第80話 黄金錬成の爪痕
「ええい、どいつもこいつも! 今を何と心得る、国難の時ぞ!」
アデルニア王国暫定王都、バルメッラ。旧王都ルーニアスと、南側を結ぶアデルニア王国の要衝。
ルベド・アルス=マグナによって、ルーニアスが滅亡し旧王朝が終焉してから、新たに政権を握った元公爵、フィリップ・ドゥ・アルマン王は執務室の中で吠えた。
「この期に及んで、まだ至尊の座を狙っているのかっ! どうしようもない愚昧共め!」
現国王を悩ませるのは旧王党派と貴族派である。ルベド・アルス=マグナによって殺戮された旧王党に忠誠していた貴族達は、敵対派閥であったアルマン王に非協力的だ。
――それもそのハズ。実の所、まだ前王の血を引く嫡子は存在している。王都が滅亡したことで殆ど死に絶えたが、王都を離れて暮らしていた子は生きている。
華のある王都に住まえないと言う事は、即ち秘匿すべき背景があるということ。
卑賎の出の少年を主流の嫡男として掲げるかを、旧王党派が迷っている間に、アルマンは自らこそ王に相応しいと宣言し王権を継いだ。
自分が王の血を引いていれば、もっと状況は楽だったとアルマンは思う。アルマン家は残念ながら王族公爵ではないのだ。
一応は王位簒奪の様相を呈している為、旧王党派はやはり敵対関係だ。
もう一方、貴族派閥は有象無象のカス共だ。アルマンが王位に付いたことを羨み、そして応じて生じた軋轢を利用し、自分こそが王になるという、分不相応な欲望を抱いた猿共の群れ。
前王への忠義故にアルマンについていない旧王党派とは異なり、欲望に駆られた真の愚昧共である。
現王アルマンと貴族派閥、そして旧王党派の間で内乱状態に陥ったアデルニア王国。そんな混迷の中、更なる混乱が彼らを襲ったのだ。
グランバルト帝国による聖国アズガルドへの大規模侵攻――しかも、ビフレスト聖教特区からの攻勢。
同盟国たる聖国が、アデルニア王国に齎す守りの一つ。それがビフレスト聖教特区だ。
永く続いた平和の影響で、軍縮を重ねたアデルニア王国。帝国に真っ向から抗するだけの戦力はない。故に、帝国とアデルニア王国との国境沿いたる「ビフレスト」を、列強たる聖国に任せているのだ。
――任せているとはいえ、本国から遠く離れ、補給も期待できない遠方。守り続けるには限界がある。故にこそ、例え僅かだとしても、アデルニア王国からも戦力を供さねば危険である。
突破されれば、次に危ないのは当然、アデルニア王国本土故に。
「だというのに……どいつもこいつもまともに兵を供するつもりはないっ!」
アルマンの怒りはもっともであったが、同時に無理のある要求であった。
他の派閥にとっては、アルマンは敵である。団結すべき脅威が面前に迫っても、敵の手を取り戦力を預けるというのは、難しい事である。
「こうなったら……傭兵共を集めるしかあるまい」
苦渋の決断だと、アルマンの口調が克明に告げる。
内乱状態の国というのは、傭兵のような薄汚い下民にとって格好の稼ぎ場である。その例に漏れず、アデルニア王国も傭兵らで満ちていた。
正直まともに役立つか怪しい連中ではあるが、そのような曖昧な存在にすら頼らざるを得ないのが今の王国だ。
こうなったのも、前王――いや、ずっと前から続いた治世の影響。確かに王国は平和であったが、それが軍備を疎かにしていい理由にはならない。
聖国の存在が、より軍縮に拍車をかけたのも頂けない。魔物の脅威が常にあり、こうして戦いがある世界なのだ、武器を自ら捨てるような真似こそ愚昧であると、何故理解できなかったのか。
様々な問題に頭を悩まされながらも、アルマンはか細い可能性を探り続けた。
◇◇◇
暫定王都バルメッラ。現王派閥最大の拠点。かつて交易都市として用いられていたその場所こそ、王のおわす首都である。
もっとも遷都されて日が浅いので、王の権威を示す城はなく、かつて領主が住んでいた館をアルマンが使用している。些か、締まらない状態である。
「――シゴトが多いのはいいコトなんだけどサ、どー思う?」
現在戦時中につき、傭兵らの仕事はとても多い。特に内乱の国など、それこそ「オイシイ」稼ぎ場である。ここアデルニア王国では、三つの派閥が戦力を求めている。主と仰ぐ連中さえ見誤らなければ、金貨銀貨は約束されたも同然だ。
傭兵団「緋の両翼」団長、イーザは酒場のテーブルに突っ伏してそう言った。
無造作に束ねた赤毛に、露出の多い鎧と、そこから窺える強靭な身体が印象的だ。
彼女が率いる傭兵団は珍しく、それなりに腕の立つ者達だ。団員こそ五十に届くか、という程度なものの、練度が高い傭兵が多い。こういった少数精鋭の傭兵団は、大抵魔物狩りとして生計を立てる。
当然、こうして戦働きの急募があれば、馳せ参じる。明確な人外たる魔物より、ニンゲン相手の方が幾分かマシである。――マシじゃない事も、多々あるのだが。
だが、内乱状態の国で傭兵が戦う相手は、大体同族の傭兵か草臥れた正規軍である。内乱が起きて、傭兵に頼る時点で自明、考えるまでもないリドルである。
イーザはそんなオイシイ職場にありついて、日々貯まるカネに顔を綻ばせつつも、生じた疑問を副団長に問いかけていた。
「どうって、何がだよ」
こんな血腥い職種の割に、随分と高くて可愛らしい声をした副団長が、面倒そうに答える。
副団長、リグラ。ネズミの獣人種で、成人しているハズなのに少年にしか見えない容姿だ。鼠色と揶揄されそうな、暗い色のローブに身を包んだ魔導師――そう、傭兵にしては珍しい、魔導師だ。
「そりゃあさ、ココでヌクヌクと稼いでいていいのかってハナシ」
ジョッキに注がれたエールを乾したイーザは、つまらなそうに言い放つ。
緋の両翼はそれなりに実力ある傭兵団だ。その辺の有象無象よりはよっぽど戦いに向いている。だからこそ、「ヌクヌク」なんて言葉が使えるのだろう。
「よくないね。ああ、全く良くない」
リグラは読んでいた本をパタリと閉じて、キッパリと言う。
「えー、その心は?」
「……ちょっとは自分で考えないのか?」
「あのさぁ、わかんないから聞いてんだよネ」
「……はぁ。まず、この国はそんなに長く持たない。外患が迫って尚、内乱が続くようじゃあ、無理」
「ちょっと薄情ジャン? リグラってサ、ここの国の……学校? 出身でしょ?」
「国立魔術学院。卒業はしてない。退学になったからな」
嫌そうに呟くリグラ。彼の神経質な性が、苛立ちから露わになっている。
「考えてもみろ。この国は実質、聖国の属国みたいなものだ」
「そーなの?」
「そうだ。自分の庭の管理士が、喧嘩ばっかしてたらどう思う」
「そーだねー……お庭があるような家、住んだことないから分かんないケド、まあ嫌じゃない? 庭師を変えようとも、思うかもー」
と、口にしたイーザだが、ハッとして気が付く。
「もしかして、セーコクがオーコクを没収しよーとしてるってコト?」
「まあ、そんなとこ。宗教原理主義の聖国が、王国の管理を本格的に担うようになったら、僕達みたいな傭兵は肩身の狭い思いをするだろうね」
「えー、やだなぁ。でも、庭と違って国を、そんな簡単に没収出来たりするの?」
「出来るだろうね。聖国は強いから。過去には、イーファル共和国って国の、反聖国分子を駆除すべく、その国の議席の殆どを傀儡にするなんてこともしたらしいし」
――まあ、この話は学院時代に貴族の友人に聞いただけだから、眉唾かもね。とリグラは締めくくった。
相変わらずリグラの話は難しくてよく分からないが、聖国がヤバイというのは、イーザの足りない脳みそでも理解できた。
「あと、グランバルト帝国の侵攻からも逃れないと不味いね。ビフレスト聖教特区を超えたら、いよいよ帝国の侵攻がアデルニアに来る。この国じゃあ、帝国との善戦なんて望むべくもない」
リグラはすっかり冷めきった白湯を飲み干し、肩から掛けた鞄に本を仕舞う。
「最悪のパターンは、聖国の支援すらない状態のアデルニアに留まる事だ」
「そんなことある? 庭が荒らされようとしてたら、頑張って追い出すでしょ」
「聖国は相手の庭にも攻めたいからな。戦力を割く余裕がないと判じれば、アデルニアは放置される可能性もある。グランバルト帝国だって、食糧が豊富で豊かなアデルニアの国土を、無暗に焼いて手に入る分を散らそうと思う事は無いだろう。――そう、聖国がそう判断して、捨てかねない」
「うーん、そうかな」
「あくまで予想だ。実際は神のみぞ知るってやつだね。兎に角、留まるのは一番良くない。結構稼いだんだろ、もう出た方がいいぞ」
頼れる参謀の助言を聞いたイーザは、団長としてアデルニアから去る事を決断した。
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