第55話 大怪獣戦争
余剰次元――十一次元の高位領域とも、世界の真の姿とも論じられてたが、本質的な話をすれば、悪魔の領域である。
世界と同一座標上にありながら、その「深度」が異なる、別位相の領域。亜次元とも異界とも呼ばれるのが余剰次元である。
数多ある余剰次元でも、世界の深くに存在する領域、ティンダロス。異常な時間軸に存在する領域、そこに在りし悪魔共の長。
ティンダロスに住まう悪魔、そしてその尖兵と、統率者たる王。
――イルシア曰く、俺の目の前にいるのは、ずっと昔にこの物質界に顕現した、ティンダロスの王。故に、旧世界の遺物。
アンティークにも程があるが、力は尋常ではないらしい。戦い甲斐がありそうだ。
擬態と封印の全てを解放し、雷光の如き魔力の中、元の姿に戻る俺。尻尾として生えて来た、お馴染みの蛇共が負けじと咆哮する。
「待チクタビレタ!!」
「クタビレタ! クタビレタ!」
「――そうか、なら存分に行けるな、オル・トロス」
「モチロン!」
「イケルヨ! イケルヨ!」
「よし。――狩り殺すぞ、オル・トロス!」
問答を終えた瞬間、ミゼーアが跳ね、四足のまま駆けて勢いをつけた鉤爪を振るう。
余りにも単純な攻撃だが、秘めた威力は想像に難くない。質量故の威力、秘めたる不浄の魔力、どれも喰らえば膨大なダメージに成り得る。
喰らってやる道理もないので、俺は後方へ素早く回避――回転しながら前方へ向き直り、ミゼーアが空ぶった隙を見て突進する。
脚に込めた人外の膂力と、強化の為奔り続ける魔力とが、爆発的な速度で俺をミゼーアの懐まで運ぶ。音すら生温いほどの速さ、勢いは充分。
「――〈部分変異・
部分変異によって俺の右手の爪が変異――残酷極まりない処刑道具めいて伸びたそれを振るった。
――接触、擦過。弾かれる事すらなく、俺の爪は僅かな火花を立てて擦れる。
ダメージ無し。物理的な干渉で損傷を与えるのは無理か。
ならば趣向を変える。効果なしを悟った俺は、オルとトロスに援護させ後方へ飛び距離を取る。そのまま部分変異を解除し、元の手に戻した。
「オオオオォォ!!!」
距離を取った俺を見て、逆にミゼーアが詰めてくる。撫でれば俺が死ぬとでも思っているのだろうか。アホめ、こちとら不老不死だ。
ミゼーアの攻撃は前足での爪――先ほどと同じだが、今度はこちらも迎撃の準備を終えている。狙うはカウンター。攻撃を空かした後に、懐へキツいのをブチ込む。
――鉤爪。振るった瞬間に半身になり寸でで回避。構えていた右腕に全霊の魔力を流し込む。
打撃の瞬間に、右腕に収束させた魔力を対象の内部で炸裂させる。かつてイルシアに戦闘試験を死ぬほどさせられていた俺が編み出した、技とすら言えない残酷で野蛮な処刑方法。並みの魔物では存在の痕跡すら残せないほどの火力――
「死ね」
――ズガン、と響く重い轟音。紅い魔力の閃光が、拳よりミゼーアの腹を貫いた。
「――ッ」
声すら上げる間も無く、ミゼーアは後方へ派手に吹き飛ぶ。雑魚め。
そのまま追撃を見舞うべく、吹き飛ぶミゼーアに合わせて跳ぶ。勢いのまま再び拳で貫き、
「オリャオリャァー!」
「ブチコロス!」
そこへオル・トロスが追撃する。伏したミゼーアをボコボコにシバき倒し、トドメを刺すべく俺は脚を大きく上げ、力と魔力を込める。カカト落としで頭蓋――らしき場所――を叩きつぶす。
――刹那、ミゼーアが目にも止まらぬ速度で体勢を直し、凶器めいた尻尾を鞭のように振るい反撃――
「――ッ!? クソがっ」
攻撃の最中だった俺はモロにそれを喰らい、横っ面から吹き飛ばされる。――高速で過ぎ去っていく景色。ミゼーアとの距離が悪夢の如く離れていく。――体勢を空中でどうにか整えるが、止まらない。どこかで勢いを殺さねば。
「――オル・トロスッ!!」
頼れる同居人の名を叫んだ瞬間、彼らは鞭のように伸縮し飛翔――そこらに生えている木に嚙みつき、俺の勢いを殺す。
「グヌヌヌ……」
「ギギギギ……」
死にそうな顔をしながら俺を繋ぎ止めたオル・トロス。とても可哀そうなので、後で多めにケーキを食わせてやることを誓った。
「そのままッ、戻れッ!」
俺が言い放つと、オルとトロスは伸縮の縮――一気に短くなり、俺に与えられた運動量をそのまま反転――射出。
謂わばパチンコの要領だ。紐を担ったのがオル・トロスで、セットされた砲弾は俺。正面にいるミゼーアに向けて着弾してくれるわ。
「死にぞこないのアンティークがッ、くたばれ!」
破滅的な力を込めた俺は、両の脚をミゼーアに向けて着弾――ド派手なドロップキックだ。接触の瞬間に解き放たれた魔力の奔流が衝撃と共に奔り、ミゼーアは後方へぶっ飛ぶ。
大量の木々をなぎ倒し、地面を抉りながら飛ぶミゼーア。それでもヤツは視線を俺に向けたままだ。――いや、それだけじゃない。
「オォオォォォ!!」
ミゼーアは尻尾に魔力を流し込み、それを振るった。瞬間、魔力で形作られた針が大量に飛び、俺へと殺到する。――秘めた魔力の量が異常だ。苦し紛れの遠距離攻撃にしては強力過ぎる。確実に何かがある。
算段を付けた俺は、木々の間を走ったり三角飛びで針を避ける。――輝く蒼い針が着弾した瞬間、青い魔力の爆発が発生――森を不浄の炎で焼き払った。
やはり、仕留めるつもりで撃った攻撃だったな。当たっても死なないだろうが、痛いだろうし回復の時間が無駄だ。避けるに越したことは無い。
しかし、一連のやり取りのせいでかなり距離が開いてしまった。距離を詰めるのは難しくないが、直線というのが頂けない。相手も待ち構えるのが簡単だからだ。
反撃を貰うのは癪だしな。
そんな事を考えていると、ミゼーアの方が動いた。
「グォォォォ……」
僅かに弱った咆哮を上げ、ミゼーアは尻尾をブンブンと振り回し、地面へと突き刺した。
何やってんだコイツ。
疑問を感じているのも束の間、無限の魔力を持つ俺でさえ、目を見開いてしまうほどの大魔力が、ミゼーアの足元より溢れ出る。
「チッ、何だよこれ」
「マブシイ、マブシイ!」
「スゲェ魔力ダナ!」
尋常じゃない魔力だ。魔力量もさることながら、質も異常である。
一体どうやってこれほどの魔力を――原因を探るべく視線を彷徨わせていると、俺の脳裏に閃くモノがあった。
「まさか……チッ。〈部分変異・
考えが正しいのかを探るべく、俺は自身の両目に秘められた魔眼を、変異によって切り替える。呼び出したのは『看破の魔眼』――名前の通り、捜査精査に特化した魔眼だ。
魔眼の異能を奔らせ俺は『地面』を見る。
「やはりか、クソ」
悪態を吐いてから、今からでも妨害しようと、ミゼーアに視線を戻したころには手遅れだった。先ほどまでの弱々しさは疾うに消え失せ、全身から信じ難いほどの魔力が漲っていた。
――ミゼーアが何をしていたか。単純な事だ、魔力を吸って自らの力へと変換していたのだ。
考えてみればずっと前からしていたことだろう。契約によってこの地に縛られているミゼーアが、代償として求めていたのが魔力だ。
問題の、どこから膨大な魔力を確保したかだが――それは、霊脈より吸収したのだろう。
霊脈……大地に流れる魔力の河。この星を循環する、血管のようなモノだ。
霊脈の上に存在する領域は、得てして異常性を発揮しやすい。星の深くに流れる魔力とはいえ、その量は絶大。浸透して、余剰分が表層に現れるだけでもかなりの量だ。
そう、このブリューデ大森林は、霊脈の上に存在する。そうでなければ、こんな異常な樹海は出来ないだろう。アホみたいにデカくて、おまけに「生きている」樹や、内部に存在する強い魔物。ダークエルフという魔に属する人外が住まう空間。どれも、霊脈あっての賜物だろう。
尻尾のように見える異形の器官を地面に突き刺し、魔力を霊脈より吸収――そうしてミゼーアは強化を成したのだ。
厄介極まりない。つーかパワーアップとか聞いてないんだけど。
まあ、過ぎた事を悔やんでもしょうがない。このまま戦闘を続行する。
僅かなムカつきを感じながらも、俺はミゼーアとの距離を詰める。直線を嫌って、木々の間をジグザクに疾駆する。
「オオオォ!」
そんな俺を待ち構えるでもなく、寧ろ向こうから距離を詰めてきた。互いに人外を超越した者同士、刹那すら生温いほどの時間で交錯――瞬間に打ち合う。
ミゼーアは爪を、俺は拳で。
「――チッ!」
激突。俺の紅い魔力と、ミゼーアの蒼い魔力が雷光の如く輝き、周囲に大災害の如き破滅を齎す。蛇の如く唸る魔力の雷霆が、周囲の木々を焼き尽くし、大地を抉り取る。
その破壊の中で、感じる痛み。――俺は打ち負け、右腕の半分以上を失っていた。
「魔力の放出量じゃあ、そっちが上か」
ボヤきながらも後方へ跳躍して距離を取る。
――ガタイがデカければ、当然応じて魔力回路の数も多くなる。俺もかなりデカい方だが、あくまでも人型。向こうは完全な獣の姿で、しかも巨大――一度の魔力放出では分が悪い。
ならば、直接的な放出ではなく魔法で攻撃を仕掛ける。術式を通せば、詠唱などで手間がかかる分かなりの威力を圧縮できる。
「――〈完全変異・アルデバランの
後方へ跳躍して空中を踊る俺は、失った右腕を突き出し変異を呼び出す。かつて戦った悪魔の腕が俺と同化し、一時的に代替する。
――代理詠唱終了、術式実行――
「〈
莫大量の魔力を練り上げ、その全てで形成した術式。悪魔アルデバランが揮う破壊魔法が再び顕現する。
突き出した右腕より展開された大術式の中で、圧縮に圧縮を重ねた魔力が増幅され、その全てが熱量として放出される。
単純、それ故に強大。
白熱した光線が、ミゼーアに向け一直線に解き放たれた。
放たれた閃光の奔流がけたたましい轟音を伴って、甚大な被害を引っ提げ全てをなぎ倒す。
焦土と化した視界の中、熱の揺らぎと煙を超えてゆっくりと、巨大な影が現れる。
「グォォォォ……」
ミゼーアだ。
面倒臭い事に、全くの無傷である。
つーか何だよそれ。流石に無傷は有り得んだろう。
「コイツ、強イ! 強イ!」
「何ダヨコイツ! チョーウザイゾ!」
オルとトロスも同意見なのか、忙しなく吠える。
流石に素で受ければ無傷では済まんだろう。つまり何らかの防御手段がある。
看破すべく、視線を向け――理解した。
「空間遮断……いや、次元そのものが閉じている」
ミゼーアが本来存在している領域、余剰次元ティンダロス。
ヤツは自分の住処を一時的に『纏っている』のだ。
この世界と余剰次元では、存在する法則からして別物だ。
世界を隔て、俺の攻撃がミゼーアの呼び出した「向こう側」へ着弾した瞬間に、拒絶されたのだろう。
こちら側では当たり前に存在しているモノでも、向こうじゃ無いという事だって、十分にあり得る。熱量が破壊や加熱を齎しても、世界が違うのならば意味がない。
単純な放出系の攻撃魔法じゃあ意味がないな。なら、完全変異よりも、部分変異で援護させた方が賢明か。
「変異解除――〈部分変異・アルデバランの腕〉」
右腕の変異を解除――俺本来の腕へと戻し、背中からアルデバランの両腕を生やす。随分お久しぶりだな。悪いがビシバシ働いてもらうぞ。
俺の意志を汲み取ったのか、アルデバランの腕は即座に現状を打開すべく術式を構築――素早く詠唱を済ませ待機状態へ移行する。
「砕けろ、〈
アルデバランの腕が行使したのは、時空系統第十二位階〈領域破断〉――周囲に展開されている領域を砕き、この世界との境目を無くす――有り体に言えば、結界破壊の魔法である。
発動した瞬間、ミゼーアが纏っていたドス黒く蒼い光が掻き消える。世界と余剰次元の境界を砕かれたのだ。
攻撃が通るようになったので、俺はすぐに距離を詰める。アルデバランの腕にも攻撃魔法を詠唱させつつ、再び魔力を腕に収束させる。打撃の方は効かないだろうが、魔法でミゼーアの纏った魔力を削げばその限りでもない。逆もまた然りだ。
そうしてミゼーアに接近――再び攻撃を仕掛けようとし瞬間――ヤツが搔き消えた。
「イナイヨ! イナイヨ!」
「逃ゲタノカ!?」
「チッ、どこ行きやがった」
すぐに周りを見渡すが、ミゼーアの影はない。だがヤツの不浄の魔力、鼻が曲がる程の異臭は未だ健在。つまり近くにいるハズなのだが――
俺はミゼーアの残した魔力を辿るように視線を彷徨わせる――と、蒼く黒い水溜りのようなモノを見つけた。場所は丁度、先ほどまでミゼーアがいた場所だ。
「なるほど……向こう側に逃げたか」
ティンダロスの悪魔の系統が得意とする、瞬間的な次元転移――〈
余剰次元へと潜り、向こう側からこちらを覗いて刈り取る隙を狙う異能。通常の「猟犬」であれば、再現出に特定状態の物質が必要となるが、王ともなれば自由自在に再出現が可能だろう。
厄介だな。向こう側へ干渉する手段がないので手を出せない。こうなればカウンター狙いで、待機するより他は無い。だがそれは向こうも理解しているだろう。
「……」
目に映る僅かな時空の揺らぎ。向こう側に移動して疾駆するミゼーアを追うように、視線を忙しなく向ける。
互いに互いを窺うチリつくような時間。――その沈黙を破ったのは、向こうだった。
――次元の揺らぎが激しくなり、不浄の魔力が溢れ出る。
「来るか」
再出現の予兆を感じ取った俺は拳を構え、オルとトロスをそちらへ向ける。――魔力の明滅が激しくなり、やがて出現した。
「グルルル!!」
――現れたのは、全く違う魔物。姿はミゼーアに似ていなくもない。四足歩行の怪物――猟犬か。
先に眷属を嗾けるとは、アンティーク風情が心理戦に興じているつもりか?
「雑魚が」
俺は嘲る様に拳を振るう――魔力が収束した打撃をもろに受けた猟犬は破砕され、不浄の魔力を散らして消滅――
「オォォォ!!」
――した隙を縫い取るように、ミゼーアが現れ必殺の鉤爪を見舞う。
「――ッ!?」
「「ルベド!!」」
完全に不意を打たれた。防御の間も無く俺は爪を喰らい、肉を抉られ、片腕とアルデバランの両腕、そして瞬間的に庇いに入った、オルとトロスを持っていかれ、かつ吹き飛ばされる。
先に猟犬を嗾ける事で、自身が転移する際に生じる予兆を隠す。恐ろしく単純な一手に打たれた。屈辱極まりない。
「クソが――」
悪態を吐く間もなく、ミゼーアが構えた。
尻尾をこちらへ向けている。――まるで銃口を突きつけられているような悪寒。何かが来る。キマイラとしての超常的な第六感が、警告を告げた。
防御魔法――アルデバランの腕が吹き飛んでいるせいで術が行使できない。
覚悟を決め、俺は残った左腕で自らを庇う。全力で魔力を錬成し防御の為色濃く纏った瞬間――
「オオオオオォ!!!」
尻尾の先、宝石のような針から超越的なエネルギーが放出された。
視界と感覚の全てが青白く染まる。指向性を持たせたエネルギーの奔流――時空が歪むほどの威力。空間切断すら凌駕するほどの決定力。
全身を焼かれて溶かされる激痛の中、錬成した魔力の全てを再生に注ぎこむ。さもなくば追撃に対応できない。
砲撃が止んだ。辺りは先ほどまでよりも更に酷く荒廃としている。
再生によって全身が治りかけた頃、その光景を目撃し――飛翔して追撃に来たミゼーアに頭蓋を抉られた。
「ッ!!」
声を上げる間も無く、更に追撃。
抉られる、切られる、抉られる――無限の攻撃、再生、攻撃、再生――間に合わない。
均衡が崩れ、ミゼーアに傾いた。
――不味い。このままでは一生抜け出せない。
再生してもミゼーアが再生箇所を破壊する方が速い。完全にマウントポジションを取られている。
こうなるともうどうしようもない。変異などを使おうにも、肉体が無いので変異のしようがない。魔力だって全て再生に注ぎこんでこれなのだ。悔しいが、このままだと敗北しかねない。
……仕方ない、アレをやるか。
正直あんまり好みじゃないのだが、この際選り好みしていられん。
とある切り札を切る事を決めた瞬間――
「オオオオオォォォ!!」
ミゼーアがまたしても地面に尻尾を突き刺した。
何をするつもりだ――考える間も無く、正答をこちらに投げつけてくる。
ミゼーアが青い水溜り――余剰次元への門を開き、そこに存在する魔力を尻尾を通じて、霊脈へと送り込む。
バカ、何してんだコイツ。んな事したら霊脈が詰まって大爆発を――そうか!
答えを得た瞬間、俺の視界は光に包まれた。
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