第四章

第79話 最期の予言

まえがき

お待たせいたしました、今回から四章です。













「お加減は如何ですか、第六席次」


 カーラインが声を掛けたのは、ベッドの上に身を横たえる老女だ。白髪が目立つ女で、皺も多く老衰しているように見える。

 

「ええ、今日はだいぶ落ち着いているわ……」


 しわがれた声で酷く辛そうに震わせる様子は、とても大丈夫そうに見えなかった。

 

 彼女の名はオヴェリア・オルヌス・ドラグロワ。上位七席次、セブンナンバーズの一人。「知識」の座に就きし第六席次だ。


 契約した聖遺物で予言を行い、重大な危機を回避する役目を持つ。――二年前、ルベド・アルス=マグナとパラケルススによる人類への危機を予言したのも彼女だ。カーラインは彼女の予言に従い、ルベド・アルス=マグナと戦い……そして弟、アルフレッドを喪った。


「……その節は、ごめんなさい。カーライン」


 何を思い出しているのかを察したのだろう。オヴェリアは辛そうに謝った。


「オヴェリア様が謝られる道理など……私が未熟だったからこその結果です」


「でも、この死にぞこないがした予言で、貴女が弟を喪ったのは事実」


「死にぞこない等と、ご自身を卑下するのはお止めください。オヴェリア様は、聖国に貢献なさっている立派な御方です」


 ――かといって、目の前の老女を責める程カーラインは愚かではない。

 アルフレッドもカーラインも、自分がいつ死んでもいいと、覚悟しながら戦場に立っていた。そうでなければ、戦場に参じる事能わず。怪物を殺す戦いを行う勇者は、殉教と隣り合わせなのだ。

 

「本当に、そうかしら」


 だがオヴェリアは暗い顔をして俯く。


「オヴェリア様……?」


「私の予言で、何人もの殉教者が生まれたわ。大事の前の小事と、切り捨てられてきたわ。……だから時折思うの、本当は予言なんて全部間違っていて、私は死地へと無意味に背を押しているのではないか――って」


 彼女は聖遺物の契約者として、幼い頃より勇者として秘蹟機関に所属している。


 その間、予言を行ってきた。予言で予見した恐ろしき未来を回避すべく、助言を行ってきた。

 その月日の中で、重圧は彼女の心を静かに蝕んでいたのだろう。カーラインでは、想像すら出来ない重圧が、彼女の双肩に圧し掛かっているのだ。


「……こんな考え、不信心かしら」


 そういって笑うオヴェリア。カーラインは、彼女の問いに答える事は出来なかった。

 

「……戦争が、始まるそうね」


 静かに呟くオヴェリアの表情は沈んでいた。

 

「はい……既に宣戦布告は出ています。第八席次と第七席次がヴァーロムに向かったので、聖国もまた侵攻を以て対抗を行うようです」


「聖遺物を、勇者の力を、人間同士の戦いに用いると……」


「……帝国は多くを蹂躙する戦争を行う故、聖遺物を以て侵攻を行うのは、法的にも正当な行為だと猊下は……」


「ユグドラス教団法の拡大解釈になるわ。普通なら、認められない。けれど……」


「座して待てば、実際多くを蹂躙されてしまいます」


「そうね……。カーライン、貴女はこの戦争に賛成?」


「……教団の意向に異を唱えるなど、私には」


「そう、ね。意地悪な質問だったわ。でも、気を付けて。もう運命はどうしようもない領域にまで来ているわ」


 そういったオヴェリアは、上体を起こして右目を手で覆った。


「まさかっ……オヴェリア様、聖遺物の力を!」


 カーラインが身を乗り出し焦りと驚愕を露わにした。それも当然、オヴェリアが契約した聖遺物は相応の代償を伴うのだ。

 

「私の〈先知の義眼プロスセシス・ミミール〉は、自在に制御できる代物ではないわカーライン。分かっているハズよ」


 そう囁くオヴェリアはカーラインを見据えて微笑む。彼女の右目は緑色に輝いていた。――作り物のように。


 義眼状の聖遺物、〈先知の義眼プロスセシス・ミミール〉は未来視を可能とする権能を秘めている。その未来視は占術や時空魔法を凌駕し、運命や因果律といったモノすら『視える』のだそうだ。

 だが、代償として行使する度に寿命や身体機能を失う。これまで幾度も義眼の力を使ってきたオヴェリアは、既にかなり追い詰められている。


 外見は八十歳ほどの老女にしか見えないが、実際彼女は四十後半程度だという。義眼の代償が齎した残酷な結果だ。


「……私は歴代の契約者の中でも、かなり長生きした方よ。聖遺物との繋がりが、薄いからね。その分制御できず、勝手に発動もしてしまう。自分の意志で行使した時よりは、代償は安いけれど。知りたくもない未来を勝手に見せて、それこそ勝手に、代価として命を持っていく、傍迷惑な力」


「……」


「その力が、未来を予言した。きっとこれが、最期の予言」


「最期……?」


「私はもう、聖遺物の力を使えるほどの余力はない。義眼が気まぐれに見せたあの光景を伝えるのが、第六席次として私に出来る、最後の仕事」


「まるで……死んでしまうような言い草はお止めください」


「ふふふ……でも、本当よ。自分の身体の事だもの。自分が一番よく分かって――ゴホッ」


 カーラインに微笑みかけたオヴェリアだが、突然言葉を切って酷い咳を繰り返す。


「オヴェリア様ッ!」


 急な体調の悪化を見せたオヴェリアに、カーラインは焦りながらも介抱する。背中を優しくさすりつつ、神聖魔法による治癒も施す。


「ゲホ、ゲホッ……ゴホっ……だい、じょうぶよ。もう、大丈夫。ごめんなさい、話の途中に」


「オヴェリア様、無理はなさらずに」


「ええ、ありがとう、カーライン」


 苦く微笑むオヴェリア。カーラインはどうにか彼女を癒せないかを考え――同時に過る考えによって更に悩む。


 義眼による未来視を行えば、激しい負担がオヴェリアにかかる。その苦痛は想像を絶するともいう。そんな重苦に何年も耐えて来たのだ。これ以上苦しめるような真似は、憚られる。

 例えカーラインやオヴェリアが望まなくても、聖国は世界の為、彼女に聖遺物の行使を命ずるだろう。拒めば、その末路は想像に難くない。

 

「いいかしら、カーライン。よく聞いて」


 考え込むカーラインにオヴェリアは改まって語り掛ける。恐らく視たという、未来を伝えようとしているのだろう。

 望んで発動した未来視ではないにしろ、これはオヴェリアが身を賭して得た貴重な情報だ。カーラインは身を正して備える。


「私が視たのは、複数の未来……つまり、未だ運命は複数に枝分かれているということ」


「運命が?」


 思わずカーラインは聞き返す。自分が知っていた、オヴェリアの聖遺物の特徴とは異なる発動の仕方だ。


「ええ。こんなのは初めてよ……。私の未来視は、もっとも高い確率の一つのみを見せていた。それを議会が見定め、解釈し、変えるのならば、相応しい方法を考えてきた……。でも、今回は違う」


 オヴェリアが言う通り、見た未来を正しく理解し、必要ならそれを回避するための議会が聖国にはある。秘蹟機関の役目の一つだ。


「どのような未来を……見られたのですか?」


「恐ろしい未来よ、それも沢山。多くは黒き影で満たされていた……魔の者共が、世界を掌の上にて転がす未来。そしてその果てに、世界が滅び、全てが消える未来。それとも、魔の王達が覇を争う混沌の時代。或いは新世界が――魔の存在を神とする世界が築かれる未来。でも……ただ一つ、ヒトが打ち勝つ未来も視えた」


「ヒトが? ……そのような未来が待ち受けていながら、我々にも抗する運命があると?」


「ええ。そしてそれには、四つの星が必要……その星の一つはカーライン、貴女よ」


「私……?」


「ええ。世界の分岐が始まる特異点……この戦争の果てに、運命を始めた者達との、決戦があるでしょう。貴方達四つの星は、それに打ち勝たねばならない」


「運命の、始まり……」


「黒と紅の終末の獣、あらゆる運命の始まりにして終わり……あの魔王を仕留めねば、少なくとも世界は、ヒトより魔を選ぶ事になるわ」


 その言葉を聞いてカーラインは瞠目する。オヴェリアが告げた魔王――その言葉を聞いて、どうしても過る存在。

 運命の始まり。確かに、あの存在こそが全ての始まりだったのかもしれない。

 

「……ルベド・アルス=マグナ」


 囁くようにして告げた忌み名は、カーラインに秘められた激情が込められていた。

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