第83話 正義の在処
新生歴554年、聖国アズガルド。
アデルニアに存在する聖国管轄下の「ビフレスト聖教特区」より、本国に連絡が入った。
「――帝国からの侵攻、飛空魔導兵器を確認――」
その報せは聖国上層部を無音の衝撃となって貫いた。飛空兵器の恐ろしさは、普段より魔物と争う聖国にはよく理解出来ていた。
これを受けて、聖国上層部にして最高意思決定機関――最高議会は緊急会議を招集。教皇以下十三名によって対策会議が行われた。
「飛空兵器とは、考えたモノですねぇ」
「呑気に言っている場合かね? これは聖国を揺るがす一大事となり得る兵器だぞ」
「空を往く兵器……報告によれば、強力な魔導兵器を搭載しているそうじゃないか」
「ビフレストの魔法障壁を、一撃で大きく削るほどの火力を備えている飛空兵器とは危険極まりない。観測によれば、第十位階相当の魔力放出だったとか」
「第十位階!? 空からそんなモノが撃たれれば……」
「堅牢な砦も、道を阻む森や山脈も、態々攻略する必要がないというのも恐ろしいですねぇ」
聖国の未来を守護するため、盛んに意見や情報を交わす枢機卿ら。そんな議会の議場の扉を開け放ち、ズカズカと入り込む輩が現れる。
「猊下!」
入ってきたのは二人の枢機卿だ。どちらも先日の講和会議で教皇に同道した老人らである。
「何用ですか。現在、議会は帝国への諸問題解決のため、会議を行っている最中です。貴方達のような、『無関係者』が立ち入って良い場所ではありません」
枢機卿の一人の老女がピシャリと老人共に言い放つ。――そう、彼ら愚かな老人は既に無関係者になっている。
事は少し前。講和会議が終わった直後だ。今まで枢機卿の好きにされていた教皇が、突如として実権を握る事となった。
何処からともなく、今まで枢機卿らが行っていた不正などの数々を証拠つきで告発――極め付きは教皇への暗殺容疑まで出る始末。俗に「無能」とされていた枢機卿らはその一件で議会から追放され、処刑が決定している。
長年議会の癌とされてきた枢機卿らが一斉に追放され、有能な聖職者らが功績や経験なども鑑みて新たに枢機卿に任命され――現在に至る。今議会に参加している枢機卿らは、全員が新参である。
「猊下、我々がどれほどの間信仰と忠義を捧げて来たかお忘れですか!」
「これまでの信心を無にするような真似はお止めください! どうかご再考の程を――」
「黙りなさい。そもそも、貴方達旧体制の枢機卿らは素行に問題が多すぎました。猊下が慈悲深い方であらせられたが故に恩赦されていたとも知らず、剰え暗殺を企てるなど……賜死を受けられるだけ光栄に思うべきです。分かったのならば、さっさと毒杯でも呷って死になさい」
余りにも痛烈な物言いに、必死に訴えをする元枢機卿の老人らは顔が引き攣ってしまう。だがすぐに気を取り直すと、老人の割には張った声で喧しく騒ぎ立てる。
「あ、暗殺など! 讒訴、これは讒訴ですぞ猊下!」
「もうよい。警邏よ、その者達を摘まみ出せ」
元枢機卿らは現枢機卿の命令によって警備に摘まみ出されてしまう。最後まで必死に何かを訴える老人達に、冷たい視線を浴びせた後、再び会議に戻る。
「全く、とんだ邪魔も入ったものだな」
「……議論を続けましょう。帝国の新型兵器にどう対抗するか、そしてアデルニアからの救援要請にどう対処するか」
「飛空兵器に対しては、長距離まで届く雷撃系の元素魔法で固めるしかあるまい。或いは――」
「
「召喚術式に長けた部隊を新設し、飛行能力を備えた召喚獣を使役するという手もあります」
盛んに意見を出し合い、徐々に帝国への対抗策を固めていく枢機卿達。その甲斐あってか、凡その方針は固まった。
「
「そうですねぇ……アデルニア方面は、如何しますか?」
女性枢機卿の問いかけに議会は静まり返った。考え込んでいるのだろう。
そんな沈黙を破ったのは、それこそ今まで黙っていた教皇だった。
「捨ておけ」
ただ一言、鋭く冷酷に、そしていっそ華麗なほど残酷に言い放つ。
「なっ!?」
「猊下、それは――」
「帝国もアデルニアの国土を無暗に焼き、民を虐殺するような事はせんじゃろう。彼奴等は餓え故に進軍しているからのう。手に入る分を、無意味に散らすほど愚かではあるまいて」
「しかし猊下、未だ聖国の戦力には余裕がありますよ。アデルニアを守るのは、同盟国としての義務でもあります」
「なれば、目下進行中のヴァーロム侵攻作戦は取り止めということになるのう。アデルニアへ兵力を輸送するとなれば、それなりに時間も負担もかかる故」
「うむむ……飛行兵器の機動力を鑑みれば……もはや手遅れ、という『見方』も出来るのでは?」
教皇の言葉に同調するように意見を言った枢機卿。その内容に、議場が僅かにざわつく。
手遅れという見方――つまり、既に援軍が無意味な段階であると「結論付ける」事で、アデルニアを瑕疵少なく見捨てる、と言う事だ。
「……仮に、もしも仮に、アデルニアを……その、援軍を送らないとなれば――」
「アズガルド領内で帝国軍を迎え打ち防衛――その間に、ヴァーロムより帝国本土へ侵攻するしかあるまい」
「……こちら側で諸々の準備が出来るならば、空飛ぶ兵器にもある程度の対策をした上で戦いに望める」
「決まり、ということでしょうか」
「では、決を取らせてもらおうかの」
最高指導者の言葉によって、議場は静まり返った。決を取る前の最後の思考、余白の時間だ。
十分な間を取ったと思ったのか、教皇が静かに手を挙げる。
「アデルニアへの援軍が、既に無意味だと思う者は挙手を」
教皇が決を取り始める。最初に明示したのは、アデルニアの切り捨てへの賛成票――。
この提案に、教皇含めて九名が賛成の意を示すべく手を挙げた。
「では、今からでも援軍を行うべきと思う者は挙手を」
そして切り捨て反対票には四名が手を挙げた。結果は余りにも明白であった。
「決まったようじゃの」
実にあっさりとした教皇の物言いは、驚くほど熱を欠いていた。
「では、アデルニアへの支援は既に時遅しと判断し、我々は最大限『国防』に努める事とする。防衛ラインを策定――恐らくはレン高原辺りになるじゃろう――防衛に努める。ヴァーロムからの帝国攻略も、進めねばならんの」
その後諸々の議論を交わした後、解散となった。一斉に議場から去っていく枢機卿と教皇たち。その行列を目撃した第四席次フレンと第五席次リーゼリットは、立ち止まって眺める。
「会議の頻度も増えてきているな」
「そうですね、それだけ帝国は喫緊の課題と言う事でしょう」
フレンの呟きに無難な返事をするリーゼリット。だがフレンの表情は苦く硬い。
「どうされました?」
「……ふと、不思議に思ってな。以前は例の――元枢機卿らが目立っていたが、放逐されてから、猊下は精力的に働いていらっしゃると」
「確かにそうですね。……こんなことを言うのは憚られますが、猊下も困り果てていたのではないでしょうか。元枢機卿らが暗殺を企てた事で、ようやく猊下も解放されたとも、考えられます」
「そう、だな」
口ではそういうフレンだが、どこか疑問のしこりが残っていた。
あの時、講和会議で見た教皇は何時になく雄弁であった。その振舞いは自然と愚か者であった元枢機卿らを抑える事にまで及んでいた。アレが出来るなら、以前から今と同じ動きは出来ただろう。
……そして、この不自然なまでの枢機卿らの追放。策謀の類が巡っているのではないかと、考えてしまう。
信仰の極致たる教皇を疑うなどあってはならない事だ。フレンは頭を振った。
この国に生まれた者は、幼い頃よりユグドラス教を教えられ、そして王たる教皇は犯し難い存在として認識する。故にこそ、疑うという事すら浮かばないのが普通なのだ。
「……考えすぎか」
そうと結論付けて、フレンは自らの内にあった疑念の芽に、固く蓋をした。
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