第82話 破滅への連鎖

 魔導兵装「トーデストリープ」――魔導飛行戦艦ヨハネに備えられた兵器にして、最大火力。

 ルルハリル・ホーエンハイムが当該兵器実装に際して、留意したのは「低燃費、高火力」である。

 移動型の兵器に武装を仕込む際の留意点として、使用できる魔力に限りがあるというのが重要だ。


 当然だが最低限、浮遊と航行に魔力を割かねばならない。

 魔力源たる「疑似エリクシル・ドライヴ」は優秀なメイン・リアクターだが、一度に生成できる量には限りがあるし、余りに強く稼働させ続ければオーバーロード状態で自壊する恐れもある。

 

 同時に、空中を航行する戦艦は射程距離の長い攻撃に対しては、格好の的。

 故、防御障壁を展開する余裕も確保しなければならない。そうなれば、攻撃に使用できる魔力は、多く見積もっても半分と言ったところになる。


 その半分の魔力で、射程距離と制圧力に優れた汎用兵装「魔導機関砲」と、大火力による拠点制圧や集団への効率的破壊を担う「主砲トーデストリープ」を運用する。

 

 主砲――トーデストリープ。術式内で圧縮した魔力を熱量に変換し放出するという、理論としては陳腐な兵器だ。火力は申し分ないが、それ以上に消費魔力の削減にこそ、ルルハリル・ホーエンハイムは固執した。

 

 主砲発動に際して、副装リアクターからの魔力の供給によってメイン・リアクターへの負荷を最小限にするという手法を取った。


 副装リアクターは、単純な魔力源ではなく「世界に散漫する魔力――外的魔素マナ――を集積し、供給する」という変わった供給装置である。


 それは「龍」という種族が備えていた異能であり、古の大帝国に仕えていた頃の「さる錬金術師」が開発した理論に、よく似ていた。


 魔力を外部から確保するので、高効率運用が可能な大火力兵器に仕上がった。欠点として、一度発動すれば周囲の魔力を吸い上げてしまうので、次弾以降、自前のリアクターで放たねばならない。


 無論、ある程度時間をおけば、周囲の魔力は戻るので然程問題はない。大火力兵器はそう連射する為のモノでもないからこそ、噛み合っているのだ。


 ――圧縮された熱光線が、ビフレストを打ち穿つ。国境を隔てる壁を葬るかのようなそれに、抗するように魔法障壁が阻む。ビフレストの防衛機能だろう。

 

「防御魔法か、当然あるだろうとは予想していたが……」


「魔力量からして、第十位階以上といった所でしょう。このまま攻勢を緩めなければ、そう時間を掛けず突破可能かと」


 トーデストリープを防ぐ自律障壁を見て呟くリヴィトの横で、副官が計測結果を淡々と告げる。

 第十位階――かなりの高位魔法だが、当然の如く突破可能。ヨハネ単騎でも十分ビフレストを落とせる。


 然らば、他の四隻の飛行船――とある兵器移送用の「大型移送艦」と護衛用の駆逐艦三隻――で先にアデルニア王国の制圧を進めるのが肝要か。何、心配はいらない。所詮旧世代に生きる王国民だ、抵抗など出来まい……。


「――侵攻作戦参加中の、全艦に告げる。旗艦ヨハネ、及び当作戦の指揮官であるリヴィト准将だ。移送艦と駆逐艦は作戦を第二段階へ移行、速やかにアデルニア本土の制圧に当たれ。当旗艦はビフレストを陥落後、後方軍と共に進軍する」


 通信を入れ、リヴィトは眼下のビフレストを見据える。


「さて、どこまで抵抗できるか、見物だな」








 ◇◇◇








 新生歴554年、予定通りビフレスト聖教特区への侵攻を開始した帝国軍。重魔導戦艦ヨハネを主とする艦隊により、ビフレスト聖教特区は抵抗虚しく、数時間で陥落した。先だって侵攻を進めていたヨハネ指揮下四隻の魔導戦艦によって、アデルニアの主要軍事施設は速やかに制圧されつつあった。

 

 空戦部隊の実戦投入は初であり、必然的に練度不足という問題を抱えていたが、それを補って余りある性能と、アドバンテージによって侵攻は非常にスムーズであった。


 戦闘での移動は騎馬が主流であったアデルニア王国と、空を行く兵器とは余りにも格差が存在しており、交戦は殆ど蹂躙の体を成していた。


「――空飛ぶ鉄の塊なんて、どうすりゃあいいんだよっ!」


 アデルニアが内乱状態なのは帝国も承知していたので、各派閥の主要拠点への攻撃を行っていた。貴族派閥の主要拠点である南の都市は、ビフレストから近いというのもあってすぐさま制圧された。


 後続する軍の中継点とすることを考えたのか、都市への被害は最小限に止めていた。空飛ぶ船より降伏勧告をされれば、剣と魔法が主で、その武器も貧弱な貴族派閥としては受け入れざるを得なかったのだ。

 

 

 

 ――暫定王都バルメッラ。

 ビフレスト聖教特区の陥落は、当該地域に勤めていた魔導師によって、すぐさまアルマン王に通達された。

 

「まさか……これほどまでとは」


 念話の術式を受信し、焦った顔をした宮仕えの魔導師をどうにか追い出した後、アルマンは頭を抱えた。

 

「降伏……するか?」


 妥協の選択肢は最上の手に思えたが、同時に浮かぶのは聖国。

 聖国の庇護無くば、アデルニアは成立しない。そういう風に出来てしまっているのだ。

 彼らを裏切るような真似をすればどうなるか、想像に難くない。主を変える時は慎重に見極めるべきなのだ。


 帝国の属国となれば、恐らく指導者の挿げ替え――つまり、支配体制の一新が行われる。なれば、アルマンの命はあるまい。

 かといってこのまま抗しても無駄に殺されるだけ……王がいなくなった王都に、帝国軍が我が物顔で闊歩するだけだ。


「聖国に……聖国に期待するしかない、のか」


 何処までも他人頼りだ、とアルマンは自嘲する。

 この国を支配するチャンスを得た時、アルマンは心躍った。何処までも聖国に頭を下げ続け、すっかり軟弱となった王国を更生すると。

 

 その結果がこれか。こんなことになるなら……前王の泥沼のような平穏政治で良かった。

 失って初めて気が付く――等、陳腐な言い回しと馬鹿にしてきたが、いざ「そうなってみる」と、これ以上に的確な言葉は無いと確信するから、不思議なものだ。


「聖国からの援軍は……あるだろう。ああ、そうに違いない。でなければ、色々と図ってやった意味がない」


 聖国に期待するとなれば、王国が出来るのは時間稼ぎ。魔導師が伝えて来た「空飛ぶ船」とやらに何処まで抗せるかは未知数だが、やるしかない。


「一先ず、各地に召集を……傭兵らに布告も……」


 そうして対策を立て始めたアルマンだが、彼は一つ失念していた。

 正義とは誰の為にあるのか、聖を謳う者達の本性を。








 ◇◇◇








 傭兵団、緋の両翼は早速王都を離れるべく諸々の準備を進めていた。食料は勿論、路銀が重要だ。貨幣は戦争下、いつ価値を失うか分からない。普遍的に価値を持つ宝石や、魔導具などに変換しておく。

 そうして準備を終え、いつもの酒場に集った緋の両翼。団長イーザが団員に宣言をする。


「みんなー、この国は結構危ないから、そろそろ潮時だぁ!」


「おいしく稼げたし、トンズラさせてもらうって寸法っすか?」


「そうそう、リグラもヤバイって言ってたし、もう逃げよう」


「んでもよぉ姉御、逃げるってどこいくんだよ」


「リグラがね、えーっと、どこだっけ……どっか忘れたけど、いい場所があるって……」


 言葉に詰まったイーザが、ああでもない、こうでもないと唸り、やがて諦めたように隣のリグラに助けを求める。ネズミの魔導師は、少し頭の弱い団長の困ったような笑いを見て、大袈裟に溜息を吐いた。


「学術都市セフィロト、イースト・シティ。次の拠点はそこしかないね」


「そうそうセフィロト……で、なんでそこ行くんだっけ」


「……ハァ。まず、帝国は南から攻めてくる。だから南に逃げるのは巻き込まれかねない。でも北上するのも不安。聖国に目を付けられたくないし。消去法ってワケだ」


「だ、そうだよー! 理にかなってるってヤツだね!」


「流石、参謀!」


「リグラの旦那には敵わねえな!」


「やめろってお前達! こら!」


 リグラの立てた作戦を聞いて、大袈裟に彼を持て囃す傭兵達。子供程の体躯しかないリグラは、むさい男たちに揉まれ、胴上げをされてしまう。そんな魔導師の哀れな姿を見て、イーザは腹を抱えてケラケラと笑う。


「バカバカ! やめろー! この低能共! まともに教育も受けてないからこういう事するんだろ!」


 普通であれば鼻白んでしまうようなことを言うリグラだが、いつもの態度なので周りは気にしない。

 生意気で鼻につく態度ながら、魔導師としてしっかり団に貢献するリグラは、傲慢な面含めて愛されているのだろう。

 

 そうして乱痴気騒ぎを繰り広げていると、酒場の扉が開かれて団員の一人が慌てて入ってくる。


「姉御!」


「どーしたの?」


「不味いですよ姉御。アルマン王が傭兵共に強制召集を掛けてきやがった! 応じなければ逆賊だって……」


 状況を伝えに来た団員の言葉に、一同は沈黙し動きを止める。胴上げに参加していた傭兵らが驚愕し一度に止まったせいで、リグラは誰にも受け止められずに地面に激突した。


「いっ!? ………なんで僕が、こんな屈辱を……」


 尻を強打し、傭兵達の足元から這う這うの身体で抜け出したリグラが、哀れみを誘う声音でそう呟く。

 

「うーん、ちょーっと不味いかも」


「どうしやすか、このままだと足を引っ掛けられますが」


「当然、逃げる! 帝国と戦うなんて自殺行為だ! 他の傭兵連中もどうせ逃げるし、留まるだけ無駄だ!」


 埃塗れになったローブを払ったリグラが、足元からワーワーと叫ぶ。甲高い彼の主張を聞いた緋の両翼の面々は、顔を見合わせて頷く。

 早速とばかりに酒場から出て夜の街を走る「緋の両翼」は、東門近くに止めた馬車に向かっていた。


「用意しといてよかった。馬車の手配なんてすぐには出来ないからねぇ」


 呑気に言いながら、馬車の準備をするイーザ。そんな団長の肩に飛び乗り、足場にして馬車に入り込んだリグラが偉そうに見下す。


「今回ばかりはポヤポヤされてると困ったからな。僕に感謝しろよ」


 ふんぞり返るリグラを見て適当に笑うイーザ。やがて全ての馬車の準備が終わり、イーザ達は東門から西門に向かってストリートを進む。――セフィロトのイースト・シティに向かうには、バルメッラから西進して、街道沿いに北上すればいい。


「待て、傭兵共! 今王都を離れる事は許さん!」


 緋の両翼の夜逃げを察した兵士達がこぞって止めに来る。緋の両翼は傭兵団でも選りすぐりの精鋭故、王国も逃がしたくないのだろう。

 帝国に抗するのであれば、傭兵の一人ネズミの一匹も欲しいのだ。


「王命に逆らう気か! 逆賊として捕縛するぞ!」


「門を閉めろ! 傭兵共を逃がすな!」


 一瞬で慌ただしくなる夜の王都。兵士達の騒ぎを聞いていれば、どうやら他の場所でも危険を察した傭兵が夜逃げをしているようだ。それを咎めようと必死になっている――という状況らしい。


「どーしよ! 門が閉まってるよ!」


「僕に任せろ。多少手荒でもここに居座るよりマシだ」


 そういったリグラが疾走する馬車の御者台から身を乗り出し、象牙で作った使い込んだ短杖を袖口から出し、構える。


「――来たれ雷精、重ねよ紫電。閃光は熱線の矛先を成し、我が面前の大敵貫かん――」


 魔力を奔らせ、素早く詠唱を済ませたリグラは展開した術式より強烈な元素魔法を解き放つ。


「――貫け、〈雷閃槍サンダースピア〉ッ!」


 解き放たれた元素系統第六位階〈雷閃槍〉は、紫電の大槍となって疾走し、閉じた西門を貫いた。

 着弾した瞬間、圧縮された雷撃が破壊現象を起こし門を破砕する。


 第六位階――上級の魔法に位置する元素魔法。これを扱える程の魔導師は、天才に分類される。破城槌の如き破壊力を持てるとなれば、魔導師一人で雑兵百名と引き換えても、余りある存在と言って過言ではない。


「ひゅー! リグラ、最高!」


「流石だぜ旦那!」


「まあね、ほらさっさと逃げるぞ!」


 焼けた西門から一斉に逃げ出す緋の両翼。背後で小さくなっていく暫定王都を振り返りながら、リグラは言った。


「ちょっと悪い事しちゃったな。まあでも、どの道アデルニアに未来はない。門の一つや二つじゃ、隔て切れないほどの絶望が押し寄せてくるんだ」


 彼の呟きに同意するかのように、馬車を引く馬が嘶いた。

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