第36話 出立する勇者達

「先日、秘蹟機関第十三席次に配属になりました、アイリス・エウォル・アーレントです! 誠心誠意頑張るのでよろしくお願いいたします!!」


 元気一杯に挨拶をするのは、茶髪をポニーテールで纏めた、純真そうな少女。先日配属になったばかりの、アイリスであった。

 

「………秘蹟機関第十四席次、マルス・デクィ・イドグレスだ。何故俺がお前の指揮下に……」


 不機嫌そうに呟くのは、刈り上げた髪と顔に入った傷がイカツく見せる男、マルスである。


「秘蹟機関、第十席次――カーライン・シェジャ・アーチボルト。本作戦の指揮を執る。よろしく頼む」


 そして最後に、カーラインが軽く自己紹介をする。

 フレンから任務の説明を受けた翌日、封印術更新の聖務を行う為、機関本部でメンバーと面会していた。

 

「既に任務の概要は把握しているとは思うが、もう一度説明しよう。今回が初任務の者もいるようだしな」


 目をキラキラとさせながらも、少し緊張した様子のアイリスに目配せをしつつ、カーラインは任務の内容を説明する。


「錬金術師、パラケルススの作品たる錬成竜アルケム・ワイバーンを封じる封印魔法、〈積重結界フィールド・シールズ〉の更新を行う。発動は私が行うので、諸君らは補助を頼む」


「はいっ! センパイ!」


 アイリスの過剰なまでの元気な返事に、カーラインは思わず面食らう。


「せ、センパイ……?」


「はいッ! だってセンパイですから!」


 アイリスはカーラインにぐっと近づき、手を取ってくる。


「カーラインセンパイはワタシの憧れだったんです! いつもキリっとしていてカッコよくて、しかもすごく強くて――だから、一緒の任務に就けるのは光栄です!!」


 あまりの熱量に、思わず顔が引き攣ってしまうカーライン。アイリスに悪意はないので、やめてくれとも言いづらい。

 

「そ、そうか。期待に沿えるかは微妙だが、良き先達となれるよう努力しよう」


「こちらこそ、背中を追いかけさせて頂きます!」


 そんなやり取りを見て、面白くなさそうにしているのはマルスだ。彼はカーラインの事が嫌いなようなので、微妙な心境なのだろう。

 

(……イドグレスが私を嫌うの無理もない。相応の失敗をしたのだから)


 思い返す、一年前の失態。

 確かに、荷が重い相手ではあったが、故にこそ、パラケルススを致命傷まで追い込めたのは僥倖だった。

 自分の弟を切り捨ててまで成就させたトラップだったのだ、寧ろ追い込めて当たり前だったのかもしれない。

 だから悔やまれる。殺しきれなかったのが、死ぬほど悔やまれる。

 第一席次も、フレンも非はないと言ってくれたが――絶対に、もっとやりようはあったハズだ。

 そしてもしも、その「やりよう」を成功させていれば、アデルニア王国の民は死なずに済んだハズだ。

 

「……」


 どうにか追いやったハズの自責が、再び奥底より顔を出す。

 万余の命を自らの失敗で失ったのだ。その重圧が、余りにも重く圧し掛かっていた。

 これから任務だというのに、精神が重く歪んでいく。

 悪影響が出かねないからこそ、どうにか忘れようとしていたのに――


(私は……)


 カーラインが思い悩んでいると、


「マルスセンパイも、よろしくお願いいたします!!」


 カーラインを睨んでいたマルスに向かって、アイリスが凄まじい勢いでお辞儀をする。


「お、おう……」


 あまりの勢いに、マルスは思わず身を引く。


「数々の任務を堅実にこなしている様子は是非とも見習いたいと思っていた次第です!! どうかご教授のほど、よろしくお願いします!」


 凄まじい剣幕で言い立てるアイリスを前に、マルスは無言でコクコクと頷くしかないようだった。

 

「あー、まあ、そこまで言うのであれば……」


 そう言い淀むマルスは、指で頬を掻く。

 アイリスには悪意がないので、堅物なマルスを以てしても無碍には出来ないのであろう。

 無邪気なアイリスを見ていると、少しだけ気が和らいだ。


「……さて、任務へ赴こうか」


 苦笑を浮かべたカーラインは、一行を率いて往くことにした。




 

 目的地、ガイア大陸東方北部。

 インサニティル山脈――アルデバランの深森と同じような、魔境に類される領域――に近い、ドグレン旧鉱山都市廃墟。

 かつては鉱山都市として、多種豊富な鉱石を産出していた街だが、錬成竜の襲撃を受けて一日で沈んだ亡都である。

 百二十年前、当時の機関員が戦闘し、封印に成功。そのまま都市の廃墟は、作品を封じる遺跡となった。

 上質な魔鉱石――魔力によって、性質が変化した鉱石。魔導具やアーティファクトの製造に用いる――が産出していたことから、霊脈――大地を流れる魔力の道。星の血管とも言われる――の上に存在している都市であった。

 封印魔法はその「霊脈」を利用して強化している。尋常な封印魔法など、すぐに破られてしまうので、様々な方法で強化しているのだ。

 

 目的地であるドグレン旧鉱山都市廃墟までは、馬車を用いて移動する。

 首都ヴァナヘイムからドグレンまでは、街道沿いに移動し、数日から数週間を掛ける必要がある。

 転移魔法を用いてもいいが、魔物の駆除やアイリスに経験を積ませる目的もあるので、尋常に移動する。

 

「これで行くんですね! スゴイ、こんな上等な馬車乗ったことないです!」


 旅用に調整された馬車――四輪の箱馬車であり、外装は出来るだけ黒く、丈夫に、目立たないように造られた立派なモノだ。引き手である馬も、専用の軍馬であり、持久力に優れている。

 必要な荷物は、時空魔法の付与されたアーティファクトを用い、異空間に放り込んでいる。手ぶらで移動可能というワケだ。

 

「そうだろうか? これぐらいならば、割とよく使うと思うのだが……」


 上流階級の出身であるカーラインは、普段から馴染みがある程度のシロモノだ。


「えぇ……ワタシが住んでいた所じゃ、こんなの乗れないですって」


「……まあ、その辺はおいおい聞こう。乗ってから、だな」


 そういったカーラインは、御者である男――黒使いと呼ばれ、誓約魔法などで守秘を確約した、秘蹟機関など秘密を守らねばならないモノの補助を行う者達――に目配せをする。

 男は深々と一礼し、御者台に行く。


「さあ、我々も乗ろう」


 カーラインの言葉に従い、マルスとアイリスは馬車の中へ入っていく。カーラインもそれに続いた。

 中は広く造られ、長時間座っても苦痛がないように配慮されている。

 カーラインはアイリスの隣に座り、対面にマルスが腰を下ろす。一行が着席したのを見計らってか、馬車は静かに動き始めた。

 

「スゴーイ! 馬車なのに、こんな静かなんて! しかも揺れないですよ。これならお尻が痛くないですね!」


「貴様が静かにしろ、第十三席次。それに、仮にも淑女だろう、もう少し言葉遣いに気を払え」


 はしゃぐアイリスを鬱陶しそうに窘めるマルス。だが当のアイリスは一切堪えた様子もなく、楽し気に内装や、窓から見える景色を見ていた。


「だってだって! ワタシ馬車で本格的に旅するのって初めてなんですもん! 乗ったのだって、ヴァナヘイム行きの駅馬車だけで、田舎から出てくる時に乗った一回だけですもん! しょうがないじゃないですか!」


 忙しない様子のアイリスは、マルスの言葉に高いテンションで反論する。広めとはいえ、車内でここまで騒がれると堪える。

 カーラインが胸中で考えた事を同じなのか、マルスも引き攣った顔を見せる。


「す、少し落ち着けアーレント。まだ旅は長いのだ。それに、そう浮かれてもいられんだろう。これは聖務、万が一の失敗すら許されないのだ」


 高いテンションのアイリスを窘める為、カーラインは優しい口調で諭す。


「うっ……す、すいません」


 流石に不味いと感じたのか、アイリスは僅かに落ち込んで静かになる。

 その様子を見ていたマルスが、鼻白んだように嘲笑う。


「失敗か」


 僅かに言葉を置いて、続きの矢を放った。


「貴様の口から、そのような言葉が出るとはな」


 皮肉るような口調と共に、不快気な声音で放たれた痛烈な言の葉。

 その矢に撃たれたカーラインは、抑え込んでいた自責によって目を見開いてしまう。


「わ、私は……」


 確かに、そうだ。

 取り返しのつかない失態を演じて置いて、どの口で嘯いているのだ。

 良き先達になるよう努力する? 馬鹿馬鹿しい、たった一人の弟すら見捨てるような冷血の分際で――


「失敗って……もしかして、その……」


 一連のやり取りを見ていたアイリスが、聞きづらそうにしているのを見て、カーラインは現実に引き戻される。


「……そうだ。諸君らにも、語っておこう。あの日体験した、悍ましき出来事。人類の敵対者にして、天に唾する怪物――ルベド・アルス=マグナ。その恐ろしき力の一端を」


 ――いつか必ず、我々はアレと戦わねばならないのだ。

 確かな実感を以って語られるカーラインの言の葉を前に、アイリスも、そしてマルスですら唾を飲み込んで聞き入ってしまう。

 旅路の間に物語るには、余りにも重く暗い絶望であるが、なればこそ向き合わねばならない。

 我ら勇者こそ、その絶望と戦う戦士たるのだから。

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