろう。高密度の亜硫酸ガスを生成するこの術式と、気流操作の魔法の組み合わせは凶悪だった。目に見えない猛毒は、敵軍を素早く死に導く。


 そうして数を減らし、混乱させることに成功すれば、勇者二人の役目が訪れる。レヴィスとオーヴァが敵軍に突っ込み、文字通り無双の限りを尽くすのだ。


 レヴィスの大槌は、一振りするだけで何十人も纏めて轢殺し、魔導戦車の類も破砕してしまう。暴虐の限りを尽くす勇者から逃れようと逃走する兵士は、小高い丘から戦術魔導大隊が優先して攻撃――結果、逃走を許したのは全体を見ても僅かで、殆ど全滅させてしまった。

 

「これで、コイツらが聖国に踏み入る事は無い。――今の所は」


「そーだな。まあ、どの道ヴァーロムからは進軍できない。こっちが逆に攻めるんだからな」


 未だ殺戮の熱が疼く戦場跡で、二人の勇者は凍えるほどに冷たく言葉を交わす。そうしていると、随行する魔導大隊が集合を終えた。――もうヴァーロムは目前だ。素早く確認を終えたオーヴァは、再び増幅した転移魔法を起動――州都ヴァーロムと帝国の荒野が、遠くに見える丘に転移する。


「さて、と……ここからはレヴィス、アンタの仕事だ」


「分かっているわ」


 オーヴァの茶化すような声音に、ぶっきらぼうに返事をするレヴィス。彼女は担いだ大槌を地面に突くと、深く息を吐いた。


「始めるわ」


「――おう。もう魔力偽装は展開し終えている。思い切りぶっ放しな」


 オーヴァの許可も得て、レヴィスは魔力を練り上げ聖遺物に供給し始める。供給を受けた彼女の大槌は光を発し、やがて空中に独りでに浮き、その姿を変える。


 光が収まった頃、大槌は異様な大砲に変じていた。設置して発射する尋常のソレではなく、まるでヒトが抱え、装着するかのような機構が存在している。レヴィスはその異形の大砲を持つと、静かに魔力を供給し始める。初めはゆっくりと、しかし徐々に膨大量の魔力を注ぎ込む。


「――轟雷、万滅を告げん。号砲と成りて、万象数多を焼き払わん――」


 静かに詠唱を発し、レヴィスは目を見開き大砲を構える。砲門には青く輝き、雷光の如く爆ぜる魔力が圧縮されていた。大気さえ揺らぐほどの大魔力を携え、レヴィスは口上する。


「――消し飛べ、〈終砲万滅トールハンマー〉!」


 叫んだ瞬間、視界が青白く染まり、轟音と共に魔力の奔流がヴァーロムに放たれた。

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