第73話 収集のその後

「魂の収集、ねぇ」


 仕事から帰った俺は、イルシアに報告をしていた。相変わらず不気味な研究室で、キャスターがついた椅子に酷い姿勢で座っているイルシアは、俺の報告を聞いて怪訝な顔をしていた。


「何か思う所でも?」


「いいや……それよりも、グリムロック・アンバーアイズとやりあったそうじゃないか」


 魂の収集に関しての話を打ち切ったイルシアが持ち出したのは、余り聞かれたくないグリムロック・アンバーアイズに関しての話題。

 ……油断して敵の攻撃を喰らい、あわや敗北寸前に追い込まれた、なんて言いたくないのだが。恥ずかしいので。


「始原の勇者……か。問題は無かったかい?」


「ああ……まあ、多少あったものの、見ての通り健康だ」


「そうかい……」


 そういってイルシアは黙り込む。いつものように思考の海に溺れているのだろう。取り敢えず俺は彼女の邪魔をしないようその場で待ちつつ、俺自身も思考に浸る。

 アインから渡された資料には、今までセフィロトが収集してきた情報が記述されていた。取り分けタウミエルとしての最終目的――世界調律に関係する情報が。

 

 聖遺物や警戒すべき契約者についての情報の中、特段警戒しろと書かれていたのが「グリムロック・アンバーアイズ」だった。

 五百年以上前、世界が新生するより前の時代の存在であり、聖遺物との契約で不老の人外となった勇者。聖国建国の立役者であり、アルデバランを打ち払ったのも彼女達十五人の勇者だという。


 世界を焼き払い、新生される要因となった怪物とも見え、生存した稀有な例なのだとか。

 当然そんな不穏分子はセフィロトも要注意として監視対象なのだが、実力的には俺達幹部クラスに及びかねないので、下手な真似も出来ず――といった具合で、計画の成就の為ある段階まで生かしておかなければいけないというのも相まって、大変面倒な存在なのだ。

 

「相変わらず彼女は人類の為にせっせと働いているようだね。まあ、今の聖国の状態じゃ、下手に動けないだろうし、今回の一件は不幸な遭遇として処理すべきだろう」


 思考の海から戻ったイルシアは何時になく真面目にそういった。

 

「今の聖国の状態……ってのは?」


「ヘルメスから聞いたんだ。最近、彼女が聖国に潜入する機会があったそうなんだが、その際に諜報員と接触してきたとか。――まあ酷いモノだったと。国の状態というより、運営の状態が不健全極まりないとかでね」


 曰く、聖国アズガルドは宗教国家であり、教皇がトップで、その下に枢機卿とかいう連中による議会がある。しかし最近は議会が力をつけてきていて、教皇は彼らの操り人形のような状況らしい。


 対外的には、教皇直属の護衛団という扱いの秘蹟機関。そのトップであるグリムロック・アンバーアイズは、強大な力故、色々制約塗れらしい。殆ど本国を留守にしているのは、その多忙さだけではなく、単純に動きにくいからでもあるのだろう。


「本国を留守にし続けるワケにもいかないから戻り、戻ったら戻ったで厄介事塗れになる。同情を覚えないでもないが、こちらとしては有難い限りだよ」


「そろそろ講和会議もあるし、余計にだな」


「そうだね。機関内部でも派閥があって――その影響も出ているらしい。内輪揉めと同族殺しが好きなニンゲンらしい有様だよ」


 皮肉を交えて痛烈に罵倒するイルシアは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。人類の敵対者たるタウミエルらしく、彼女もまたニンゲンには思う所があるらしい。


「まあいいさ。新たな因子は実戦に耐え得る性能だと、図らずとも証明してくれたのだ。一先ずそれで勘弁してやろうじゃないか」


 クックックと、創作の中でしか見ないようなバカ悪笑いをするイルシア。ちょっと引きつつも、俺は頷いた。




 イルシアのせいでやる事になったゼロとの共同任務から数日、俺は相変わらずキマイラとしてセフィロトにて過ごしていた。

 ミゼーアの因子を改造してから、イルシアの制作意欲はだいぶ満たされたらしく、今は気ままに研究したり、ダラダラ過ごしていたりな感じだ。――どちらかと言えば、怠惰な雰囲気が目立ち始めた。よくない傾向だな。


「――まあ、仕方ない事か」


 俺は作っていた料理を片づけつつ、そう呟いた。北方風のスープ料理ことボルシチなるものを試していたが、割と美味かったので、明日のイルシアの昼食で出してみよう。

 

「でもサワークリームは好き嫌いが分かれるか……? 別皿で添えればいいだけか」


 改善点を呟きつつ、俺は思考の片隅で講和会議についてを考えた。

 近々例の会議をセフィロトで行うので、此方としても様子を見たいらしい。イルシアも今は特にやりたいことがないらしいので、講和会議を覗き見してやろうと考えているようだ。

 

「北方の料理は良さげなモンが割とあるな。帝国は芋ばっかだったし……いや、流石に偏見か? 結局滞在したのは数週間だったしな」


 数週間で文化を図れるならば学者は苦労していない。手元にあるレシピを読みながら、俺はそんなことを考えた。

 

「オイシー! オイシー!」


「美味カッタゾ!」


 オルとトロスも俺が作った料理を完食したようだ。皿までペロペロと舐めている。気に入ってくれたようだ。


「何やってんの?」


 そうしていると、急に厨房の中に聞き覚えのある声がする。声の方を見れば、厨房の扉からひょっこりとヘルメスが顔を出していた。


「ヒトんちに勝手に入ってくんなよ不法侵入者」


「オネエチャン、オネエチャンダ!」


「ヘルメス、オイラ達ト遊ビニ来タノカ!?」


 不法侵入者ヘルメスを迎える俺達キマイラ。反応も三者三様(?)だ。

 俺の反応を聞いていないのか気にしていないのか、ヘルメスは悠々と厨房に侵入してくる。


「はー、相変わらず可愛いわねこの子達。仕事明けの身体には刺激が強すぎるくらいよ」


 アホみたいなことを言っているヘルメスは、構ってくれるのを喜ぶオルとトロスをじゃらしながら厨房を眺める。


「アンタ、ここで何してんの?」


「みりゃ分かんだろ。飯作ってんだよ。つーかお前こそ何しに来たんだ」


 そう俺が聞き返すと、ヘルメスは目を開いて驚いた。


「アンタ料理とかするんだ。いがーい。毛とか入んないの?」


「殺すぞロリババア、入るワケないだろうが。……それで、何しに来たんだよ」


 オルとトロスをじゃらしているヘルメスは、思い出したように微笑む。


「そうそう。講和会議見るんでしょ? 明日、いよいよ到着するらしいわよ。特に、聖国からは秘蹟機関の勇者共も結構参加するって。機関に入れてる間諜からの情報だから、間違いないわ」


「初耳だな。それって、アイツら勇者の中に裏切り者がいるってことか? まあ十五人もいるんだったら、裏切りがあっても不思議じゃないか」


「そーゆーコト。講和会議の後は間違いなく戦争……多分、アンタも仕事に駆り出されるわよ~。裏の裏の、こっすい工作にね~」


「はあ? マジかよ、だっる」


 苦手なんだよな、そういうの。適当に何かを壊したり殺したりする仕事なら苦じゃないが、繊細な仕事は神経使うし。

 まだ見ぬ面倒そうな未来の仕事に思いを馳せていると、ヘルメスが悪い笑顔を浮かべて見上げてくる。


「ま、それが終われば面倒な仕事とはオサラバよ。セフィロトが本格的に動き出すわ、堂々とね」


 世界大戦の後にあるであろう、セフィロトとしての大規模作戦。何をするのかは正直ピンとこないが、仕事を振られればこなすのが作品の役目。まあ、今から考えてもしゃあないか。未来にあーだこーだと策を巡らせるのは、俺みたいなバカじゃなくて、アインとかのインテリ(?)の役目だ。


「ねえ、料理してたんでしょ? ちょっと興味あるから、何か作ってよ」


 考えを巡らせていると、ヘルメスがそんな事を言ってくる。不法侵入者の分際で何様だコイツ。


「今日はもう作んない」


「ちぇ、心の狭いヤツね」


「食いたいなら、事前に連絡しろっての。準備ってのがあるんだよ、わかるだろ」


 至極当然の事を言って聞かせると、ヘルメスが何故か目を見開いた。


「何だよ……」


「作ってくれるんだー、と思っただけ。いいわ、いつかご馳走してもらうから、精々腕を磨いておきなさい」


「何様だお前。出てけよもう」


 その後、まだオル・トロスと遊び足りなくてゴネるヘルメスの相手をしたり、ずっと研究室に閉じこもっている不健康錬金術師をどうにかしたりして、一日が過ぎた。翌日は講和会議――とは名ばかりの、最後通牒の場。ニンゲン同士の殺し合いが始まる前の、愚かな一幕が始まる。

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