第72話 収集業者(魂)
グーテンターク、
「モー! ルベドのバカッ! マタ油断シタダロ!」
「クサリジャラジャラ、スゴクイヤダッタ! イヤダッタ!」
セフィロトからも目を付けられている危険人物、グリムロック・アンバーアイズと邂逅してしまった俺達は、一先ずゼロの目的を果たさせる為に時間稼ぎを買って出たのだが――
「ミゼーアノ時モソウダゾ! 油断シタカラ、アッツイビーム喰ラッタダロ!」
「ルベド、スグ『マンシン』スル! マンシンスル!」
頑張って仕事をしたハズなのに、同居人たちから責められる哀れなキマイラになっている。
「はー、うざ」
耳元で喧しく騒ぐオルとトロスに、つい本音が零れてしまう俺。しまったと後悔する間もなく、予感した通りまたぞろ蛇達は煩くなる。
「ハンセーノ兆シナシ!」
「オシオキシッコウ! オシオキシッコウ!」
何やら不穏な事を叫んだオル・トロス。流石に気になるので、ちらりと見てみた瞬間――戦闘時もかくやという速度で飛び掛かってきた。
「いたっ……いたいって……やめろお前ら! 耳を噛むなッ!」
「ハンセーシローッ!」
「ハンセーハンセー!」
キレ散らかしたオル・トロス達が、俺の耳とかに嚙みつきながら喚いてくる。ウザいし面倒くさいし痛い!
「やめっ……分かったッ! 悪かったって……今度はきっと……多分……ゆ、油断しないから」
「オイラ達ニハ脚モ手モ無インダゾ!」
「イッシンドータイ! イッシンドータイ!」
「分かったって……悪かったよ」
オル・トロスらが責めているように、確かに俺には油断する癖がある。思い返してみれば、俺は何かしら戦う度に油断や慢心が原因で、つまらない過失をしている気がする。
分かってはいるので、今回は気を付けたつもりだったのだが――グリムロック・アンバーアイズの聖遺物を喰らってしまう失態を犯した。……確かに、オル・トロスらが怒るのも無理はない。
「……」
今度こそは気を付けよう――何だか毎回言って、毎回何かしら失敗している気がする。ここまで来ると、少し情けなくなってくる。
そんな風にメランコリックな気分になっていると、窮地を救ってくれた同僚、魔導師ゼロに改めて礼を述べなければいけないことを思い出す。
ゼロはクロム少年とアンバーアイズが来た山道を見据えていた。先ほどの醜態――オル・トロス達に突かれている情けない姿を見られていない事を期待しつつ、俺はゼロに近づいた。
「さっきは助かった。改めて礼を言わせてくれ」
「……気に、するな。……先ほど、その蛇らに噛まれていたのは、何かの、儀式か?」
やっぱ見られてた。クソ恥ずかしい。
「あー、そ、そんな事より、俺がいないと出来ない準備って何なんだ?」
油断して怒られてしまいました、なんて情けない事言えるワケないので、俺はカスみたいな誤魔化しをする。そんな俺をどう思ったのか、ゼロは僅かな沈黙の後、語り出した。
「……洞穴にある、霊脈への穴。そこで執り行う、ある儀式の補助を、頼みたい」
「分かった。案内してくれ」
会話の後、俺はゼロの先導を受けて山道を進んでいった。
人外二人組故に、脚力体力共に規格外なので、山道は来た時と同じようにさっさと登って目的地に辿り着いた。
標高五千メートルほどにある洞穴、その中にある大穴こそが目的地だという。いざ辿り着いてみると、入り口は予想していたような荘厳さや雰囲気――霊脈へ繋がる大穴があるという言葉の印象より、ずっと地味だった。
「ここ、だ」
洞窟に入っていくゼロを追って、俺も中に踏み入った。洞窟の薄暗さを認識した瞬間、俺の視界は自動的に調整を働かせ、十全な状態になる。所謂暗視――イルシアが施した、基本的な能力である。
「ほう」
暗視が効いた視界で改めて洞穴内を捉えた俺は、思わず感嘆の声を漏らす。
ゼロが言っていた「事前の準備」とやらなのだろう、洞穴内の地面には複雑怪奇な魔法陣が隅々まで描かれている。奥の方に見える僅かな魔力の輝きがちらつき、暗い洞穴内を静かに彩る。
「キレー、キレー!」
純粋なオルは洞窟内を見て目を輝かせる。トロスの方は――興味無さそうだ。というか、ちょっと眠そうにしている。
「……ワレが、ここに何をしに来たか、覚えている、か?」
奥の魔力の輝きの方に進むゼロ。不気味な魔導師は相変わらずボソボソと喋っている。
「あー、確か……死者の世界について調べに来たんだっけ?」
アインに渡された資料――グリムロック・アンバーアイズについても書かれていた資料――にあった作戦目的を呟くと、ゼロは静かに頷いた。魔導師ゼロはネクロマンサーを名乗っているそうなので、死後の世界に興味があるのは当然なのだろう。
「左様……とはいっても、死者の世界という、明確な異界を求めているワケではない」
「……と、いうと?」
死者の世界とやらへの疑問を抱いた俺は、その道の専門家たるゼロに問いかける。死者の世界――一度死に、そして再び生を得た俺としては、気になる概念ではある。
「異界――余剰次元とも呼ばれる存在。その実態……其は、天使や悪魔の、世界……つまり、存在が確立した者らの領域。死という、終わりに至った者に、寄る辺は存在しない」
「つまり……死者の世界なんてもんは初めから無い、と?」
そう口にする俺の言葉には少しのやるせなさが滲んでいた。初めから無いと分かっているなら、態々労力を割いた意味が分からない。
俺の想いを酌んだのか、それともゼロ自身似たような事を考えていたのか、頭を振ってから続きを語る。
「古今東西、死後の世界に関する神話や伝承……存在している。何故? それは、生物の死に、関係がある」
そこからゼロはこの世界における生死と、命に関係する魔導についてを語り出した。
曰く、この世界の生命は死ぬと、肉体に定着していた魂が離れるのだという。肉体として生物を生存させる機能が、何らかの理由で停止した時、魂と肉体を結びつける機能も消えるという。
そして肉体を離れた魂は、暫しの後四散して魔力に分解され、世界に還元される。還元を受けた世界は、あらゆる形で新たなる命を形作る。自然や、生命といった形で。魔力に分解される段階で、魂として個人を形作る機能は消えるという。
本題の、何故死者の世界についての伝承が世界各地にあるか。それは、何らかの理由で蘇生を果たした者によって、肉体と魂が乖離した状態が語られていったのだ。死後の世界として。
臨死体験をした者が不思議なモノを見たというのはよくある話だが、これはその極致なのだろう。
「――死後の世界については、大抵蘇生を果たした者によって、語られる。ニンゲン共がよくする神聖魔法には、蘇生魔法が存在する故に」
「確か、神聖系統第七位階〈
「……よく、知っている」
「流石にな。有名どころだし」
「そう、だな……蘇生といっても、効果は限定的、だ。死後間もない者の魂と、肉体を再定着させ、生命力を賦活させるだけ、だ。御伽噺のようなものは、無い」
「ふーん、案外融通が利かないんだな、魔法って」
「魔法といえど、世界の法則に、従った故のモノだからな。……死後、時間の経過している者を蘇生する場合、呪詛系統の魔法に、頼る事になる。ワレの、得意とする、ネクロマンシーだ」
「――その場合は、怪物の仲間入りってワケか」
「……左様」
ゼロは静かに頷くと、しゃがみ込んで魔力が湧き出る大穴を覗いた。魔力の粒子が静かに湧き続けるその穴に何を見出しているのか、輝きが金属の仮面に反射する。
「これなるは、星の霊脈へ至る穴。……魂が四散すると、破片となり、破片は何れ魔力の粒子となる。だが、濃い魔力に晒されていれば、破片は砕けない。生前と同じように、保護されている故に。肉の器か、魔力の海かの違いはあるが」
ゼロの語りは難しい。この魔導師の喋り方の問題というのもあるが、他人に説明するのが苦手らしい。だから自分の中で噛み砕く動作を挟むことになる。
……つまりゼロが言いたいのは、霊脈のような濃い魔力がある場所なら、死んで四散するハズの魂が欠片でも残っている……ということだろう。
「それ故に、霊脈の中には、時折魂の欠片が混ざっている。……それを掬いあげ、調べたい。死の記憶、死後の記憶……肉眼では見えぬものも、魂だけになった存在にならば、見えるやもしれない。汝には、魔力をこの場に放出し、掬い上げた魂の保護を頼みたい」
「成程、人工的に死後の世界を造ろうって算段か。正確には、死んだ魂でも居られる領域って感じか?」
「左様……」
なるほど、つまり、氷を取っておきたいから寒い場所に置いておく――みたいな感じか。そのままだと溶ける氷も、冷凍すれば暫く持つ。似たような感じだろう。
そして、その役目を無尽蔵の魔力を持つ俺が担う……ということだ。
「やる事が分かったなら早く済ませるか。どうすればいい?」
「……単純明快、そこで、ただ魔力を放出する。ただし、ゆっくりとだ」
「分かった。やってみよう」
やる事さえ分かれば実行に移すだけ。俺は目を閉じ、その場で集中する。集中によって研がれた俺の意志を受けて、エリクシル・ドライヴは稼働――紅い雷光のような魔力が徐々に発せられる。
今回必要なのは出力ではない。霊脈に干渉しないよう、慎重に魔力をこの場に満たす事こそが必要。故に俺は静かに、ゆっくりと魔力を周囲に放出し続けた。
「ほう……これが、イルシアの最高傑作……その一端……見事なり」
様子を見ていたゼロが感想を口にする。褒められるのはそう悪い気分じゃないが、今は眺めるよりも仕事に集中してほしい。
「……結界を起動し、外界と隔離――この場を高密度の魔力で満たし、人為的な異界と為す」
十分な魔力が放たれたからか、ゼロは術式を展開し床に描かれた魔法陣を起動――結界が起動し洞穴を外界と隔離する。これで文字通り、ここは異界だ。
「十分、だ」
ゼロの許しを得て、俺は魔力放出を終える。目を開けるが、大きな変化は見られない。魔力の濃度は大違いだが、予想していたような異常――異界という言葉から受けるほどの変化はない。
「……暫く、待っていろ。霊脈に流れる、魂の欠片を、掬い上げる」
そうゼロが言うので、俺は洞窟の壁に寄り掛かって暫く待つ。ゼロは霊脈へと続く穴の傍でしゃがみ込んで、ずっと覗き込んでいる。時折穴の中に手を伸ばしたりもしているが、予想していたよりずっと地味だった。
「……」
「ヒマダナァ」
「ボク、眠イ……寝テイイ? 寝テイイ?」
「いいぞ」
「オイラモ寝ヨット! ナンカアッタラ起コセヨ、ルベド!」
暫くオルトロス達と適当に時間を潰していると、ゼロに変化があった。穴に手を入れ、やがて何かを掬い上げるようにして立ち上がった。俺には見えないが、魂の欠片を得たのだろう。
ゼロはそれを懐から出した透明な宝石に入れるような動作を見せる。――魔力の蠢きと共に、何かが宝石に宿った。恐らく、魂を収納したのだろう。
「……終わった」
「そうか。……その魂は、どうするんだ?」
「大事に大事に使う……様々な事にな。取り分け、情報に興味がある」
「……なるほど」
深く聞くと正気度が減りそうなことを企んでいるのは分かった――ぶっちゃけ俺は正気度減らす側の存在だし、今更外道な実験でショックを受けるような人間性はない――ので、会話はそれで終わりにした。
兎も角、イルシアの強引な実験のせいでやる事になった尻拭いはこれで終了したのだった。
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