第58話 アポステル

 戦いを終え、俺はスタスタと砂漠や荒野となったクレーターを歩く。爆発の効果範囲を切り取ったように存在する、境目のようなモノを超えてダークエルフの里――と思しき残骸の山に到着する。

 

「……え?」


 そこにあった光景の異様さに、俺は思わず間抜けた声を出してしまう。

 

「おお、おお! 我が神が戻られた! 悪しき怪物を誅するべく降臨し、我らを楽園まで誘う為戻られたのだ!!」


 残骸の山、クレーターの縁ギリギリに座り込んでいた女が、ワケ分かんねえことを言ってきた。

 何だコイツ!?


「カミ? カミ?」


「カミナラ、イルシアノ所ニイッパイアルゾ! スゴク沢山アッテ、イツモルベドガ困ッテルゾ!」


 オルが頭がヤバそうな女の発言に疑問を浮かべ、それにトロスが的外れな返答する。

 紙って。多分コイツが言ってるのは神の方だろう。いや、意味わからんのは相変わらずだな。


「………神?」


 女の言葉に鸚鵡返しで問い返し、そのまま俺はキョロキョロと辺りを見回す。あんだけ沢山いたダークエルフらは、既に十数人ほどまで人数を減らしている。……あ、何か見た事あるヤツがいる。誰だっけ。

 ……あー、忘れた。あの面倒臭そうなガキと従者だ。多分自分の記憶領域に検索を掛ければ出てくるだろうが、面倒なのでやらない。

 

 辺りにはボロボロのダークエルフ共がいるだけで、神とか言われるような輩の影はない。

 ……もしかして俺の事言ってんのか? ぜってぇ人違いだろ。俺こんなヤバそうな奴知り合いにいないし。

 あー、やっぱ直で帰るべきだったかなぁ。

 利用するだけの道具だとか、散々思ってたけど。住む場所がこんなんになったのは一応俺のせいだし。そう思って最後に様子を見に来たが、ちょっと後悔している。


「……俺はお前みたいなヤツ知らないけど」


 そういって見ると、目隠しした女は蕩けそうな顔をして俺を見上げていた。

 

「神! 我らが主が、お言葉を返してくださった!! なんと、なんと素晴らしいぃぃ!!!」


 うわ。

 俺が返事をした瞬間、涙を流しながら狂ったように叫ぶ女。酷い有様であり、ドン引きしてしまう。

 

「き、キショイ……」


「ウルサイ! ウルサイ!」


「ソーダゾ! ヤカマシイッテヤツダゾ!」


 俺がヤバイ女の惨状に震えていると、オルとトロスがうるさくなってきたので、一先ずコイツらをどうするか考える。

 ダークエルフ共に視線を巡らせてみる。俺と目が合った者の反応は一人一人異なる。崇拝や畏敬の混じった視線を向けてくる者や、純粋な恐怖を抱いているのが少数、後は――


「何か見たことあるなぁーアイツ。うーん、どこで見たんだろ」


「シッ! 喋っちゃダメですって! 周りは殆どヴァーテ族ですし、何かあの――悪魔? はヤバそうですし。どう考えたってあの悪魔っぽいのがさっき戦ってたヤツですから、機嫌損ねたら殺されますよ!」


「うっせえな。ヒトが考えてる最中に話しかけんなよー。もー、後少しで思い出せそうだったのにー」


 死ぬほど緊張感のないアホ共。死にそうな目に遭ってるハズなのだが、全然そんな空気を感じさせない異様な連中である。

 ある意味、恐怖を感じかねない光景である。


 ――さて、こういう時は主人の意向を確かめるに限る。同じ人外のよしみでちょっと覗きに来た――今では若干後悔している――のだが、一応人ならざるモノだし、セフィロトにも関係ありそうな事なので、俺一人じゃあ決められない。まあ、殺して綺麗サッパリ口封じってのも、悪くなさそうだが。

 決定に自信を持てないときは、素直に上官に判断を仰ぐ。仕える者としての鉄則である。


 というワケで、俺は制御機構よりイルシアに念話を繋ぐ。


 ――イルシア、俺だ。亜空間すら支配する怪物――余剰次元の悪魔、ミゼーアの討伐が終了した――


 ――おお、我が最高傑作よ、真っ先に私に連絡をくれるとは分かっているね。うむ、素晴らしいよ。アレについては、アインが少し懸念していてね。変な所で暴れられても困ると言っていたから、仕留めるのはセフィロト全体にとっても功績だよ。見事だ――


 ――そうか、それは良かった。んで、相談がある――


 ――何かな? もしかして、戦勝パーティーのメニューとか――


 ――大森林内部にいた魔人族、ダークエルフらの処遇だ。戦闘の余波で十数人しか生き残ってないが、どうする、殺すか?――


 ――なんだ、そんな事か。……私個人としては、どうでもよいのだが、アインなら別の判断を下すかもしれない。聞いてみるから、少し待ってくれ――


 そういうが早く、イルシアは念話を切ってしまう。言ったように、アインへと相談をしにいったのだろう。

 ……。

 どうしよう、コイツらと一緒に放置されるの気まずいな。

 

「我が神よ、我々は貴方の御心に全てを委ねますが故、どうか審判を」


 さっきから意味の分からない事を口走っている女。そろそろハッキリ言っておかないといけないな。


「あのな、何か勘違いしているみたいだが、俺はお前の神になんぞなった覚えはない。祈りが必要なら余所を当たれ」


「ソーダソーダ!」


「ルベドハ、カミジャナインダゾ!」


 俺達キマイラ三人組が否定するが、女やその周りにいる多くのダークエルフらは、何故か目を輝かせたり喜んだりした後、祈りの所作を取る。

 

「神が、我らが神、終末の獣がお言葉を返してくださった!」


「「「神、神、神!!」」」


 まるで邪教の信徒共のような有様に、俺は思わず眉がピクピクと動いてしまう。

 つーか終末の獣って、それお前らが封印してたアレだろ? もう殺したけど。確実に人違いじゃん。

 

「……終末の獣って、オレ様達の氏族が封印してたアレだよな? アイツがそうなのか? 違う気がするんだけど」


「多分違いますけど、余計な事言ったら不味いですよ。我々以外のウィエン族は皆死んだっぽいですし、バレないようにしとかないと不味いですって」


 あのガキと従者が、俺の方や狂ったように叫ぶ信者共を交互に見ながら、コソコソと何かを言い交している。バレたら不味いとか言ってるが、聞こえているぞ。

 まあいいか。あんま害無さそうな連中だし。ダメそうなら殺せばいい。

 そんな事を考えていると、イルシアから念話が返ってくる。


 ――ルベドよ、アインに相談してきたよ――


 ――そうか、で、どうだって?――


 ――外界で永い間経験を積んだ魔人族は即戦力だ、連れてこられるようなら連れてきてくれだと――


 ――そうか、分かった――


 ――それと、彼らに条件を提示し、拒絶するようなら始末してくれとも言っていたよ。条件は――


 諸々の連絡を終えた俺は、ダークエルフ達に向き直る。


「えーと、お前達には二つの選択肢がある。ここで死ぬか、それとも俺についてきて、新しい場所で生活するか。どちらを選んでも俺としては――」


 俺がダークエルフ達に説明していると、一番ヤバそうな女が俺の足元まで滑り込んできて跪く。

 うわ。


「是非、是非とも我々に慈悲を! その無限の愛を以て我々に慈悲を、そしてどうか、携挙によって楽園へと誘って下さい!」


 そういって跪いて何度も何度も地面に頭を擦り付ける女。

 ………コイツ連れて行きたくねぇ。

 だが保有している魔力は、この場にいるダークエルフの中でもかなり上位。セフィロトの戦闘要員の中じゃあ、精々中の下がいいところだろうが、それでも外界の存在にしては優秀だ。アインが期待する様に、魔法関連での仕事をこなせそうではある。

 ……しょうがないか。


「条件を呑むのなら、俺達の国――街? に連れて行ってやる」


「それは真でございましょうか!?」


「え、あ、うん」


「おお、おおっ! 皆の者、聞いたか!? 我らが遂に、楽園へと至る瞬間が来たのだ!!」


 女が後ろにいるダークエルフ達に振り返り、大仰に言って見せると、凄まじい歓声が沸く。


「「「おおっ!!」」


「携挙の時、来たれり!」


「我ら約束の地へと至らん!」


 何かよく分からないが、喜んでいるので何より……なのか?

 そう考えていると、喜んでいるダークエルフ共の後ろでコソコソしている、ガキと従者の二人組が目に入る。

 

「ど、どうしますラーマ様。何か怪しくないですか?」


「オレ様は乗るぞ! 待ち望んだ外界へのチャンスだ、逃す手なんてないね! この辛気臭い森も飽き飽きだし! 大体、残ったら殺されるらしいから、選択肢無いだろ?」


「それはそうですが……ヴァーテ族が一緒なんですよ? 寝首掻かれたりしないですかね?」


「さあ? 多分大丈夫じゃね? アイツら、あんな調子だしな」


「我々以外のウィエン族は皆ヴァーテ族に殺されたりしたんですよ? 心配ですよ普通」


「大丈夫だろ。オレ様達が生きてるし、他のヤツらが何人死のうと関係ない。それより、やっと待ち望んだ外界への道だ、行かない手はないね!」


「――ラーマ様って、ナチュラルに酷いですよね。お友達のイストさん達も、殺されてるっぽいですけど」


「そうなのか? 残念だな、いい奴らだったのに」


 何事かを話し終えたガキは、こちらにヒョコヒョコやってくる。


「オレ様達も連れてってくれ! ジョーケンってのも、勿論呑むからさ!」


「……そうか。ならいい」


 コイツもコイツで不安になるな。大丈夫なのか、こんなアホ共を招き入れて。

 ま、そこは俺の与り知らぬ所。下々の事で頭を悩ますのは上に立つ人間の責務だ。タウミエルのメンバーとはいえ、俺は実働部隊。執務とか頭脳戦とかは他の連中の領分である。

 

「じゃあ、街の近くまでの転移をするから、全員一塊になれ。どうせ荷物とかもなさそうだし、準備はいらんだろう?」


「はっ! 皆の者、我が神の前に並び跪――」


「――そんな事しないでいい。時間の無駄だ」


「ハッ! では皆の者、並んで待機せよ!」


 はー、疲れる。一々大仰なんだよコイツら。まあ、聞き分けがいいのがせめてもの救いか。

 俺は事前に聞いておいた、セフィロトまでの迎えが待機している場所への転移を行うべく、変異よりアルデバランの腕を呼び出す。


「――〈転移門ゲート〉」


 背中から生えたアルデバランの両腕が、術式を展開して中空に無色の歪みを形成する。座標と座標を繋ぎ、繋いだ間の距離を空間操作によって縮め、大人数を一度に転移させる時空魔法である。

 

「展開した門を通って、外に待機しているヤツの指示を聞け」


「おお、神の世界への門! 分かりました、使徒様の言葉に耳を傾け、祈ればよろしいのですね!」


 使徒って、コイツら一々俺を神格化しないと気が済まないのか?

 神様の気持ちがちょっとわかった気がするぞ。こんな連中の相手をしていたら気が狂ってしまう。

 

「俺は少し野暮用がある。先に行け」


 そういってダークエルフ共を送り出し、俺は残骸の山の向こう、まだ無事な大森林に視線を向けた。

 最後の一片付けだ、さっさと済ませて帰るか。








 ◇◇◇








 走る、走る、走る、走る――

 すっかり開けた荒野を抜け、再び忌々しき大森林へ踏み入れ、生存すべく走り続ける。

 

「何なんだよ、クソ!」


 悪態を吐きながらも、その足は決して止めない。武器も捨てた、鎧も金属製の部分を捨て、荷物だって置いてきた。全て、この場より生きて逃げ延びる為に。

 忌々しい黒きヤテベオに近づきすぎないように、大森林への出口へ走る。幸いにも先の騒ぎで魔物の類は皆森より逃げ出したようだ。今なら襲われる心配はない。

 だから走っている。――傭兵バルドーは、走って逃げ続けている。


「クソ、クソ、クソ! こんな所来るんじゃなかった!!」


 切実な後悔を囀り、バルドーは必死に走る。

 ヴェドに見捨てられてから、バルドーは幸運にも生き残った。元素魔法による爆裂は彼が囚われていた家も襲ったが、効果範囲の外側だったお陰か、多少の火傷で済んだ。それどころか、破砕された家屋の破片を用いて、拘束を解く事にも成功した。

 

 その後は木々の上より降り、茂みで潜伏していた。ダークエルフ同士の戦闘に巻き込まれぬよう隠密し、機を窺って逃走するつもりだった。


 ――そんな中、あの地獄を見た。

 徒花と呼ぶ事すら烏滸がましいほどに、死滅していくダークエルフ達。何もかも燃えて爆ぜて消えて行く光景。死臭と悲鳴とが入り混じる地獄。

 例え人外の怪物共の魔境とはいえ、そのような光景を見るのは悍ましかった。

 

 そして、それすらも覆いつくす、人智を超えた怪物らによる戦い。西を破滅させる大爆発に、魔法の素養がないバルドーにさえ感じ取れるほどの、膨大量の魔力。

 英雄になりたい。そんな考えは既に消し飛んでいた。あんな怪物相手に挑まねばならないなら、自分は薄汚い傭兵に甘んじる。いや、寧ろ傭兵でいさせてくれ。

 

 生きたい、生きたい、生きたい、生きたい………死にたくないッ!

 その一心で、バルドーは限界を疾うに超えた身体で走り続けている。

 

「――ッ!? 出口かッ!」


 森の切れ目、まだ遠くだが見える大森林の出口。久しく忘れていた太陽の輝きを見て、満面の笑みを浮かべたバルドーは――


「――そんなに急いでどこへ行くんだ?」


 ――その笑みのまま凍り付く羽目になる。

 聞き覚えのある冷徹な声。感情を窺わせない、冷厳といってもいいそれは――


「ヴェド!? ど、どこにいるんだ!」


 そう、この大森林に踏み入れる原因となった獣人の傭兵、ヴェドのモノだ。その声を聞いた瞬間、見捨てられた時の絶望を思い返し、怒りが沸き上がってくる。

 声の主たるヴェドを探すべく、その場に立ってキョロキョロと辺りを見回すバルドー。苦心の果てに、それらしき姿を見つけ出す事に成功する。

 

「なっ!?」


 ――茂みより現れた、紅き残光揺らめかせる魔眼。暗き大森林の闇を引き裂くように、或いは統べるように、それは訪れた。

 森林の闇よりも深き漆黒の毛並み、黒曜を思わせるタテガミ。瞳は黒く、瞳孔が紅く、虹彩は縦に割れている。筋骨逞しく精緻な肉体を、涼し気だが異様な雰囲気を持つ、戦神の魔装が如き衣装に包んでいる。

 顔立ちは狼のそれで、記憶にあるように冷徹で冷酷で凛々しいのは相変わらずだが、変わり果てていた。

 何より、尻尾があるハズの位置から、二匹の銀の蛇が生え、こちらを睨んでいる。まるで――悪魔だ。


「ヴェド……なのか?」


 明らかに人外と化したヴェドを見て、確認をするように問うバルドー。その後すぐに失策に気づいた。そんなことを問うている暇があるなら、逃げればいいと。

 

「肯、だ。いや、正確には違うな。俺の本当の名前はルベド・アルス=マグナ。錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススが創造したキマイラだよ」


 腕を組み、木に寄り掛かったヴェド――否、ルベド・アルス=マグナは、相も変らぬ冷徹な視線を投げながらそう言った。

 

「パラケルスス……」


 その忌み名は、この国に生まれた者ならば誰だって知っている。かつて、グランバルト帝国の前身たる神聖グランルシア大帝国に仕え、そして滅ぼしたという錬金術師。今でも生き続け、世界に仇を成す人外と化した、恐ろしい存在。

 この男――いや、この怪物は、そんな人外より生み出された怪物だったのだ。

 

「騙して悪いが、これも俺の主の命故の事。お前の事を利用させてもらった」


「……人に化けていたのも、仕事の一環ってコトか」


「そうだ、前よりも物分かりがいいな」


 今や人外としての魔性を隠そうともせずに、冷徹な態度の中に僅かな嘲りを見せ、バルドーと会話するルベド。

 ひしひしと感じる嫌な予感。ルベドと会話しているバルドーは、背中に酷い汗を掻きながら少しずつ引いていく。


「お、オレはッ……」


 震える声を抑えながら、ルベドに問う。自分に過ったこの考えが、どうか間違っていてほしいと願いながら。


「オレは、死ぬのか?」


 その問いを聞いたルベドは、目を細める。


「回答は、お察しの通りだよ」


 想定通りの返答に、バルドーは引き攣ったように笑う。


「はは、ははは……そうか」


「遠目とはいえ、俺の姿を見た以上、生かしては置けないんでね」


 そういったルベドは、音もなく歩き、近寄ってくる。まるで死神の到来を思わせるような光景だ。


「安心しろ、ここまで案内してくれた礼に、楽に死なせる事を約束する」


 人ならざる者の、的外れな慈悲を受けて、バルドーは涙を流しながら嗤った。


「ついてねえよ……」


 心の底からの本音を口にしたのを最期、バルドーは首筋に何かの違和感を感じた瞬間意識を失った。恐らくあの蛇のどちらかが嚙みついてきたのだろう。

 かつて彼の母が言ったように、傭兵として平々凡々な死を迎えたバルドー。多くの先人をなぞるように、彼もまた、樹海の闇の中でその命数を散らした。

 英雄になりたいと願った男は、その夢を砕かれてから果てたのだ。








 ◇◇◇








 辺境都市ルシャイア、半壊。

 某日、樹海で大爆発が発生、魔力が溢れ出て、内部より強大な魔物が大量に出現。近郊の街であるルシャイアはほぼ半壊、ライン州全体に無視できない影響を齎した。

 現在、同地の戦力で対処に当たっているが、魔物の数が異常に多く、難航しているとの事。対処の為、早急な派兵が求められている。

 帝国所属の研究員の見解によると、同地に流れる霊脈の乱れ故に発生した、魔力災害であるとの事だ。


 尚、今回の事態に聖国アズガルドが声明を発表、早急に魔物を討滅せず、羊を飼うが如く振舞っていた事への報いであると発した。全くもって度し難い発言であり、非難されるべきであると考える。

 ――ラエレンス新聞、朝刊より。


「だってよ、ったく、アズガルドの連中は何を考えているんだか」


 部下に届けさせた新聞に目を通した将軍、リンクス・マグナハートは束ねたタテガミを弄びながらそう呟いた。

 虎の獣人である彼は、帝国の闘技場で奴隷剣士として名を馳せ、師となる人物より推薦を受け帝国軍へ入り、武功故に、そしてとある理由故に将軍となった。


 グランバルト帝国での「将軍」とは、一種の称号にも似ている。直接軍を率いる階級の者ではなく、突出した戦闘技能を保有する、いわば英雄が就く座なのだ。

 帝国が保有する「四至宝」――聖遺物と呼ばれるアーティファクト――に選ばれた、英雄のみが就けるのが帝国四将軍である。

 

 リンクス・マグナハートもまた、四至宝が一つ、魔剣デュランダルに選定されている。

 筋骨逞しい身体を、特注の軍服――袖を無くして機動性を高めたモノ――に包んでいる。虎特有の縞模様の毛並みと、凛々しい顔立ち、束ねたタテガミ、そして鋭い翡翠の瞳。

 属州全てが恐れる、帝国の権威、武の頂点である。


「確かに、奇妙極まりない。これから講和会議に臨もうって時に、この振舞い。愚かか、或いは何か企んでいるのか」


 そう言ったのは、エルフ族の青年――ラグナ・レイヴェール。蒼い髪を持つ、美青年。彼もまた軍服に身を包んでいるが、容姿故か貴族のような雰囲気がある。

 彼も帝国四将軍の一人で、リンクスとは友人の仲である。どちらかの執務室へ行っては、どうでもよい話から時勢の話までする仲だ。

 

「帝国領内でも、きな臭い動きがあるしな」


「……融和派だね」


「おう、あの連中が何か良からぬことをしなきゃいいんだがね」


 講和会議が成立する点から見ても、犬猿の仲である聖国と帝国でも、互いに歩み寄ろうとする派閥が存在するのは自明だ。

 帝国においてのその勢力こそが「融和派」だ。帝国での有力者や一部の諸侯は、融和政策を推している。

 リンクス個人としては構わないのだが、将軍という立場からすれば頂けない。戦争で多くの死人が出るのは好ましからざる状況だが、帝国としては新たな領土を求める理由があるからだ。

 

 帝国は痩せている。故に昔から戦争などで勢力を拡大し、属州を作っている。食物が育ちにくいという意味でも痩せているが、帝国には「魔力」が無いのだ。

 魔力、この世界の全てを形作る存在。魔法などに用いるエネルギー。帝国は魔力が少ない。聖国に比べ、大地に流れる魔力の量が少ない。そのせいで、帝国人には魔導師が少ないのだ。


 先天的な才能がモノを言う魔導だが、環境もまた魔法に関係する要因であるとされている。生まれた時より魔力の豊富な土地で過ごせば、肉体が馴染み、魔法への適性が生まれやすい。

 故にこそ、帝国の魔力問題は喫緊の課題だ。魔法の使い手が少ないからこそ、魔導科学が発展し、それを用いて来たが、魔導科学での兵器などを使用するにもやはり、魔力が必要になる。

 古来より魔物の勢力が強い帝国では、武装を確保するのは必要な事。それに加え、物資や食料も必要。

 

 武装国家である帝国が、それを外部に求めるのは当然の成り行きであり、その負の連鎖は未だ続いている。

 分かってはいるが、どうしようもない。それが共通のヴィジョンであった。


「リンクス将軍、ラグナ将軍、会議のお時間です」


 見計らったように現れた部下が、執務室でたむろしていたリンクスらにそう告げた。

 

「分かった、すぐにいく」


 素っ気無い返事を返したリンクスは、手に持っていた新聞を投げてから立ち上がる。

 今日もまた、軍人としての億劫な日々が始まる。








 ◇◇◇








 ルベドの持ち帰ってきた因子を以ての処置を終えたイルシアは、ケテルの間でアインと会話していた。

 

「例の存在は仕留め終わったようだな」


「そうだね、悪魔ミゼーアだったかな? そんなモノが封じられていたとは知らなかったが、実にいい素材が取れたよ」


「気にならないのか?」


「何がだい?」


 適当なイルシアの返事を聞いて、アインは僅かに呆れたように溜息を吐く。


「ミゼーアについてだ。気にならないのか?」


「ならないね。私の興味は、如何にして我が最高傑作をより高みに導くか。その過程で消費されただけの存在に、興味を抱けというのは難しいね」


「……」


 イルシアの返答を聞いたアインは、沈黙の後語り出す。


「アレに余計な感情を抱くのはやめて置け。彼は道具だ。斯くあれと創造され、本人も望んでいる。イルシア、お前が望むような役目を、アレには全うできんよ」


「……」


「道具というのは、いつか必ず使い、そして捨てる日が来る。分かるだろう、イルシア」


「………そう、かもしれないね」


 イルシアの沈んだ声音と表情を見たアインは溜息を吐いた。


「その様子では、まだ無理そうだな」


「……今日はもう戻るよ。私は彼の調整をしないといけないからね」


「そうか、分かった」


 それっきり会話を行うことなく、イルシアはケテルの間より静かに立ち去った。アインは天上よりセフィロトの街を見下ろしながら、憐憫を覗かせ呟く。


「我々とて、感情と無縁ではない。心持つモノの呪われた宿命でもあるのか」






 邸宅の研究室に戻ったイルシアは、感じたモノを押さえつけるようにフラスコに触れる。

 

「ルベド……我が最高傑作」


 無限の愛を感じさせる吐息と共に、イルシアはフラスコの中で眠るルベドに語り掛ける。


「確かに君は私の作品だ。だが、それ以前に君は、家族なんだ。道具であることは否定できないのだろうが、それでも私は、君が好きだよ」


 普段ならば絶対に言えない、感情の吐露。アインとの会話で抑えていた感情が溢れたのだ。


「だから私はここにいる。君に望まれて、生きているのは痛いほどに分かっているから。でも――」


 思い出すように視線を彷徨わせ、そこに哀愁と後悔と愛とを滲ませるイルシア。


「君達は、本当に許してくれるのかい? 願わくば、もう一度だけ聞かせてほしかった。アルベド、ニグレド、ルベド……」


 その呟きを聞いているモノは誰もいない。フラスコの中で眠り続ける怪物に、変わらず愛を注ぐ錬金術師。余人には想像も出来ない光景であり、彼女には邪な錬金術師としての面影よりも先に、女としての愛と母性とが滲んでいた。





















―――――――――――――

あとがき

少し長くなりましたが、この話で二章終了です。

次回は三章です。書きだめをしておきたいので、少しだけ間が空くかもしれません。

星が300に、フォローが800になりました。ありがとうございます。これからも拙作をよろしくお願いいたします。

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