外道錬金術師作、キマイラです

第54話 放たれるモノ

　オッスオッス、合成魔獣（キマイラ）です。

　ダークエルフの里で尋問を受けていると、何か別のダークエルフが襲撃に来たらしい。

　爆発が起きてからすぐに、牢屋代わりの部屋は騒がしくなった。

「えー、マジかよー。もー、折角外のハナシを聞けると思ったのにー」

「そんな場合じゃないですって！　兎に角、ここにいては危険です！　族長の館まで退避して――」

　目の前ではラーマとその従者が、ああでもないこうでもないと言い合っている。

　なんて緊張感の無いヤツらだ。アホなんじゃないか？

　目の前でギャーギャーやってるバカ共を尻目に、俺は考える。

　まあ、まずは祠だろうな。そこへ行けば、例の怪物がいるらしいので。

「ちぇ、サイアクだな。もー、どうしてケンカするかな。仲良くすりゃあいいのに」

「文句いってないで、早く行きますよ」

「あ、待ってよ。コイツら連れてこうぜ。ほら、アレだ、生贄に必要だろ？　だから――」

「どうせハナシが聞きたくて勿体無いから言ってるんでしょ。足手纏いを守る余裕なんてありませんよ」

　などと言い合っているダークエルフ共は、従者が押すようにして部屋の外へ行った。話していたように、避難をしたのだろう。

「……行ったな」

　今まで驚くほど静かだったバルドーが、これまた静かに、囁くようにそういった。

　今更俺に話しかけてくるとか何考えてるんだコイツも。俺に責任転嫁しといて、まだ仲間面出来ると？　厚顔無恥ってヤツだな。

　まあいい、コイツはどうでもいいんだ。必要なのは祠とやらにいる「終末の獣」だ。さっさと仕留めて帰らねば。

「そうか」

　面倒臭くなって、何も考えずに適当に返した俺は、吊るされた腕に力を込め――

「フン」

　ぶちりと思い切り千切って拘束を外す。

「なっ！？」

　その様子を見てバルドーが面食らった顔をしているが、無視して残りの拘束も外す。

「お、お前……自分で外せたのか」

「まあな」

　ずっと吊るされていたので、軽く身体の調子を確かめているとバルドーがそう言ってきた。

　大人しくしていたので、外せないモンだと思っていたのだろう。

　適当に返事をしながら、俺は牢屋を素手でぶち破り、そのまま外へ出る。

「お、おい！　どこへ行くんだ！　待ってくれ！　オレの縄も解いてくれ！」

　ギャーギャーと喚くバルドーを一瞥し、俺は部屋を出る。

　正直アイツはどうでもいいので、ここで死のうが生きようが関係ない。いや、ちょっと鬱陶しいとも思っていたので、離れられてせいせいした。

　楽になった錯覚を得た俺は、その空気を味わうように、扉を開いて外を見て大きく息でも吸おうか――と、思っていたら、里中煙塗れで呼吸する気が失せた。

　ちっ、時間があったら観光でもしようかと考えていたが、この様子じゃあ無理そうだな。つーか嫌だ、何か臭いし。

　仕方ないので、俺は里の近くにあるという祠を目指して歩――こうとして、思い出す。里の近くに祠があるという事は教えて貰ったが、正確な場所は知らない。

「あー、どうしよ」

　暫く考えて――面倒臭くなってそのまま歩き出す。その辺にいるダークエルフを捕まえて、口を割らせればいい。

　仕方ないので俺は適当に里を進む。

「貴様！　ここで何をしている！」

　予想通り、里を悠々と歩いていたら自分から情報源が来てくれた。ラッキー。

「丁度いい、聞きたい事があったんだ」

　逃げられると困るので、俺はさっさと声を荒げていたダークエルフの首を掴み、そのまま持ち上げる。

「ぐう！？　や、やめろ……は、放せッ！」

　苦しそうに呻き、ジタバタとするが無視。

「終末の獣とやらが封じられている祠があるらしいが、そこはどこだ？　具体的な場所と方向さえ教えてくれればいい」

「な、に？　きさま……どうしてそれを……」

「ヒトが質問してるんだぞ。お前は答える側だ。分かるだろうそれくらい」

「ぐぅ……き、きさまに、おしえ、ることなど……」

　何て強情なヤツだ。首掴まれて吊るされてるのにこの態度。マジでメンドイな。

　こういう時にはアレだ、何だっけ、その……そうそう、立場ってヤツを分からせてやらんとな。

「未だに自分が上だとでも思っているのか？　殺そうと思えばいつでも殺せるんだぞ？　立場に気を付けて、発言は選んだ方が賢明だぞ」

　仕方ないので、俺は優しく諭してやりながら首を掴んでいる腕に力を込める。

「ぐ……あ……」

　ダークエルフは苦しそうな声を上げて、白目を剥く。

「ちゃんと答えろ。ほら、質問は覚えているか？」

　俺の問いかけに、ダークエルフの男はコクコクと頷く。よし、答えてくれそうだな。

「さとの、にし、ある、ほこら……」

　ダークエルフの男はどうにか言葉を絞り出した。ほうほう、里の西にある祠、か。

　それだけ分かれば十分。よし、よく答えてくれたな。

　そうしていると、ダークエルフの男は苦しさのあまりか、口の端から涎を垂らしていた。

　……うわ、汚っ。

　手に付きそうになったのが非常に嫌だったので、その辺に投げ飛ばす。何て酷いヤツだ、ヒトに唾つけるとか。等と考えていた時である。

「なっ、お前は！」

　横から投げられたのは、何だか聞いたことがあるような声。視線だけを向けると、そこには見覚えのある……気がするダークエルフの青年がいた。

　……………誰？

「どうやってここに……どう逃げ出したんだ！」

　そう言われて思い出した。コイツ俺らをここに連れて来たヤツか。

　ならコイツにも用はないな。

「あの程度、別にいつでも破れたさ。それよりも邪魔はせずに、そこを退いた方が良いぞ。邪魔をしないなら、殺しはしない」

　そういって追っ払おうとしたら、彼はキレて魔力をバチバチに流して攻撃してくる。

「黙れ、ニンゲン風情が舐めた口を叩くなよ」

　といって、彼は魔法――恐らく呪詛系統の攻撃魔法――を放ってくる。

　そうか、コイツは俺がニンゲンだと思い込んでいるのか。だから呪詛とか使ってるワケだ。

　俺は勿論、魔性の存在には効かない所か回復するからな呪詛。

　アレだ、ＲＰＧでアンデッドが回復魔法受けると死ぬヤツ、アレの逆バージョン。寧ろ調子がよくなるので、これから手応えのありそうなヤツと戦いに行く身としては、実に有難い限りだ。

「――死ね、〈生否呪（アサシネイト・カース）〉」

　予想通り飛んできたのは呪詛。赤い輝きが俺に命中すると、何とも言えない温かな感覚を得て、少しだけ身体の調子が良くなった気がする。

「なっ！？」

　それを見て驚愕するダークエルフの青年。大方俺がニンゲンだと思い込んでいた故のモノだろう。

　勘違いが先行しているとはいえ、俺には害はないし、寧ろプラスの要素しかない事をしてくれた。中々見所のあるやつだ。

　これで俺が人外だとバレてしまうワケだが、まあいいだろう。イルシアに命ぜられていたのも、大森林外部での正体バレ。内部の住人に発覚しても、流出のしようがない。

　セフィロトに所属していないとはいえ、彼もまた人外。ニンゲン共よりは、多少は共感とかもしやすい。いい奴だし、見逃してやるか。

「悪くない呪いだ」

　一応そう褒めて、俺は腕に流れる呪いを確かめる。

「お前は……まさか魔人族、なのか？」

　等と言ってくる青年だが、残念不正解だ。惜しいところまでは行ってなくもないが。

「想像に任せるよ」

　そうとだけ言って、俺は先を急ぐ。後ろからまたなんか言われたが、努めて無視である。

　さてさて、西側にある祠――そこに例の怪物がいるらしいのだが――

　西側か。どっちが西だ？

　いや、ふざけているワケじゃない。ここ森だし、方向が分かりにくいんだよな。

　どうしたものかと考えていると、俺の鋭敏な聴覚（諸事情で弱体化中）が、下の方で慌ただしくしているダークエルフ達の会話を捉える。

「――急げ！　北側だ！　ヴァーテ族が攻めてくるぞ！」

　そう叫んで、武装したダークエルフらを誘導しているヤツが向かっているのは、戦火の広がる里の入り口。そこではダークエルフ同士が殺し合っている。

　察するに、あそこが北側だな。なら西はこっちか。いやー、助かった。

「よし、さっさと済ませるか」

　僅かに感じていた怠さを払うように、自分にそう言い聞かせて目的地へ向かう。西側へ向かう道中ではダークエルフに出くわさなかったものの、里を抜けて祠への道を進もうとすると――

「何だ貴様は！　何故ここにいる！」

　またしても似たような事を言われてしまう。どうやら祠への道を守っているらしいダークエルフだ。それも結構数が揃っている。

　あー、マジかー。面倒臭いな。

「何事だ」

　そういって前に出たのは、一際立派なダークエルフの女性だ。結構なマッチョで、ゴリゴリの武闘派である事を想像させる。

「戦士長！」

　一人のダークエルフがその女性に向けて喜色の含まれた声を掛ける。戦士長か、まあ確かに見た目はそれっぽいな。

　戦士長とやらがダークエルフ達の間から出てきて、俺と対面する。彼女は俺を見て目を見開き驚愕していた。

「……お前、どうしてここにいるんだ」

　戦士長は何故か俺を見知っていたようだ。俺は知らんぞこんなヤツ。

　と思って、少し思い返すと――ああ、そういえばコイツ、牢屋に連れていかれる途中で見たな。こっちをジロジロと見ていたような気がする。

　まあ、だから何だという話なのだが。

「この先に用があるんだ。通してもらおうか」

　俺がそういうと、道を守っていたダークエルフ達がざわりと震える。

「この先、だと？」

　そういうと戦士長とやらは鋭い視線を向けてくる。

「……自ら望んで贄に成りに来た、というワケではなさそうだな」

「用が済んだらすぐに帰るさ。だからそこを通してくれ」

　どうにか快く受け入れて貰おうと言葉を尽くしてみるが、ダークエルフらは首を縦には振らない。寧ろ敵意を放ってくる。

　何て奴らだ。

「――戦士長！」

「分かっている」

　何事かを言い交した戦士長は、武器である二つの短刀を構えてコチラに向き直る。鋭い琥珀の瞳に、ありったけの殺意を滲ませて。

「――外界に住まう、ヒトの英雄か何かか貴様は。確かにそれなりの力量はあるのだろうが、蛮勇だな。この先は我らウィエン族の秘奥故に、通すワケにも、生かして帰すワケにもいかない。ここで死んでもらう」

　戦士長が言い放つと、他のダークエルフも得物を構えたり戦闘態勢を整える。

　結局こうなんのかよ。ちっ、マジかよ。

　さっきの青年のようにはいかないな。同じ人外とはいえ、こうも敵対されると見逃す気も失せる。仕方ないからやるか。

　そう決めた俺は背中の武器を出そうとして――置いてきちゃった事を思い出す。

　……。

「メンドくさっ」

　折角言い付けを守って、律儀にニンゲンに化けてここまで来たが、もういいや。イルシアが言っていたのは大森林外部での魔性解放、ここなら本来の力を揮っても問題無い。

「群れるな、邪魔だ」

　一々変異を戻すのも面倒臭いので、一時的に魔力上限封印機能を解除、エリクシル・ドライヴより錬成された膨大量の魔力を、己が身に備えられた無数の魔力回路より捻出――衝撃波として放出する。

「――ッ！？」

　放出された魔力の波動によって、群がっていたダークエルフ共は派手にぶっ飛んでいく。ボーリングでストライクを取ったかのような光景に爽快感――ボーリングやったことないけど――で少しだけ倦んでいた気分が晴れた。

　魔性を解放したせいで、魔力を放った右腕が元の黒い毛並みに戻っていた。多分目も魔眼に戻っているだろう。まあ、この程度の綻びはすぐに戻るだろう。

「ったく……」

　ちょっと文句を言いたくなったので、愚痴ってから先へ進む。

　転がっているダークエルフらを乗り越えつつ進み、俺はそれらしいモノを見つけた。

　布とかで儀式的な飾りつけをされている洞窟で、入り口には侵入を防ぐように結界が施されている。

「ここか」

　入り口の結界は単純な侵入拒絶型のモノだな。合鍵が無いので、無理矢理ぶち破るしかないか。

　当たりを付けた俺は、結界に手を翳し、先と同じように魔力を放出――結界を破壊する。

　ガラスが割れるような音と共に、破壊された結界の破片が魔力の粒子となって消えて行く光景。それを無感動に眺めた俺は洞窟の中へ進む。

　中は薄暗く狭い。洞窟とはいっても、そこまで広さはないな。洞穴と言ったほうが良いかもしれん。特徴的なのは、洞窟内部の壁にビッシリと幾何学模様が描かれ、中心にまたしても結界が存在している所だろう。

　結界内部には……よく見えないが、尋常ではない生物の影があるのは確かだ。

　さて、この封印をどう解くか。まあどうせ何らかの魔法だろうし、術式を見て解析すれば分かるだろう。

　イルシアみたいな偏執的魔術オタクほどではないにしろ、彼女の授業を履修する内に、その手の知識もついてきている。観察すれば分かるだろう。

　というワケで、俺はしげしげと封印を見る。……ふーん、なんだ、拍子抜けだな。

　どうやら一種の契約魔法らしい。契約魔法とは、読んで字の如く契約によって戒律を戒め、甲乙双方にメリットデメリットを与える術式だ。

　この場合は、封印を受ける代わりに魔力を貢ぐ――という契約が成されている。封印が内部の怪物にとってのデメリットで、メリットは無料（タダ）飯を食えるってとこか。逆に封印をしている側は、こいつの自由を束縛する事がメリットで、デメリットは魔力の提供って所だな。

　さて、契約を破綻させるのがコイツと戦う手っ取り早い方法なのだが――どうするか。

　魔力、魔力、魔力が無いとダメなのか。そうだよな、自由の引き換えに求めるくらいだ、魔力無しじゃ存在を保てないのだろう、この怪物は。

　なら簡単だな。コイツに魔力を供給している契約に割って入ってやればいい。正確には、契約術式そのものではなく、コイツに魔力を送っている機構をどうにかすればいい。

　契約に魔力供給をする為の機能はなさそうだったので、別の手段で果たしているハズ。例えば――

「この洞窟、もとい祠とかな」

　祠である洞窟の内側に刻まれた幾何学模様、どうやら物質や生命力を魔力へ変換し中心へ供給する為の機構のようだ。つまり、この祠自体が大規模な儀式場。生贄を求めていたのはその為だろう。原理としては、魔力錬成というよりは原始的な呪法に近い。

「よし、そうと分かれば――この祠、ぶっ飛ばすか」

　そう決めた俺は、先ほどと同じように魔力を錬成――衝撃に変えて解き放つ。今度はより強力に、欠片も残さずに。

　――轟音。紅き魔力の奔流が祠を貫き、周囲を滅却する。同時に封印が綻び、中より何かが生まれ出るように弾けた。

「ォォォォォオオオ！！！」

　獣とも、ヒトとも似つかない咆哮を上げ、それは現れた。

　様相としては、狼のような姿だ。但しかなりデカい。祠に収まっていたのが不思議なほどデカい。

　狼のような姿と言ったが、そう見えるだけで別物だろう。身体は装甲を纏っているように、銀色に輝く鎧めいているし、隙間からは不浄の魔力を垂れ流している。おまけに尻尾も化け物じみていて、蠍のようになっている。針の部分は蒼く輝く宝石めいていた。

　その「獣」は俺に視線を――目があるかは怪しい――向けて、同時に獰猛な敵意を滲ませる。

　どうやら無事俺を敵として見てくれたようだな。

　中々に歯応えのありそうな相手だ。イルシアから聞いたが、確かコイツは悪魔だったな。

「――余剰次元『ティンダロス』の王、名を『亜次元の悪魔、ミゼーア』だったな。俺の名はルベド・アルス＝マグナ。ここでお前を狩り殺す、錬金術師の最高傑作だ」

　俺の宣誓と共に、封じられていた魔力と魔性の全てが放たれ、元の姿に戻っていく。唸りを上げる紅き魔力の乱流を超え、ぎらついて離れない戦闘衝動を視線に乗せぶつける。

　戦いは静かに、だが確かに始まった。