第46話 硝煙の辺境都市

 ハローハロー、合成魔獣キマイラです。

 突然ですが、俺は今西方北部の街に来ております。

 グランバルト帝国、ライン州という地域です。何でも、大昔の帝国の流れを汲んだ国であり、州というのは属州で、昔は国だったらしいです。

 

 ……まあ、それは兎も角。

 真面目な話をすると、やはり因子関連で訪れている。

 ライン州というのは、大昔から魔物の勢力が強く、特に魔境、ブリューデ大森林の近くにある街――辺境都市ルシャイアは、大森林より溢れる魔物との戦いの最前線であり、日々戦に絶えぬ領域である。

 そのせいか、この辺りでは「傭兵家業」が盛んだ。


 傭兵とは、まあ、読んで字の如く雇われの兵であり、戦争においての臨時戦力や、旅の間の護衛だったり、こういった都市での戦力として当て込まれる連中――つまりまあ、PMCみたいなモンである。

 荒くれた者が多く、おまけに教養も品性も無いニンゲンが多い職種なので、余り歓迎はされないらしいが、それでも魔物がいる世界、国に頼らない武装勢力も必要とされる。

 必要悪ってヤツだ。……うん? ちょっと使い方違うか? まあいいか。


「砂塵、埃、血の気配に硝煙の香り……なるほど確かに、ここは戦場だな」


 風に乗る数多の気配に吹かれ、俺の紅い・・タテガミが舞い上がる。

 そう、いつだかやったように、俺は自らに極限まで擬態と封印を施し、ニンゲン――獣人種に化けているのだ。

 因子探索に必要故の行動だが、他にも事情があって今俺は、傭兵風の装いをしている。


 獣人種の傭兵のトレンド的な恰好だ。

 金属製の防具は最小限で、致命傷の危険がある胸部、そして腱を切られたら不味いので小手もつける。後は丈夫なズボンに、野外戦闘でも移動を妨げない足甲。後は旅塵や返り血除けの外套。

 へそ出しなファッションなので、防御力はどうなんだと聞きたいが、大抵獣人種は毛皮が丈夫だし、筋肉量もかなりあるので問題無い。最悪、隠す所だけ隠してれば、最低限の防御力は保障される便利なヤツらなのだ。

 まあ、俺の普段着である魔装も、へそ出してるし今更か。

 別に恥ずかしくないもん。見苦しくないようにかなり鍛え――もとい、そのように設計されているので。

 

 ちなみに、武器は何でもいいが、獣人種故の膂力を発揮できる物が好まれる。要はデカい武器だ。俺も背中に、どこぞの狂戦士が担いでいる竜狩りの大剣めいた剣を差している。

 使えないけどね。俺、剣振ったことないし。


「その膂力で振るえば、大抵の火の粉は弾けるでしょう。故に、技術の有無は然程問題にならないかと愚考します」


 俺の横で、ふとそのような声を上げたのは少女――エキゾチックな黒髪をポニーテールにした、神秘的な美少女、ダアトだった。

 ……そう、俺が態々手の込んだ偽装を施しているのも、彼女のせい――いやお陰? なのだ。

 何故クリフォト委員会委員長の、そしてタウミエルの長の下僕である彼女と行動する事になったのか、説明するには暫し時を遡る必要があろう。








「――次の因子が決定した」


 いつものように、バカ錬金術師とハラペコ双子蛇の為に朝食を用意していると、イルシアはそんな事を言い放った。


「ようやくか。で、今度は何を仕留めればいいんだ?」


「戦イ? 戦イ?」


「ヨッシャ! マタブチ殺セルンダナ!」


 俺達キマイラ三人組(?)は、イルシアが発した探索の許可に声を上げる。勿論、喜びの声だ。自らがより強くなるチャンスは、誰だって嬉しいものだろう。

 正直自分じゃこれ以上どう強くなるのかのビジョンが見えないので、やはりそこは、設計担当であるイルシアが担うのが筋だろう。

 そんな事を俺が考えているかを知ってか知らずか、イルシアは上機嫌に食後の紅茶を啜ってから話を続ける。

 

「目的地はガイア大陸西方北部、ブリューデ大森林。アルデバランの深森と同じく、それなりの魔物が住まう場所だ」


「ふーん、察するに、そこに封じられてる魔物が~とか、そういうヤツか?」


 俺はイルシアに適当な声音で、それ以上に適当に考えた中身のない当て推量を披露して見せた。

 

「おや、よくわかったね。そうだよ」


 意外にも、それは正解だったらしく、イルシアは正答の丸を付けた。

 へえ、ホントにそういうヤツなのか。意外……でもないか。アルデバランも封印されてたし、話を聞いた限りじゃ、ミダース先輩も、ニンゲンに囚われてたらしいしな。この世界の人類はどうやら、自分が及びつかない問題をどうにか遠ざけようとする傾向がある。まあ、この例で行くと、アルデバランの一例は当てはまらんか。


「亜空間すら恣にする理外の怪物――アイン曰く、旧世界の遺物らしいが――兎も角、その怪物を仕留め、帰還してきてもらう」


 イルシアの説明は何とも壮大で理解を得にくいものだったが、いつもそんなんなので、余り気にしないよう努める。

 

「亜空間、ねぇ。なんか凄そうだな。それ以上に面倒そうである。旧世界の遺物ってのはどういう意味だ?」


「さあ? 詳しくは知らないけど、千年以上昔、神聖グランルシア大帝国が興る原因となった、『人魔大戦』時代の怪物らしいよ。流石に私も、そこまで昔の事になると情報が無いから、何とも言えないのだけれどね」


「人魔大戦……」


「大昔の出来事さ。何でも、人類と魔物が明確に二分して、互いを徹底的に叩き、殺し合った最初の戦争らしいが……私は歴史学者じゃないからね」


 それ以上はよく分からないよ。そういってイルシアは興味なさげに茶の残りを啜った。

 ふーん、人魔大戦ね。何だか歴史の授業を受けてる気になって、倦厭してきたな。よし、余り深く考えないようにしよう。俺は余り頭がいい方じゃないからな。命令を聞いて、適当にニンゲンとか怪物とかを虐殺するくらい、指示待ち人間――もといキマイラの方が気楽だし。

 

「んで、どうするんだ? もう出発するのか?」


「出発シヨウゼ! オイラ、モウ待チキレナイゾ!」


「耐エガタイ! 耐エガタイ!」


 キマイラにせかされるイルシアは、それでも待ったをかける。


「待ちたまえ。今回は君一人で行くワケではない。丁度帝国への用事があるダアトと共に、偽装を施した上で行って貰う」


 予想外の言葉に、俺は僅かに目を開く。


「と、いうと?」


「クリフォト委員会の仕事というか、アインの策の一環というか、兎も角その用事で、帝国本土にダアトが、セフィロトからの特使として赴くのだ」


「……セフィロトって、政治とは関わらないんじゃないのか?」


「まあね。でも今回は別さ。何でも、聖国と帝国の講和会議を行うらしいよ。その舞台として、完全中立のセフィロトに白羽の矢が立った――というのが表向きの理由さ」


 講和会議――帝国と聖国が小競り合いめいた戦争をしているのは知っているが、それを終結させる気があったとは驚きだ。しかしそれが表向きの理由とは……きな臭いな。


「まあ、君も疑問に思っているだろう。簡潔に伝えるならば、世界に戦乱と混沌を撒き散らせる戦争の機会を、むざむざと摘ませる気はない……とだけ言っておこうかね」


「なるほど、ニンゲン同士で勝手に殺し合ってくれるなら御の字、てか。態々働かなくて済むワケだし」


「まあ、その殺し合いを作るために、裏に裏にとセフィロトが頑張っているワケだが……おっと、話が逸れたね。そういうワケだから、君には傭兵風の擬態をしてもらって、ダアトの護衛という名目で帯同してくれ。目的地の辺境都市ルシャイアに着き次第、解散という事で構わないから」


 そんな通学路を一緒にする知り合いみたいなノリで大丈夫なのだろうか。

 俺の不安を余所に、蛇達は別の懸念のせいでうるさくしていた。


「エェー!? マタオイラ達ハルベドノ中デ留守番カヨ!」


「キュークツ、嫌イ! キュークツ、嫌イ!」


 当然ながら、蛇達は不満を露わにする。まあ当たり前か。俺の中に無理矢理すっこむワケだし、気分のいいものじゃないだろう。俺だってそうだ。魔性を抑え込んだり、変異を引っ込めたりするのには精神力使うし、実はとんでもなく弱体化している。元は獣人種ベースなので、ニンゲンっぽくするのは出来るが、相応の弱体化が発生する。なので嫌いなのだが、命令とあらば仕方ない。

 

「文句言うなよ、オル、トロス。しょうがないだろ」


「デモ、デモ~」


「オイラ達モ、新シイ場所ヲ楽シミタイゾ!」


「言う事聞いたら、カフェ・カローラのケーキ一杯食べさせてやるぞ」


「「ホント!?」」


 行きつけのカフェのケーキを喰わせてやると言った途端この調子だ。何て現金なヤツらだ。

 まあいい。これくらい分かりやすいと、こちらとしても助かるし。主に操りやすさという点で。


「ああ。ホントだぞ」


「ワーイ! ゲンチッテヤツヲ、トッタンダカラナ!」


「ホゴニシタラ許サナイヨ! 許サナイヨ!」


 どうにか納得させた俺は、僅かな気疲れを感じつつイルシアに向き直る。


「あー、全く……んで、どうするんだ?」


「明日にでも出発してもらう。その間に準備を済ませないとね。そうそう、大森林に入るまでは問題を起こさないように。特に、魔性を解放するような事は厳に慎む事だ。計画に支障が出かねないから」


「――どうしてそういう重要な事を最後に言うんだ」





 

 ――回想を終え、今に至る。

 命令通り、ダアトと共にセフィロトから出立し、魔導列車で西方――ウェスト・シティへ向かい、そこから転移魔法なども併用して移動する。――普通に移動してたら、大陸のかなり端の方にある目的地に辿り着くのに、普通に数年単位で時間が掛かってしまう。

 普通の奴らは転移魔法なぞ使わず、時間を割いて移動しているのだろうが、それはそれ。

 だが、国境など重要な場所は、当然ちゃんと通る。特使として赴く以上、各地との折衝も行うので、当然の処置だ。


 面倒だが、俺は何もしていないのでまだマシだ。外でブラついているだけで、後は勝手にダアトが終わらせる。特使が一人で赴くのはどうなんだ、と思わなくもないが、まあ、その辺は俺が口出すような事じゃないので胸に秘めて置く。

 何だかんだやっている内に、数週間という驚くべき速さで俺達は、辺境都市ルシャイアに辿り着き――今に至る。


「――まあ、その時はその時だ。どうにかなるだろう」


 剣を使える使えないの問答に、適当に返事を返した俺は、改めて周囲を見渡す。

 頑丈かつ堅牢な城壁は、対人間用ではない――明らかに、魔物の襲撃を想定され建築されている。

 内部の街は質実剛健といった様子だ。住宅の類も頑丈に造られている。傭兵や兵士向けの店――酒場や食堂、娼館や武具屋などもある。

 住民というより、道行くニンゲンは傭兵や軍人などの物々しい奴らが多い。両者を比べると――やはり、武装の違いが大きい。

 

 傭兵はどこか前時代的な――つまり、ファンタジーチックな様相の奴らが多い。鎧とか、剣とか、そういう装備だ。

 大して兵士はまるで違う。どこぞの帝国を思わせる軍服に、携えた銃――長い銃身を持つ、つまりライフルだ――からして、そもそも違う。

 そう、銃。帝国には発達した魔導技術があり、その産物らしい。


「銃か。役に立つのかああいうの」


「ルシャイアでは、魔物の被害が多いので、軍人の装備も対魔物を想定しているそうです。発射する弾丸に術式を付与し、着弾後炸裂するような、強力なモノを用いているとか」


「へえ、強そうだな」


「その分、軍外部への流出に関してはかなり厳しいようですね。当然と言えば当然ですが。故に、一般人である傭兵らは、どうにか手に入る程度の装備しかないという事です」


 そういうワケだ。傭兵とかいうアホみたいな職業をやるような輩には、銃なんて危険なモンは渡せない。人間に使う用の威力しかないモノならば手に入らないことも無いだろうが、対魔物用の武装など以ての外。魔導具にしたって同じ事だ。

 更に言うならば、魔導師も傭兵という職業にはあまり存在しない。魔導科学があるにせよ、ここは一応剣と魔法のファンタジー世界。ニンゲンの主な武装な剣と魔法。しかも魔法はかなり強大な異能だ。そんな強い武器、当然ながら制限されている。


 魔法を覚えるのにはそれなりの教育機関に行く必要があるし、当然ながら誰でも入れるワケはない。傭兵はファンタジーモノでいう所の「冒険者」に位置する職業だが、現実は無常。高い金を払い、それなりの努力をして得た魔法という長所を、社会の最底辺に等しい職業で無意味に散らす愚物はそう多くない。第三位階の低位魔法だろうが、覚えれば軍人という、もう少し真っ当で給金や社会保障もマシな職業への道が開けるのだ。

 つまるところ、傭兵は酷い職業なのだ。魔法を覚えてまでそこに堕ちるような輩は、生来よりの戦狂いか別の意味でおかしいモノ、という事なのだ。

 

 尚、ファンタジーモノで有りがちな冒険者ギルドとかいう都合の良い組織は存在しない。というか国家が許さないだろう。冒険者は自由などと嘯き、国家に従属しない戦力を保有する組織など、計画の段階で反逆罪を掛けられても可笑しくない。


 まあ、それは兎も角、ここライン州はどうも帝国本土に恵まれて無いらしく、軍備に不備があるようだ。だからこそ、魔物との戦争が激化しているルシャイアでは、傭兵の受け入れなんかを積極的に行っているのだろう。民間に頼らないといけないって、相当不味いのでは?


「……ま、いっか。俺達が気にするような事じゃないしな」


「ええ、全くもってその通りかと。では、アルス――おっと、ヴェド様、でしたね。私はここで失礼します」


 ダアトはそういって、俺に深く一礼をする。


「ああ、それじゃあ。互いに、無事に仕事を済ませられることを祈ってるよ」


「はい、同じく頭に主人を頂く者同士、頑張りましょう」


 主人がいる者同士故だろうか、どこか通じ合っている錯覚を得た俺達は挨拶を交して解散する。ダアトは当初の予定通り、帝国首都へ向かったのだろう。


「さて……どうするか」


 周囲を見渡し、俺はそう呟く。

 ……何事も情報収集からか。うむ、そうしよう。でもどこから手を付けるか。俺は少しの間、ゆったりと迷うことにした。

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