第47話 一方通行な感情、裏

 いずれにしたって、必要なのは情報だ。

 ダアトと別れた俺は、街の中をブラブラと歩き出す。

 ブリューデ大森林、俺の真の目的地はそこなのだが、今の姿はニンゲン。折角なので、ニンゲンらしいやり方でその魔境とやらに立ち入りたい。

 というか、問題を起こすなと厳に命じられているので、そうせざるを得ない。魔境とはいえ、仮にも傭兵らの飯の種だ。彼らなりの流儀や暗黙のルール、或いは明確な縛りなどもあるやもしれない。そういった事を知らずに勝手に立ち入るというのは、それこそ問題の種だ。

 

「………まあ、まずは飯にするか」


 そういって、俺はポケットに入れた小銭入れを叩く。偽装工作の一環で、俺は今回、お小遣いを持たされている。流石に路銀を持ってないというのは少し不自然なので、支給されている。数日滞在する程度ならば、全く問題ないくらいはあるらしい。外界について詳しい情報部の……誰だっけ。ええと、ああ、シモンさんの言なので信憑性は高い。


「よし、飯だ」


 その地の風土を知るには、やはり食い物から始めるべし。ずっと俺に愚痴を聞かせて来たヘルメスの、数少ない為になる格言。実践すべく、俺はルシャイアの物々しい街を歩き始めた。

 道を往き、きょろきょろと見渡す。武器屋……武器は要らないしなぁ。娼館……情報はありそうだが、俺、「そういうこと」できないしな。無性なので。怪しい路地裏……行く必要なし。少なくとも今の所は。

 つーか飯屋はどこだ。それか宿屋。

 

「あ?」


 ウロウロしていると、傭兵や軍人が入っていく店が立ち並ぶ区域に入った。店に掛かっている看板は宿屋や飯屋、酒場を意味するモノが多い。よし、どうやら目当ての場所に来れたみたいだ。

 俺は適当な酒場に入る。酒場とはいえ、今は昼に近い朝。食事の類も提供している。その辺の屋台で買い食いしても良かったが、折角ならどっか座って飯食いたい。

 

 それは兎も角、中はどこぞの西部劇のような、まあよくありそうな酒場だ。木のテーブルに、椅子代わりの酒樽。落ち着いて暖かな印象を覚えるオレンジのランプ。正面にあるカウンターには店主が立っており、少し賑わう室内を給仕の女性が忙しなく動き回っている。

 一歩踏み入れると、酒精と肉が焼けるような香りがしてくる。食欲をそそる香りだ――俺は食事をしなくても生きていけるので、厳密には食欲は存在しないのだが――まあ、興味はそそられるし、こういう状況では適切な語句の使用だろう。

 

 中で食事やら酒盛りやらをしていた傭兵軍人の荒々しい視線が飛んでくる。こちらを値踏みするような視線だ。先ほどから街中でも掛けられた、お馴染みの色。まあ、毛並みは鮮やかなほど紅いし、ガタイは獣人種の中でもかなりデカいので、目立つと言えば目立つ。好奇の目に晒されるのも止む無しだ。

 気にせず室内を悠々と歩いていると、彼らも興味を失ったのか、食事や歓談に戻る。

 俺は丁度空いていたカウンター席の前に行き、背中の剣を脇に立てかけて座る。


「注文は?」


 カウンターに立ち、酒瓶を背後の棚に並べていた店主が億劫そうに振り返り、ぶっきらぼうに聞いてくる。

 あまり褒められた態度じゃないな。小うるさいヤツが相手なら文句が飛びそうだ。まあ、俺はそういうの余り気にしないけど。自分の仕事を最低限してくれるなら何の文句も無い。


「勝手が分からないから、適当に、腹を満たせるものを」


「あいよ」


 さっきの店主と同じくらいぶっきらぼうな俺の注文に、彼は嫌な顔をせず、流すように頷く。

 何が出てくるか分からないが、それ故にその地の傾向も測りやすい。

 俺はカウンターで頬杖をついて、あてどなく視線を彷徨わせて時間を潰す。酒瓶の数を数えてみたり、億劫になってすぐやめたり。

 そんな事をしていると、俺の背後に何者かの気配を感じる。振り向くと、そこには男がいた。

 短髪の赤毛に、無精ひげ。纏うのは動きやすそうな鎧に外套。腰には剣を差している。正しく、傭兵であった。


「よお、狼の兄さん。隣良いか?」


 伝法な口調で、予想通り荒い声音で男は俺にそう尋ねる。

 僅かに考え――まあ、断る理由も無いので頷く。


「ありがとな、へへ」


 男は信用ならぬ、胡散臭い気安い笑みを浮かべて俺の隣に座る。

 僅かに香る血の匂い――この街じゃ嗅ぎ慣れた、傭兵らの暴力的な雰囲気だ。

 

「アンタ、ここらじゃあ見ないカオだな。新参かい?」


 男はヘラヘラとした笑顔を浮かべ、友人のように振舞い肩を抱いてくる。すごく鬱陶しいので、俺はそんな男の手を退ける。


「……そうだが、何だ?」


「おっと、気を悪くしたらすまんな。俺はバルドーってんだ。見ての通り、ここらで傭兵をして稼がせてもらってる」


「そうか」


 俺が素っ気無い返事を返すと、バルドーなる男は、困ったように眉をひそめる。


「初対面って事で緊張でもしてんのかい? 名前くらい、教えてくれてもいいだろ?」


 どうやら名前を聞きたかったらしい。初対面でいきなりズカズカと入り込んでくる輩は初めてなので、気づかなかった。

 悪かったなコミュ障で。


「ヴェドだ」


 俺は用意していた偽名を使う。俺が名を名乗ると、バルドーは再び気安い笑みを浮かべた。


「なるほどヴェドね。よろしく」


 挨拶と共に、差し出された手。握手を求めているのだろうか。いや、それ以外ないよな……?

 コミュニケーション能力が欲しい、切実に。自分を偽り、身分を隠し、正体を隠匿する必要があるとなれば、猶更だ。

 

「……ああ、よろしく」


 胡散臭ささを感じつつも、俺はバルドーなる傭兵の手を取った。


「流れか? ここは稼げるってウワサだもんな」


「まあ、そんな所だ」


「聖国との戦争もあるしなあ。オレら傭兵には、書き入れ時ってヤツだよな。ヴェド、アンタは一人でここまで来たのか? つるんでるヤツとかはいないのか?」


 握手をして、互いに名を名乗った途端、立て板に水とばかりに質問やら話やらを振ってくるバルドー。よくもまあ、こんだけペラが回ると感心するよ。


「いや、道中護衛の依頼を受けて、ここで別れた。帝国本土への用事があったらしい」


「へえ、そうなのか。依頼主ってのはどんな感じだったんだ? 差し支えなければ、教えて貰いたいもんだね」


「…………魔導師らしい」


 帝国への特使と素直に言っていいか迷った俺は、適当に考えた事を喋ると、バルドーは嫌そうに顔を顰める。


「魔導師サマかぁ。けっ、ご自慢の魔法じゃあ、身の一つも守れないってか」


「……魔導師は嫌いか?」


「まぁな。あのウラナリ共、プライドは高いし、すぐに人を見下すし、その癖コッチをアゴで使うような輩だ。あーあ、クソ」


 どうやらバルドーは魔導師への不満が溜まっているようだ。魔法はハイソの特権らしいし、そういう教育の機会に恵まれなかった傭兵という職業から見れば、嫌な点が散見しているのだろう。或いは、劣等感の裏返しか。


「そうか」


「アンタは、魔導師に嫌な思いした事ないのか?」


「そういう手合いは、意識するだけ無駄だと思っている」


「はは、なるほど確かに。さっぱりしてて実にいいねぇ」


 俺の答えが気に入ったのか、快活な笑い声を上げるバルドー。

 正直鬱陶しいヤツだが、折角向こうから来てくれた情報源だ。無下にするワケにもいかない。

 そんな考えの元、適当にバルドーに付き合っていると、店主が食事を持ってきた。


「あいよ、お待たせ」


 店主が用意してくれた食事は、ふかした芋がいくつかと、豆――レンズ豆か何かか?――とベーコン、クズ野菜のスープ、腸詰を焼いた物、後は温そうなエールだろうか。

 まあ、こんな辺境にしては上等な食事だろう。身も蓋もない感想だが、素直な考えなので仕方ない。

 

「お、美味そうだな。おい親父さん、オレにも同じものを。そうだ、先にエールだけくれ」


「あいよ」


 食欲を刺激されたのか、バルドーも俺と同じものを注文する。何故か俺の方を見てニカっと微笑んでくるが、無視して食事を行う。

 芋は……まあ、芋だな。口がパサつく。それを洗い流すようにスープを木のスプーンで掬い、一口。……塩気が強いな。肉体労働の後なら丁度いいかもしれない――なるほど、だからか。傭兵が多い街故、ということだな。まあ、悪くはない。

 腸詰め――こちらはそこまで塩気が強くない。脂気があるので、芋と一緒に食うと丁度いい。

 この取り合わせ、ドイツっぽさを想像するな。でも中世に芋ってあったっけ……? まあ、前世の考えを当てはめても仕方ないか。

 

「……結構、キレイに食うんだな、アンタ」


 下らんことを考えながら食事をしていると、その様子を――失礼にも――見ていたバルドーが、何故かそんな事を言ってくる。

 

「そうか?」


「おう。まあ、何ていうか、獣人で、傭兵だからさ、イメージが先行してた……のかもな」


「そうか」


「興味なさそうだな」


「まあ、自分の喰い方なんて気にした事ないしな」


「それもそうか、ははは」


 上機嫌に笑うバルドーは、給仕されたエールを一気に飲み、そして乾す。


「くはぁー。なあ、ヴェド。アンタはここでどう稼ぐつもりだ?」


「どう、とは?」


 質問の意図がつかめず、俺はあまり美味くないエールを我慢するように飲み干してから問い返す。


「ほら、例えば、この街から余所へ向かうヤツらの護衛とか。後は、溢れた魔物狩りだとか。何をするつもりなのかって、思ったのさ」


「……個人的には、大森林が気になるな」


「やめとけよ」


 俺の秘めたる目的、大森林内の怪物の討伐――それを悟られぬように、あくまで興味本位を装い回答するが、すぐさま制止される。


「何故だ?」


「あの中は魔境だよ。溢れてくる魔物は基本、大森林からあぶれた連中……つまり、中にはもっとエグいのがいる。しかも視界だの環境だのも最悪だし、おまけにダークエルフまでいやがる」


「ダークエルフ?」


 俺の鸚鵡返しに、バルドーは苦い顔をしながら、嫌なモノを飲み込むようにお代わりのエールを乾した。


「……ああ。アイツら、魔人族さ。森の守護者を名乗る連中で、入り込んでくるヤツは残虐に殺してくるらしい。警告を無視して入り込めば、だがな。すぐに引き返せば見逃してくれるとか」


 ふーん、魔人族ねえ。

 セフィロトでも魔人族はよく見たが、ダークエルフとはな。そういえばいないな、セフィロトにダークエルフ。

 ダークエルフってアレだよな。ファンタジーモノじゃあお馴染みの種族。アレが森の守護者……。

 

「そう言う事で、ヤバイのさ。まあ、アンタが如何にもやり手の傭兵だってのは、見れば分かるが、それでも止めといたほうがいいぜ。森の中じゃ、その得物も振り辛いだろう?」


「……そう、かもな」


「おう、そういうことだ」


 そんな風に話している内に、俺は食事を終えた。見ればバルドーも平らげている。


「なあ、これから暇か? 折角なら、オレがルシャイアを案内してやるぜ?」


 親切めかした声音で俺にそう提案してくるバルドー。別にそれはいいのだが、コイツ何から何まで胡散臭いんだよな。

 ……俺は僅かに考え、そして承諾する事にした。怪しいものの、情報は得られそうだし。


「そうだな。まあ、折角の誘いだし、有難く案内してもらうことにするかな」


「お、そう来なくちゃな! そうと決まれば、行こうぜ!」


 やけに嬉しそうなバルドーに倦厭しながらも、俺は代金を置いて立ち上がった。

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