第49話 交差点、秒前

「おい、本気なのかよ?」


 今日何度も行われた質問に倦厭して、バルドーはゆっくりと声の主を振り返る。

 声の主はバルドーの一党に参加している傭兵仲間だ。

 

「ああ、本気だぜ」


「正気かよ。大森林探索なんて、どう考えても自殺行為だろ」


 ――そうだ。魔境ブリューデ大森林への探索――ヴェドと交わした契約によって決められた死地への旅出。その事についてバルドーは仲間に話し、結果こうして引き留められている。

 

「分かってるさ。でもオレの考えは変わらない。これは千載一遇のチャンスなんだ」


「――そんな事を言って、あの魔性の森に呑まれ消えていった同業は何人も見て来ただろう!? ついこの間だって、ジョナサンの一党が森に入り、帰って来なかったのはお前も知ってるハズだ」


 記憶に新しい事件。一党の仲間が警句代わりに口にしたのはバルドーも知っている事だ。

 数日から一週間ほど前、珍しく傭兵で魔導師をやっていた者を仲間に引き入れた傭兵が、数人で徒党を組んで大森林に探索に向かい――そして行方不明になった。

 その傭兵も確かに言っていた――今回はやれる、と。


「――オレはジョナサンとは違う。見ろよ、あの戦いぶりを」


 そういってバルドーが指差したのは――魔物の群れ。腕のいい傭兵の一党でも尻込みしてしまうような大群。それ相手に一歩も引かず、大の大人ほどもある大剣を片手で携える紅い狼の傭兵。

 そう、ヴェドだ。


 オーガ――鬼系の魔物の中でも強力で知能もマシな強敵――の群れを鬱陶しそうに一閃――両断。

 ダイアウルフ――野生の狼とは比べ物ならない俊敏さと強靭さを持つ魔性の獣――が数匹で行う連携をものともせず、返す刀で薙ぎ払う。

 上空から飛翔し襲い掛かってきたハーピー――女の顔を持つ冒涜的な巨鳥――の襲撃を回避、すぐさま首根っこを掴み地面へ叩き伏せ、頭蓋を砕く。


 ――鬼神の如き戦いぶりだ。これだけの魔物、しかも大森林より溢れた強敵相手に、この大立ち回り。数年に一度の逸材である。この者が一緒ならば、悪名高き大森林でさえ探索可能と思えてしまう。


「確かに……確かに、滅茶苦茶強いな、アイツ」


「だろ? オレの慧眼を褒めてほしいね」


「うーん、まあ……あのヴェドってのがいれば、不可能じゃないかもしれない……って、思えちまうな」


 腕を組み、うんうんと頷く仲間を尻目に、バルドーはヴェドの背中を見て熱いモノを感じていた。

 あの背中こそ、バルドーが父に見出した傭兵としての栄光――剣に恃み己を立てる、血腥くも雄々しい英雄の影。

 いける、彼と一緒なら、自分はもっと高みに行ける。

 

「どうだ、俺は合格か?」


 大剣に付いた血を払い、背中に納刀して堂々とこちらに歩いてきたヴェドが、余裕そうな態度でそういった。

 ここはルシャイア近郊の荒野、大森林にほど近い場所だ。街道からは離れているが、定期的に傭兵や軍人が魔物を狩らないと街や通行人にも被害が出る。特に街道への魔物の進出は、物資の搬入などにも影響する為、優先順位が高い。

 

 ここでの魔物狩りはルシャイアにいる傭兵らの主な仕事だ。有用な素材――魔導具の材料だったり、魔法の触媒に使える物だったり、或いは武具の素材に用いれるモノだったり――を剥ぎ取って、売却し利益を得る。かなり買い叩かれるが、数を揃えればそれなりの金銭になる。

 この場所を用いて、ヴェドがどれほど戦えるのかを推し量っているのだ。結果、予想以上である。


「勿論、文句なしだ!」


「そうか、それはいい。ではいつ大森林に向かえる?」


 合格を出してすぐに、このにべもない一言。どこか冷徹な態度だが、そういうニンゲンなのだと納得しておく。


「……その前に聞かせてほしい。大森林には、具体的に何を求めて向かうんだ?」


 一応、一党のリーダーであるバルドーは、ヴェドに理由を尋ねる。魔境と言われ忌み嫌われる場所に、何故そこまで固執するのか、やはり気になるのだ。

 

「中がどうなっているのか、知りたいだけだ」


「……は?」


 思わぬ返答に、バルドーは一瞬思考が停止する。


「………未踏の地という事ならば、それを初めに暴いた者に栄光が下るだろう。だから、知りたいんだ」


 硬直したバルドーや一党の仲間を見て、ヴェドは何故か少しだけばつが悪そうにそう付け足した。

 ヴェドの態度は気になるものの、そう言われると一応納得できる。未踏の地を探索したとなれば、相応の名誉が伴う。傭兵として賜るには至上の名誉が。

 

「……なるほど、確かにそうだな。オレ達が最初に暴いたとなれば、歴史に名が残る偉業だ。よし、準備もあることだし、数日以内に出発しよう」


「ほ、本気かよバルドー」


「ああ、オレは決めたぜ! オレ達の一党が、初めにブリューデ大森林の神秘を暴いた傭兵となる。そうして歴史に名を残すんだ!」


 ――バルドーの高らかな宣誓により、一党の意志は決定した。

 何、もしも危険があればすぐに引き返せばいい。ダークエルフを捌くくらいならば、ヴェドさえいればどうにか出来るだろう。不意を打たれでもしない限りは問題ない。

 枯れかけた英雄へ至るという夢。それを果たせる可能性があるのが、今回のチャンス。だからこそ、自分は先へ進む。

 多くの先達が抱き、そして暗黒へ散っていた時をなぞりながら、バルドーもまた死地へ足を踏み出した。








 ◇◇◇








 ――暇だ。

 そう感じながら、イスト・ウィエンは寝台に寝転ぶ。

 数日前にニンゲン狩りを行ったばかりだというのに、既に彼は暇を持て余していた。

 何しろダークエルフは不老だ。その時は余りにも永く、必然的に娯楽に飢えている。

 

「どうしたの、今日はいやに淡泊ね」


 イストの隣で柔いモノを腕に押し付けながら、耳元で婀娜っぽい声で囁くのはルーゼ・ウィエンだ。

 暇を持て余せば、永き時を若い身体で生きるダークエルフらが、性的な遊興を以て無聊を慰めるのは必然。多くの先達が経験したように、狩人としてペアであったイストとルーゼが肉体の関係を持つのもむべなるかな。

 

「……いや、ニンゲン狩りに行ってからしばらく経つなぁって」


「失礼ね、私と一緒にいながらそんな事考えてたの」


「んだよ、悪いか」


「ええ、悪いわ」


 口を尖らせてそう言い放ったルーゼは、拗ねたようにそっぽを向いた。

 面倒臭い女だ。そう思いつつも、何となく考える未来。

 確かにルーゼの事は好いているが、情熱的かと言われるとそうでもない。互いに暇を持て余し、それ故にこうして身体を重ねている。そんな爛れた逢瀬を繰り返すうちに、何となくこの女と添い遂げる事になるのだろうと考えた。


 やがて自分の父母がしたように、ルーゼは子を身籠り、それなりの時を掛けて育てる事になるのだろう。子供は余り好きじゃないが、自分が育てると思えば、不思議と悪くないような気もする。

 子供が生まれたら先ず何を教えようか。狩人の業か、それとも魔法か。或いはそんなものとは関わらず、この里で静かに暮らさせるべきだろうか。――そうして考えている内にふと我に返る。今こうして自分がいつ来るかも分からない、未来を予想しているのも暇なのが悪い。

 そうするとやはり暇を持て余している現状へと回帰してしまう。またも思考が堂々巡りに陥る。

 

「――ハァ」


 そんな自分を自覚して、イストは溜息を吐いた。

 ふと窓の外を見れば、そろそろ朝といったところだ。天に昇る陽光は、黒きヤテベオに覆われた里にも僅かながら光を届ける。

 

「起きろルーゼ。水浴びして、朝飯だ」

 

 未だ不貞腐れる面倒ながらも愛い女に、イストはそう告げた。




 



「ニンゲン狩り、それも捕獲任務ですか」


 身だしなみを整え、朝食を済ませ、いつものように任務が無いかを戦士長の下に確認しに行ったイストとルーゼ。戦士長から伝えられた新たなる使命

 

「――うむ。例の聖餐を執り行う故、贄を用意する必要がある。これからの狩りは、数人を捕らえてくれ」


 ――終末の獣、かの災厄が目覚めないように執り行う生贄の儀式。外界のニンゲンを捧げ、巫女の祝福を以て獣を鎮め、深い眠りへ誘う儀式だ。 

 それを行うが故のニンゲン狩り――暇を持て余しているイストからすれば渡りに船。無論、重要な儀式である事は忘れていないが、それでも逸る気持ちを抑えきれない。


「是非、俺達にその任務を!」


「ちょっとイスト。……戦士長、私達にお任せいただけるのであれば、全霊を以て尽くします」


 そう言い募る二人を抑えるように、戦士長は首を振った。


「待て。……言っておくが、お前達以外にも、この任務は任せるつもりだ。何故なら、ニンゲンらがいつ訪れるか分からないからだ。今日はお前達の当番だから、一番に伝えているというだけ――今日よりしばらくは、ニンゲンを殺さずに生け捕りにせよ」


 まあ、その熱意は買うが、あまり焦り過ぎるなよ。そう言葉を締めた戦士長。

 戦士長に諭されて、イストは思い出す。確かにニンゲンが今日都合よく訪れるとも限らない。何しろ少し前に入り込んだ愚物を狩り殺したばかりなのだ。それに恐れをなして、ニンゲンの来訪が止むというのも十分あり得る。

 願わくばそのような事が起きず、今日の当番で現れてくれる事を望む。殺す事は出来ないが、多少甚振るくらいなら許されるだろう。――それを想像すると、胸が空く思いだ。

 

「分かりました戦士長。ニンゲンを捕らえてまいります」


「うむ。聖餐は贄が整い次第行う。今回は充分、あの御方が目覚めるまで余裕があるので、そこまで急ぎすぎなくても良いぞ。……まあ、遅すぎるのもダメなのだがな。贄が整わなければ、巫女を捧げる羽目になる」


「勿論、分かっています。必ずやご期待に沿えるよう、全霊を尽くします」


「うむ、では往くがいい」


 戦士長との会話を終えて家の外に出ると、やはり入り口の前でラーマが待っていた。


「イスト、ルーゼ! ニンゲンを捕らえるらしいな!」


「聞いてたのかよ。盗み聞きはちょっとアレだな」


「そうよ。行儀が悪いからやめなさいラーマ」


「そんな事より、ニンゲンを生け捕りにするんだよな!?」


「あ、ああ……」


 目をキラキラとさせ、凄まじい勢いで二人に詰めてくるラーマの迫力に、思わず引いてしまうイスト。


「ならさ、ならさ! 捕まえたニンゲンから、話を聞いたりしてもいいのか!?」


「そ、それは……族長とか戦士長に聞いてみないと分からないぞ」


「なら、聞けるチャンスはゼロじゃないって事だよな!?」


「うーん、そうとも言えるのかしら……」


 困り果てたルーゼが、曖昧な笑みを浮かべながらそういうと、ラーマは更に目を輝かせる。


「うーっしゃ!! イスト、ルーゼ! 早くニンゲンを捕まえてきてくれよ!」


「はぁ? お前の為じゃないんだぞ。聖餐のニエなんだから、その辺ちゃんとわかっとけよ」


「貴方がそれを言うのかしら……さっきまで狩りに行ける事を楽しみにしてたくせに」


 イストがラーマに軽く注意をすると、ルーゼから小言が飛んでくる。ばつが悪くなったイストは、あからさまな咳払いをする。


「兎も角! 今日の狩りに行くから、ラーマ、お前は大人しくしてるんだぞ」


「分かった! 楽しみに待ってる!」


 本当に分かっているのだろうか。

 一抹の不安を抱きながら、二人は準備を整え狩りに向かった。
















――――――――――――

あとがき

PVがとても伸びてきて嬉しいです。フォローも500を超え、星も200へ、いいねも1000の大台に乗りました。更には異世界週間ランキングなんかにも入る事が出来ました。これも拙作を読んで下さる皆様のお陰です。

今後とも本作をよろしくお願いいたします。

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