第56話 終末の獣達

 霊脈は星の血管である。

 血管に異物が混入すれば、当然その流れは妨げられる。妨げられれば、魔力の流れが疎かになり、その場で滞留――爆発する。


 大規模なモノとなれば、星そのものに影響を齎しかねないが、ブリューデ大森林の深くで流れる霊脈は、幸いにも細かった。人でいえば、毛細血管に近しいほどのモノだ。破裂すれば悪影響を及ぼすのは確かだが、すぐにでも拙くなるという状態でもない。

 また、人体とは異なり、星は頑丈である。細い霊脈が破裂しても、いずれは普段通りに回復するだろう。


 ――ただしそれは星の話であって、上にいる生者らには異なる結果を齎す。


 余剰次元に満ちる不浄の魔力が霊脈に侵入、異物として星の魔力の流れを妨げる。宛ら血管を侵す瘤のように。

 流れを止められた魔力は霊脈の中で滞留し続け、やがてキャパシティーをオーバーする。結果、地上へと圧縮された魔力の奔流が、大爆発という形で顕現した。

 

 ――轟音。

 白い閃光が全てを飲み込み、輝きというには余りにも野蛮な破滅を以て、焦土と化した森を、まだ無事だった木々を、地面をも消し去っていく。

 愚物のエゴによって生まれた邪教がよく語る、終末予言の如き光景。救い主が現れたというには余りにも悍ましく、破滅を齎すというには余りにも出来過ぎていた。

 

 結果として、ブリューデ大森林の西側は消滅、また樹海外部にも影響を齎し、爆心地は宛ら地獄への大穴のような、巨大なクレーターと化していた。

 その大穴の中心、ドス黒く蒼い輝きを纏う巨大な異形の獣。そしてその近くに転がる、紅く輝く宝石。

 

「……」


 ソレは考えた。

 古、千年を優に超えるほどの昔で、ミゼーアはミゼーアでは無くなった。激しい戦いの末に、こうして獣にまで落ちぶれた。そうでなくては、ダークエルフ風情の契約に甘んじるような事は無いだろう。

 封印より解き放たれて、初めて戦った敵にして強大なる存在。異様なる怪物。

 

 獣は目を細めて考える。これよりどうするか。強敵を殺した後の充足感に溢れる、ゆったりとした思考。

 勝利の後の取り留めの無い思考ほど、心地よいモノはない。

 勝ちを確信し、纏った余剰次元の領域を解き、顔があるか怪しい身体で笑おうとした瞬間――


「――!?」


 転がっていた紅い石ころから、夥しいほどの魔力が雷光と共に放出される。

 まるで悪夢が目覚めるように、再びあの怪物が骨と血と肉とを纏って甦る。

 死んでいない。

 あの怪物は――死んでいない。


「――随分と、舐めた真似してくれるじゃねえか、アンティーク」


 紅く輝く不吉な眼光が、深き怒りに浮かされていた。

 黒と紅の、終末の獣。

 これではどちらが怪物か、分からないではないか。

 ミゼーアは自失より帰り、再び構える。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。








 ◇◇◇








 霊脈の逆流、それによる大爆発によって俺の総体は消し飛ばされた。だが所詮、肉の器。俺の核となる賢者の石は絶対不壊の物質。例え悪魔の王だろうと、破壊は不可能。

 故にこそ、不老不死。故にこそ、最高傑作。

 絶対なる錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススの作品たる俺――完成の赤、ルベド・アルス=マグナに敗北は有り得ない。

 

「確かに、油断してたのは認める。だから次は本気の本気だ」


 ミゼーアが警戒を露わにして構えるのを見て、俺もまた魔力を高める。

 肉体が放出できる量、そして現在の錬成速度ではミゼーアとの打ち合いで劣ってしまう。

 だからこそ、切り札を切るのだ。

 

 エリクシル・ドライヴとは、賢者の石を触媒に据えた魔力錬成機構。錬成する魔力の量、質、そして速度は異常の一言に尽きる。

 だがこれでも、まだ抑えている方なのだ。魔力を材料に更に魔力を錬成するので、ストッパーを掛けなければ無限に溢れ続ける。そうなれば、俺の身体――つまり、肉の器で収容し、行使しうる限界すら超えてしまう。使えないほど膨大な力など無意味なので、リミッターが掛けられている。


 そして、そのリミッターは、俺の意志で解放が可能。

 

「――エリクシル・ドライヴ、全封印機構解放――」


 その一言で、俺の中にある賢者の石が狂ったように反応――先の大爆発にすら及びかねないほどの、膨大な魔力を解き放つ。

 

「――!?」


 ミゼーアが驚愕するのすら遠く感じる。余りの力の奔流で、俺自身の感覚器官が異常をきたしている。

 肉体がボコボコと泡立つ。骨身が軋んでいく。痛々しい様相とは裏腹に、俺の中には全能感と共に破壊衝動が満たされていく。

 

「――エリクシル・ドライヴ、全機構を戦闘機能へシフト。〈臨界駆動オーバードライヴ〉――実行」


 悪夢が目覚める合鍵を、言の葉として放つ。

 先ほどまで溢れ返っていた魔力の嵐が一気に収まる。全てが俺の中に満ち、力として存在する事に成功したのだ。

 

「ッ……!」


 ミゼーアが俺の姿を見て驚愕する。当たり前だな、変わり果てているといっても過言じゃない。

 

「覚悟ハ済マセテオケ、ミゼーア」


 俺の声は変化し、低く耳障りなモノになっている。形態が変化した故の影響だ。

 

 ――〈臨界駆動〉。賢者の石の魔力錬成を暴走させ、文字通り臨界状態へ陥らせる。そのような状態を放置すれば、大陸を飲み込みかねないほどの影響を齎す。途轍もなく危険な代物である。

 だがイルシアは、その暴走状態の賢者の石を戦闘用に調整出来ないかを思案した。アホみたいに危険なモンを使うという考えは、ちょっと理解しかねるが、それでも天才故か利用法を見つけた。

 

 臨界状態の賢者の石が吐き出す、アホのような魔力を使いこなすには「器」が足りない。だから、専用の形態を用意すればいいと考えたのだ。

 今の俺の姿は、今までの面影を残しつつも完全な異形へ変化していた。前までは魔眼や尻尾をどうにかすれば、獣人種と言い張れたが、この姿では無理だろう。


 体長はミゼーアと同じくらいデカい。最低でも十数メートルはあるだろう。姿は獣人っぽいが、背筋は曲がっているので、野生の獣の印象が強い。

 異常な筋肉量に、額や肩に開いた魔眼。六つに増えた腕に、尻尾であるオルとトロスも、悍ましい大蛇のように変異している。

 

 怪物、人外。

 そう、俺の切り札は――


「――俗ニ言ウ、第二形態ダ」


 宣告と共に踏み込み、発達した獣じみた人外の腕を振るう。

 攻撃の意志によって、体内に満ちる魔力と、俺の身体を構築する力の全てが解放――紅く輝く雷光を残光として焼き付けながら、ミゼーアを薙いだ。

 

「――! オォォォ!!」


 吠えたミゼーアが構え、俺を正面から受け止める。再びの交錯、鍔迫り合いめいた打ち合い。先ほどと同じように、紅の魔力と蒼の魔力が交錯し――


「オォォォ!?」


 打ち勝ったのは、俺だった。

 獣の爪同士が切り裂き合い、ミゼーアの魔力を削ぎ落し肉体へと抉り入る。

 

「ブッ飛ベ」


 冷徹な一言と共に、俺は左側の三本の腕を引き、思い切り打ち込む。

 ズガン、と重く響く轟音。先ほどまでの拳とは比較にすらならない一撃によって、ミゼーアは遥か後方へ吹き飛ぶ。

 

「ヤレ、オル・トロス」


 俺が異形の尻尾にして、奇妙な同居人である彼らに告げると、


「シャアァァァ!!」


「ガァァァァ!!」


 彼らはそれこそ獣のように吠えてから大口を開け、そこへと魔力を収束――無色の輝きを纏う、圧縮されたブレスがミゼーアに向けて放たれた。

 アルカエスト――万能融解液の性質を持つ魔力を圧縮して掃射するブレス攻撃だ。怪物だろうと滅する消滅の異能――


「オォォォォオオオォ!!!」


 肉体を溶かされる激痛に堪えかね、ミゼーアが咆哮する。――このままでは不味いと感じたのか、ミゼーアは余剰次元の領域を纏い、再び絶対防御を展開する。

 

「二度目ハ無イゾ。ココデ仕留メテヤル」


 ミゼーアに閃光の如き速度で詰め寄り、余剰次元に爪を立てる。当然のように弾かれるが、俺は六本三対の腕を全霊で稼働させ、魔力を流し込み次元に穴を開けるべく奮闘する。

 

「オォォォォオオオォ!!」


「抵抗スルナッ! 引キ籠ッテナイデ出テコイ!」

 

 無理矢理に余剰次元に穴を開けた俺は、そこにオルを嗾ける。

 

「シャアァ!!」


 咆哮し、再びオルはアルカエストのブレスを放つ。余剰次元と現世を分かつ領域に空いた穴から、流し込むようにして放ったアルカエスト。内部にいるミゼーアに向けて注がれた。


「オオオオオォォォ!?」


 身体を溶かされたミゼーアは、苦し気な咆哮を上げて後退。その際に集中力が途切れたのか、余剰次元の領域が解ける。

 これで攻撃が通る。ならばこっちのモンだ。ここでいい加減、終わらせてやる。

 

「死ネ」


 六本の腕と、二対の大蛇で見舞う神速のラッシュ。全身に魔力を纏った打撃を叩き込まれたミゼーアが、遂によろめいた。

 その隙を逃さず、俺は飛び掛かり組み伏せる。六本の腕とオル・トロスで拘束しつつ、魔力を練り上げる。


「トドメダ、ミゼーア。コノ姿ヲ見セルホド俺ヲ追イ詰メタノハ、オ前ガ初メテダ。満足シテ死ネ」


 別れの言葉を呟きつつ、練り上げた魔力を全身に行き渡らせる。もがくミゼーアを飲み込みかねないほど、膨大量の魔力。大気が震え、地面が振動し、魔力が雷光となってパチパチと弾ける不穏な音が響く。

 放つのは、この姿でなければ発動出来ない俺の必殺技のようなモノだ。いや、技と言えるほど高尚なモンじゃない。ただただ、全てを殲滅する為の殺戮機構である。


 俺は大きく息を吸い、そして――


「――ウオヲオオオォォォ!!!!」


 咆哮した。

 瞬間、紅い魔力の雷光が周囲一帯に満ち、閃光となって全てを覆い尽くす。


 ――〈終滅咆哮ハウリング・ゼロ〉――臨界状態となったエリクシル・ドライヴより放たれる魔力の全てを、咆哮という形で周囲に解き放つ。


 魔力という存在は、術者の意志によってその性質を左右する。この咆哮によって放たれた魔力は、押しなべて破滅の性質を纏う。周囲の生命はおろか、物質へさえ有効である。

 破滅へと向かう事を強制された魔力の群は、周囲の生命や物質に作用し集団自殺へと導く。生命に触れれば細胞が死滅し、大気に触れれば猛毒と化し、大地に触れれば一気に乾き切る。


 ちなみに、技名を決めたのはイルシアだ。俺のセンスじゃない。


 滅へと向かう獣の呼び声を聞いた周囲の光景は、更に凄惨なモノと化していた。一体は砂漠となり、空気は死に絶えている。これでは今後百年は草も生えないだろう。

 

「……」


 そう、だから嫌なのだ。

 第二形態は少し乱暴すぎる。力も制御し辛いし、繊細さに欠ける。俺が繊細だとは言い張るつもりはないが、少しばかり好みとは離れているのが現状である。

 一度試験でこの姿となって以降、使った事はないのだが、まさかこんな辺鄙なとこにいる怪物に切る羽目になるとは、世の中分からないものである。


 心中でボヤいてから、俺は第二形態を解除――エリクシル・ドライヴを通常運転へ戻し、肉体をいつも通りの姿へ回帰させる。


「あー、疲れた」


 今回ばかりは本当に疲れた。精神的なモノだけじゃなくて、肉体も疲れている気がする。

 またしても素っ裸になってしまった。まあ、周りには誰もいないからいいか。

 

「疲レタ! 疲レタ!」


「久々ニ、沢山暴レテ楽シカッタゾ!」


 蛇達は無邪気にもそんなことを言う。子供の体力の底なしさは異常である。

 取り合えず、いつもの装備を呼び出して纏う。そして足元に転がっている蒼い宝石を拾い上げた。


「ミゼーア、お前の因子は貰い受けたぞ」


 手の中で宝石を弄びながら、そう呟き俺は引き返す。最後にちょっとダークエルフ共の様子だけ見て帰ろうかな。

 後に残った激烈な戦争の後を踏みしめながら、俺は荒野と化した樹海を歩いていく。

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