第62話 帝都情景〈序〉

 グランバルト帝国、帝都セレニア。

 帝国本土の首都であり、専制政治の頂点だ。

 魔導科学によって、聖国や他の国とは異なる形で高度に発展した帝国は、街並みからして他国と趣を異にする。

 舗装された道路に並ぶ形で建つ家屋に、路面に引かれた魔導列車や街を走る車――どれも、魔導科学の産物である。

 

 首都においては、馬車などは既に旧時代の代物とされており、代わりに速度、運搬量共に桁違いの列車や車が取って代わった。

 今は帝国本土でしかここまでの発展はしていないが、今後数年、数十年はどうなるか分からない。

 

「――ここが帝国首都ですか。確かに、パラケルスス様の遺産で発展しただけあって、面影があります」


 その様子を無感動に眺めた少女――黒髪の美少女、ダアトは小さな声でそう感想を述べた。

 セフィロトほどではないにしろ、中々に発展している。ニンゲンにしてはよくやっている――それがダアトの感想だ。

 少なくとも、今まで通ってきた属州の街で感じた、街中で漂う変な匂い――恐らく貧民の排泄物――がしないだけ気分が楽である。

 

「さて、自らの本分を果たしましょう。アルス=マグナ様も仕事を終わらせて帰ったようですし、同じ従者として負けていられません」


 街中を錯綜する群集の中では異質である、エキゾチックな美少女であるダアトに何故か誰も目をくれず、口にした言葉も聞こえていないように通り過ぎている。

 やがて彼女自身もその群集に紛れて消えてしまう。目指した先は中央に聳え立つ城、帝城グラン・セレニアである。








 ◇◇◇








 会議を終えたリンクスが、座りっぱなしで凝っていた身体を伸ばしていると、眠ったりサボったりしていた将軍らが立ち上がってそそくさと去っていく。


「……やっと終わった。私は真面目だけれど、難しい話は苦手」


 などと言い放ちながら、アルヴィナが部屋から出て行く。会議中に居眠りをしているようなヤツが、真面目なハズないだろ――などと、自分の事を棚に上げてリンクスは思った。


「………下らん」


 レオンが煙草を灰皿に押し付けてから、そう吐き捨て部屋を去る。仮にも将軍がそんな事言うのは不味いだろ――と、やはりリンクスは自分を棚に上げて思った。


「問題児しかいないね。僕の裏切られた気持ちをどうしてくれるんだい」


「全くだ」


「君もだよ、リンクス」


「……」


 痛いところを突かれ、黙り込んでしまうリンクスを見て、ラグナは分かりやすく溜息を吐いた。


「リンクスってさ、都合が悪い事起こると耳が痙攣して尻尾が反時計回りに動くよね」


「んで俺の癖知ってんだよ。何かちょっと、アレだな、キモイな」


「ぶん殴るよ」


 そんな風にじゃれ合っていると、上座の方から一人の男が近づいてくる。ヴァーロム州を治める辺境伯、ディートリッヒ・フォン・アルザーンだ。口元に生えている整えられた髭と、油断のない瞳がキレ者の印象を与える。


「将軍殿には、少々退屈でしたかな。しかしこれも帝国にとって必要な事、貴重な時間を取らせていただきました」


 慇懃にそういうディートリッヒ。これで相手が皇帝の専制を崩そうと画策する、有象無象の貴族共ならば当て擦りと感じてしまうが、ディートリッヒの表情は穏やかであり、善き人間性が出ている。

 ヴァーロム州は帝国の全領土の中でも、一番端にあり、かつ国防において重要な地点だ。故にこそ、ディートリッヒは辺境伯という強大な地位を授かり、ヴァーロム州を統治しているのだ。

 

 ヴァーロム州も元は属州で、ヴァーロム共和国という国だった。通常であれば、帝国が征服した国は余程の事が無い限り、前政権の支配機構をある程度流用するのだが、国防の要であったヴァーロム州はこうして、本土より信認出来る人材が派遣されている、というワケだ。


 陰では融和派であり、かつ皇帝の地位を狙っているなどと言われているが、誰よりも聖国と戦っているからこそ、神経質になっているだけ――と、リンクスは感じている。

 確かに聖国との融和には賛成していたが、同時に聖国からの侮辱的な抗議文には誰よりも憤っていた。

 彼を表すには憂国の士、というのが正しいのだろう、


「あー、そのー、自分の本分はやはり戦いであり、こういった事には不向きと感じ、未熟さを実感していたばかりです」


 リンクスがそういうと、ディートリッヒは笑う。


「ははは、まあ、誰しも得手不得手というのはありますからな。マグナハート将軍の、戦場での勇猛さは音に聞こえておりますれば」


 慰めるようにそういうディートリッヒ。心遣いを感じたリンクスは微笑む。

 

「講和会議に出席されるとのことですが、お二人はどのようにお考えか、参考までに聞かせてほしいのですが」


「と、いうと?」


 ラグナが問うと、ディートリッヒは咳払いをしてから語り出す。


「この講和会議の――成否についてです」


 ディートリッヒの言葉にリンクスとラグナは顔を見合わせてから、向き直る。


「……我々の考えとしては」


「まあ、成立しないというのが妥当だと思っています」


 リンクスとラグナが揃ってそういうと、ディートリッヒは顔を少しだけ暗くする。


「やはり、そう思いますかな」


「はい。領土割譲なんて呑ませるのは不可能でしょうし」


「……」


 ラグナが返答すると、ディートリッヒは黙り込んでしまう。


「アルザーン辺境伯?」


 ラグナがディートリッヒを呼ぶと、彼は顔を落とし込んだまま言葉を紡ぐ。


「……ヴァーロムの国境防衛に携わる中、感じていた事があるのです。二大国、両者がぶつかれば、夥しいほどの被害が出るのだろうと。小競り合いめいた防衛戦の中ですら、そう感じてしまったのです。本格的にぶつかり合えば、それこそ――ヒトという種族が危機に瀕するほどに、互いを消耗させてしまうのではないか、と」


 聖職者めいた事を言ってしまいましたかな、とディートリッヒは苦く微笑む。

 彼の言わんとしている事は理解できる。先ほどリンクスとラグナも言っていた事だ。

 帝国と聖国の力量は拮抗している。ぶつかり合えば、互いを徐々に削り行く事になるというのは、確かに納得できる想像だ。互いに恨みも積年している、戦いが深まれば、途中で終わらせる事も出来なくなるだろう。


 それでも、帝国は戦う。そして聖国もそれに応じるだろう。百年以上の隔絶は既にどうしようもないほど深まっている。言葉などという、曖昧なモノで直せるほど安い亀裂ではないのだ。

 

「……何かの切欠で勢力が傾けば、その限りでもないでしょうが。まあ、辺境伯が仰ったような状況に陥るというのは、有り得る話だと思います」


「……そう、でしょうな。そう、確かに――傾けば。いや、失敬。いらん話で将軍らのお心を乱してしまいましたな。引き留めて申し訳ありません」


 失礼いたしました、とディートリッヒは言って、会議室から去っていく。去り際に隠した苦い感情は、彼の立場故の苦悩だろうか。

 

「……講和会議、かなり嫌になってきたな」


「文句言わないでよリンクス。まあ、気持ちは分かるけどさ」


 そんな事を言い合った二人もまた、会議室を後にした。

 

 帝城グラン・セレニア内にある会議室で会議をしていたリンクスらは、城の中を歩きながら話していた。


「あー、腹減った。どうするよラグナ、飯」


「アレだけ真剣な会議の後でよくもそんな適当な声で言えるよね、更に適当な事を。そうだね、僕はニョッキが食べたいかな」


 昼食の話をしながら城を歩いていると、


「――ですから、私は正当な理由を以て入城しているのです」


「うーん、でもなぁ」


 目の前で何事かを言い争う声が聞こえてくる。会議の後で脳みそが疲労しているリンクスは、辟易しながらも義務として様子を見に行った。


「何事だ?」


「こ、これはマグナハート将軍。レイヴェール将軍まで……」


 騒いでいたのは城に詰めている見回りの兵だったようだ。そしてその近くには少女が立っていた。

 百九十以上あるリンクスから見てみれば、とても小さい少女だ。しかしそれも彼女を構成する要素にしか思えないほど、美しい容貌だった。


 エキゾチックな黒髪をポニーテールに纏め、深く輝く紫の瞳が冷酷にリンクスを見上げている。可愛らしさよりも、美しさが目立つ目鼻立ち。硬くあるのが自然に思える容貌に見合うように動かない表情。

 あまりにも大人びているので、ドワーフ族かと疑うが、彼らの特徴の一つである少し尖った耳ではないので、やはり少女なのだろう。


 リンクスはこの少女を知っている。いや、事前に聞かされていた、という方が正しい。


「――クリフォト委員会、長のダアト殿、だったな」


 リンクスがそういうと、彼女を引き留めていた兵士がギョっとした顔でリンクスとダアトを見る。


「じゃ、じゃあ本当に……」


「私は何度も、その旨を繰り返しお伝えしていたハズですが」


 狼狽する兵士と、それを冷酷に見据えるダアト。実にちぐはぐな光景だ。


「……なるほど、城に迷い込んだ貴族の令嬢か何かと間違えてたワケか」


 隣でラグナが冷静にそう呟く。

 情けない話だ。これでは報連相を徹底出来てないとセフィロトに喧伝するようなモノじゃないか。

 まあ、会議で居眠りをかますようなリンクスが言えた話ではないのだが。


「……ほら、行け」


 兵士に小声でそういうと、彼は大袈裟に、慌てて敬礼をしてから小走りで消えて行った。

 

「……無礼を許してほしい、ダアト殿。俺はリンクス・マグナハート。皇帝陛下より四将軍の座を授かっている者だ」


「同じく帝国四将軍の一人、ラグナ・レイヴェールです、ダアト殿」


 二人揃って自己紹介からの、客人用の敬礼を行うと、ダアトも応じてか可憐なカーテシーを行う。


「ご芳名、伺わせて頂きました。私はダアト、学術都市セフィロトを統括管理する、クリフォト委員会の委員長を務めております」


 沈黙と魔力の壁によって閉ざされた、学問の都市。その使者が帝城に訪れた。不穏なる戦いの気配を連れて、講和会議という名の戦場への切手を持って、ここに現れたのだ。

















―――――――――

あとがき

フォロー1000、PV10万を突破しました。これも読んでくださる皆様のお陰です。

第三章は今までと毛色が異なり、書き手である私も苦戦している最中でして、どうしても筆が遅くなってしまうのですが、どうかご容赦の程をお願い致します。

これからも拙作をよろしくお願いいたします。

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