第51話 紅き胎動

 こんちわーす、合成魔獣キマイラです。

 俺こと流浪の傭兵ヴェド――もとい、ルベド・アルス=マグナは、どういうワケかブリューデ大森林に住まう、ダークエルフなる魔人族に囚われてしまった。

 まあ、態とだけどね。


 事前の情報で、このブリューデ大森林に「亜空間すら恣にする旧世界の遺物」なる魔物が存在するのは知っていた。しかし近郊の街ルシャイアでは、それらしき存在についての話は聞けなかった。理由は何故か? 勿論、多少考えれば分かる事だ。


 ルシャイアの傭兵共は、大森林に入ってもすぐに帰ってくるか、死ぬかの二択という情けない連中なので、内部に関しての情報が不明瞭でも仕方ない。

 逆に言えば、連中が入り込めない奥底にこそ、俺の目的たる怪物は存在するというのが証明されているワケだ。――まあ、この理論はイルシアが齎した情報が正確であるという、前提のもと成り立っているので、間違っている可能性も無くはないかもしれない――世界最強の情報部が存在するセフィロトに限って、有り得ないだろうが。

 

 故にこそ、ダークエルフらが俺達を捕らえようとしたのは渡りに船。面倒な探索などしなくても、向こうが勝手に大森林の奥まで案内してくれるので、とても楽ちんだ。

 その過程でバルドーとかいう胡散臭いアホの連れが二人ほどお亡くなりになったが、まあアレだ、大いなる目的の為の、仕方のない犠牲ってヤツだ。

 ぶっちゃけると、ニンゲンがいくら死んでも別にどうでもいいのだが。

 

「クソ、クソ、クソクソクソッ! どうしてこうなったんだッ!」


 ダークエルフの里――なんか凄くデカい樹の上に造られたツリーハウス群で、とてもエルフっぽい雰囲気――の一室、牢屋に幽閉され拘束もされている俺達。隣にいるバルドーが苛立ったように悪態を吐く。

 何故かやたら俺を警戒しているダークエルフ達。バルドーが最低限の拘束なのに対して、俺はもうグルグル巻き。まるでこれから拷問を受ける軍人みたいに吊るされている。別に構わないが、正直不快なので早く解放されたい。

 封印は極限まで施しているのに、何故だろうか。やはり魔の者同士分かるモノなのだろうか。だったらこうまでして偽装した意味がない。

 

「なんで、なんで……クソッ!」


 またしてもよく分からない悪態を吐くバルドー。煩いので、静かにしてほしい。

 折角暇な時間を生かして考え事をしていたのに、これじゃあ纏まる考えも纏まらん。

 どうせならコイツもあの場所で死んでもらうべきだったな。煩いヤツは死、あるのみである。

 

「やっぱり来るべきじゃなかったんだ……クソッ。……お前のせいだぞッ! アンタがこんな所に行くっていうから、オレ達は……」


 しまいには俺に責任転嫁してくる始末。そりゃ、確かに俺が行きたいって言ったけど、最終的に同行を決意したのはコイツだ。

 そう反論しようとしたが――拘束の一環で布を口に噛ませて、猿轡をされているのを思い出す。これだと喋れないので、反論も出来ない。あーあ。

 

「何であのダークエルフ共にされるがままだったんだ! アンタの腕なら、どうにでも出来たんじゃないのか!?」


 なんて奴だ。ここまで俺におんぶにだっこで来たくせに、たった一回戦わなかっただけでこの態度とは。他人に縋る前に、まず自分の改善をしたほうがいいのではないか。

 それに、敵に囲まれている時点で降伏を選ぶのはそう不自然な行為ではないハズだ。

 まあ、先のバルドーの質問に、偽りなく答えるなら、あの程度の魔人族なんて敵じゃないが、今の俺はあくまでも人類種――という態で案内を頼みたかったのが現実だ。

 この傭兵くずれのアホも、ダークエルフとかいう辺鄙なトコにいる魔人族も、利用するだけの道具に過ぎない。態々まともに付き合ってやる道理はない。


 俺は視線だけバルドーに投げ――面倒臭くなって逸らす。

 そんな俺の態度をどう思ったのか、バルドーはまたぞろ煩くなる。

 あー、面倒臭い。

 そうして意義の薄そうな時間を過ごしていた時である。


「――困り――だから――」


「――るさい――好きに――」


 幽閉されている部屋の外から、何者かの声が聞こえる。普段の性能なら余裕で捉えられるだろうが、今の俺はとてつもなく弱体化しているので途切れ途切れにしか聞こえない。

 取り合えず耳を澄ませて、誰が何を喋っているのかを察知すべく集中してみる。――までもなく、扉が開かれた。


「うるさい! 知識のタンキューは、誰にも止められない! 止めてはならない!」


 俺のご主人様みたいなことを言いながら、牢屋代わりの部屋に入り込んできたのはダークエルフのガキ。俺を捕まえたヤツに比べると、だいぶ華奢だし小さいのでガキだろう。……魔人族とか、そういう不老の命を持つ輩は、どうしても外見から年齢を判別するのが難しいので、これも当て推量が多分に含まれるが。

 

「よおニンゲン共! このラーマ様が話を聞きに来てやったぞ!」


 とても目をキラキラとさせている、純朴そうなダークエルフの少年。

 また面倒臭そうなのが増えたぞ。

 

「な、何だよお前は……」


 そんなダークエルフの少年――ラーマなる者に、あからさまにビビるバルドー。情けないヤツだ。

 

「言っただろ! ラーマ様だ! ニンゲン達に話を聞きに来たんだぞ!」


「な、なんだよそれ……」


 恐怖しながらも困惑するバルドー。まあ、気持ちは分からなくもない。

 そんなバルドーを気にもせず、ラーマはグイグイ近づいてくる。


「なあなあ、外の世界ってどうなってるんだ? 教えてくれよー」


 そういって詰め寄ってくるラーマ。マジでそれだけの為にここに来たのか? 変なヤツだな。


「こ、答えたら殺したりすんじゃないのか? よ、用済みとかいって」


 疑心暗鬼になってそんなことを口走るバルドー。流石にそれは――というより、どうせどの道――


「え? 答えても答えなくても死ぬよ? お前らはあの御方への生贄なんだからな!」


 と、純朴な顔で殊の外残酷に言い放つラーマ。

 流石魔人族。ガキでも立派な人類の敵だな。ヘルメス辺りは、気に入りそうな思想をしている。


「なっ!?」


 その答えに、目を見開き絶望の二字を具現させた表情を張り付けるバルドー。


「んな事より、教えてくれよ外の世界の事!」


「これから殺されるって時に、答えられねえよそんな事……」


 全くもって尤もな発言である。


「困りますってラーマ様! 怒られますよ」


 開きっぱなしの扉から、追従する様に現れたのは、這う這うの身体を引きずってきたダークエルフの男。俺達を捕まえたヤツとは違うようだ。


「うるさいぞ、今すごく忙しいんだ」


 にべもない一言を吐いて男をあしらい、俺達へ無遠慮な視線を注ぎ続けるラーマ。

 

「うーん、こっちのヤツは答えてくれそうにないな」


 そういうと、今度は俺へと視線をガッチリ合わせてくるラーマ。ロックオンされたみたいだ。面倒臭い。

 

「よし、お前! オレ様の質問に答えろ!」


 などと言ってくるが、見てわかる通り俺は喋れる状態じゃない。いや、この程度の拘束なんてその気になれば破れるが、今やると貴重な情報を得られなくなるかもしれないので、やらない。

 

「あ、そっか。その状態じゃ喋れないか」


 やっと気が付いたようで、得心したように手を叩くラーマ。

 

「しょーがない! イストとルーゼはヤバそうなヤツだから気を付けろって言ってたけど、口を自由にするくらいならいいよな!」

 

 どうやらこの口の鬱陶しい拘束を解いてくれるらしい。面倒臭そうなガキだが、そこだけは評価できるな。


「ちょ、ちょっとぉ! ダメですって! マジで怒られますよ! 特に戦士長に!」


「うるさい、オレ様は族長の息子だぞ! ケンリョクってヤツを行使するから黙ってみてろ!」


 従者か何かなのだろうか、男が涙目で引き留めるが、一切取り合わず、木で造られた牢獄に入ってくるラーマ。

 

「っ!?」


 牢屋に入ってきたラーマを見てあからさまに怯えるバルドー。情けないヤツだ、ただのガキだろ。


「うわ、お前背ぇ高いなぁ。よし、今その口を自由にしてやるからな」


 などと言いながら、俺を見上げるガキ。思った事を言えばいいってモンじゃないんだぞ。

 そんな事を考えていると、ラーマはその小さな身体を生かして俺に昇り始める。

 天井から腕を吊るされているので、口に手を届かせる為の工夫なのだろう。

 ウザイ。

 

 愚にもつかない思考を弄していると、俺の肩に入り込んできたラーマは、懐から何かを取り出して猿轡に近づける。察するに刃物、護身用の短剣か何かだろう。

 

「うんしょ……よし、これでオッケーだな!」


 衣擦れの音と、繊維が千切れる音が響き、俺の口を戒めていた拘束は解除される。

 俺は口から猿轡だった布切れを吐き捨て、ラーマに視線を投げる。


「離れろ鬱陶しい」


「おっ、お前は喋ってくれそうだな!」


 俺の言葉など聞こえていないのか、マイペースなラーマはひょいっと肩から降りる。

 

「うう、怒られる……」


「うるさいぞ、今から大切な話をするんだ。お前は外で、イストとかルーゼとか、戦士長とかが来ないように見張ってるんだ」


「で、でも……」


「もー、早く出てけよー」


 ぐずるダークエルフの従者を無理矢理部屋の外に押し退け、扉をピシャリと閉じたラーマ。

 なんて警戒心の無い奴なんだ。俺達が何らかの方法で拘束を破ったら、二対一で戦う羽目になるんだぞ。いや、そうなってもどうとでもなると考えているのか。ニンゲンに比べれば、ダークエルフは強いらしいし、有り得るな。

 

「よし、これで本題に移れるな! お前、名前は何て言うんだ!? 外の世界のヤツらにも、名前はあるって知ってるぞ! だから教えろ!」


 うわ、だっる。

 このノリがずっと続くのか? マジでメンドイな。

 

「……その前に一つ、二つ答えろ。そうしたら幾らでも質問に答えてやる」


「え、マジで!? うんうん、答える答える!」


 ちょっろ。

 外界に出たらコイツ、詐欺られたりして一瞬で奴隷行きだろうな。

 

「まず、ここは何だ?」


「ここはオレ様達ダークエルフ、ウィエン族の里だぞ! ちなみに、ここから北の方へ進めばヴァーテ族っていうダークエルフ達がいるらしいぞ! オレ様達と仲悪いんだってさ!」


 腰に手を当てて誇らしげにそう教えてくれるラーマ。俺が内心でバカにしている事など毛ほども考えていなさそうなアホ面だ。

 まあそれは兎も角……ウィエン族、そしてヴァーテ族か。この森に住まうダークエルフで、彼らは敵対していると。

 ふーん。まあ、そこまで興味はないな。観光として訪れているならいざ知らず、一応仕事だし。本当に知りたいのはやはり――


「俺達を生贄と呼んでいたが、それは何への贄なんだ?」


「あー、それ? この樹海に古くから眠ってる――ていうか、封印? されてる、終末の獣っていう怪物の事だよ。オレ様達ウィエン族は、その守り手。目覚めたら大変な事になるらしいからな。でもヴァーテ族は目覚めさせたいらしいぞ。何でも、楽園に連れて行って貰えるとか何とか」


 だから仲悪いんだよね、と締めくくったラーマ。

 ふぅん……古くからの眠り、封印――終末の獣、か。

 十中八九、それが俺の求める「旧世界の遺物」だろう。無限の寿命を持つダークエルフをして、古くという言の葉を使わせるほどだ。千年以上前のガラクタが眠っていても不思議じゃない。

 

「ちなみに、その終末の獣がどこにいるのかは知ってるのか?」


「え? ああうん。この里の近くにある祠に眠ってるらしいよ」


「そうか……」


 実に都合のいい情報源だ。おかげで知りたいことは全て知れた。

 

「実に為になった」


「そうか! なら今度はオレ様の番だな」


「だから――」


 用済みだ。

 そう言おうとした瞬間――部屋の外から凄まじい爆音が響く。同時に波動の如く広がる魔力の波――察するに、元素系統の炸裂魔法か。

 

「んにゃ? んだぁ?」


 明らかに異常事態なのに、呑気にアホ面を晒して周囲をきょろきょろとするラーマ。


「い、今のは……」


 今まで顔を蒼くして黙っていたバルドーも、この状況には反応せざるを得ないようだ。小さく呻き、俺に視線を投げてくる。

 俺は目で「知るか」とだけ返し、扉を見据えた。弱体化しても尚それなりの精度を持つ俺の感覚器官が、外よりこちらへ向かってくる何者かを検知した故だ。

 果たして、すぐに扉は開かれた。焦った顔で入り込んできたのは、先の従者だった。


「た、大変ですラーマ様!」


「何だ何だ? 何かあったのか?」


 従者は焦り過ぎて呼吸がおかしくなったのか、落ち着けるように何度か深呼吸をしてから再び言葉を紡ぐ。


「ヴぁ、ヴァーテ族です! アイツらが、里に襲撃を仕掛けて来ました!」


 その言葉にマイペースだったラーマも驚愕して目を見開く。そのやり取りを聞いていたバルドーも驚き、そして視線を伏せる。何を考えているかは想像できる。どうせ生き残る算段でもつけているのだろう。

 まあ、チャンスではある。このダークエルフ共の里が混乱している今なら、一般的な傭兵であるバルドーにも、ワンチャンあるのでは――と、思えなくもない。

 好きにしたらいい。俺の正体を知っているワケじゃないので、コイツの生き死にへの興味は薄い。もしも正体を知るような機会があればその限りではなかろうが。

 俺もまたバルドーと同じく、この状況をどうすべくか玩味する。目的の代物に手の届く位置まで来たのだ。どうせなら確実にやりたい。

 そう、錬金術師の最高傑作に――失敗は許されないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る