第20話 呼び声、破滅への秒読み
「うわあ、すっごいー!」
マーレスダ王国首都の活気ある大通りに出て、レイアーヌはキラキラと顔を輝かせる。
海鮮を用いた料理の屋台が並び、甘味を売る出店もいつも以上に多い。この辺りでは少し貴重な牛肉、豚肉なんかの料理も食べられるようだ。
それだけではない、簡単な魔法を使った催し物や簡単な劇を披露していたりもする。
まさに、お祭り騒ぎというヤツだ。
「ねえねえクロム、アレ食べたい!」
レイアーヌが指差したのは氷菓と呼ばれるアズガルド発の甘味だ。果物の汁や動物の乳などに砂糖を混ぜたりなんなりしたモノを、凍らせて食すのだとか。
アズガルドは季節が極端で、冬は厳冬と呼ばれるほど寒い。飲み物の類はすぐに凍ってしまうらしい。そういった所から偶然生まれた食べ物だという。
しかしここは南方。比較的温暖な気候で、今の季節も寒くない。食べ物を凍らせるには工夫がいる。
「へえ……錬金術で凍らせてるのか」
どうやら錬金術で造った霊薬を用いて冷やしているらしい。元々は魔物を倒すために造られた「凍結の霊薬」なる品だが、それを希釈したモノで金属板を冷やし、その上で材料を凍らせて作るようだ。
「すごいな、そういうのもあるんだ」
中々面白い光景だ。冷えた鉄板の上で凍っていく液体。ある程度固まると、店主はそれを掬って容器に入れる。
錬金術というと難いイメージや悪いイメージ――主に世紀の大悪党、パラケルススのせい――があったのだが、案外身近な所でも生かされているのだな――と、クロムは感じた。
「すいません、ええっと……じゃあこの林檎の氷菓を一つ」
「あいよ」
クロムは代金を払い、小さな木のカップに入った果物の氷菓を受け取る。
「ほら、これが欲しかったんだろ?」
クロムの隣でウキウキとして待っていたレイアーヌに、出来立ての氷菓を渡す。
「やった! ありがと!」
目を輝かせるレイアーヌは、早速とばかりに木の板のようなスプーンで掬って食べる。
「すご、ホントに冷たいんだね。美味しい!」
氷菓は初めてなのだろう、新しい食感に驚愕しているレイアーヌ。
暫くそうしてレイアーヌが食べているのを眺めていると、周囲に人だかりが出来始めているのに気が付いた。
最初は遠巻きにざわざわと。だがすぐにそれは大きくなり、レイアーヌの周りに人が集まる。
「あの、歌姫様ですよね!」
「お美しい……」
「今日の慰海の歌、楽しみにしてます!」
人だかりの声に呼ばれるように、レイアーヌに気が付いたモノが更に集まる。
ここ数年歌姫を務めているレイアーヌ。言わば彼女はこの祭りの主役、アイドルみたいなものだ。
だから人気者だし、そのせいで群集にもみくちゃにされる。
「わー、ちょっと押さないで下さい!」
クロムも必死で押し返す。健気な見習い騎士の健闘もあって、どうにか見物人の群は落ち着くが……
「あれ……レイア?」
気が付いた時には、守るべき歌姫は消えていた。
◇◇◇
「ふふ、偶然だけど抜け出せてよかった」
路地を通り、見物人の集団と騎士の幼馴染を振り切ったレイアーヌは、用意していた地味なローブを羽織り、深くフードを被って微笑んだ。
肩の凝るような式典。堅苦しい演説の練習。それから解放され、歌姫としてではなく、純粋な少女として祭りを楽しみたかったレイアーヌ。
「ちょっとくらい、いいよね?」
後でこっぴどく怒られるかもしれない……説教をするクロムを想像すると背筋が震える思いだが、今は忘れて楽しもう。
一時の解放を求めて、こんなことをしたのだから。
「さて、何からしようかな」
劇を見るのもいいし、思う存分食べ歩くのもいい。目移りしそうな慰海祭の様相に目を奪われていた時である。
「いたっ!」
レイアーヌは通行人とぶつかってしまい、突き飛ばされる。
レイアーヌは尻餅をついてしまい、鈍い痛みに喘ぐが、フードがズレている事に気が付いてすぐに立ち上がり直す。
「すいません……大丈夫ですか?」
レイアーヌは謝罪してぶつかった人影を見上げる。
「わっ! 背高い……あ、すいません」
思わず口に出てしまうほど、背が高いヒトだった。
その者は獣人種だ。狼の獣人で、鮮血のような「紅い」毛並みとタテガミを備えている。体格に優れる獣人の中でも、その男は抜きんでていた。筋骨隆々で精緻な肉体で、戦いに携わる職についているのだろうと想像できる。
だがその割には、纏っているのは涼し気な毛皮のベストとズボンにブーツ、旅装故かクロークも羽織っている。
凛々しい狼の諸相に浮かぶ瞳は不吉かつ美しい赤。鋭い視線をレイアーヌに向けていた。
「……いや、問題無い」
狼の獣人は普通の青年のような声で答えた。
そのまま邂逅を終えようとした時、人混みの向こうから声が響く。
「レイアー! レイアー! どこにいるんだ!」
「出てきなさい! 今ならまだ、あんま怒られずに済むわよ!」
「やばっ……」
追手の世話焼きな騎士達の声がして、思わずレイアーヌは呻く。反射的に狼の獣人の背に隠れてしまう。
「……おい、何のつもりだ」
「あ、あの、ちょっとでいいので、このままにしてもらえると嬉しいです……」
ふわふわの尻尾に紛れて、レイアーヌは見つからないように目を閉じ強く祈る。
「はあ、はあ、クソ……どこにいったんだ」
「こっちにはいなかったよクロム。あっちを探してみよう」
恐ろしい騎士達の声が去ったのを確認して、レイアーヌはモフモフとした尻尾から顔を出し、狼の獣人を見上げる。
「あの……いきなりすいませんでした」
「全くだ」
とても迷惑そうな顔をしている狼の獣人。忸怩たるものを感じたレイアーヌ、何か埋め合わせをしないといけないと感じた。
「あ、あの……ごめんなさい! 何か、う、埋め合わせをしたいのですが……」
そうやってレイアーヌが謝罪と共に提案をすると、狼の獣人は更に迷惑そうな顔に歪む。
「そういうのは別に――待て」
しかし途中で彼は何かに気が付く。レイアーヌをしげしげと見つめ、跪いて視線を合わせる。レイアーヌは正体がバレるのではないかと思って、フードを深く被り直す。
「――なるほど」
狼の獣人はレイアーヌから視線を逸らし、立ち上がって得心した。やがて彼女に視線を戻し、目を細める。何もかもを見透かすような緋の瞳だ。
「興味が湧いた。少しだけ付き合ってやる」
綺麗に食べるな……と隣に座った狼を見てレイアーヌは感じる。
埋め合わせをしたいというレイアーヌの申し出を了承してくれた狼の獣人、取り合えず何か食べたいとの事だったので、屋台で買った焼き魚の串をパクパク頬張る姿を眺める運びとなった。
狼というワイルドな見た目とは裏腹に、小さく綺麗に魚を口に運ぶ様子は、ギャップを感じさせ微笑ましい。
「もぐもぐ……他人の金で食う飯は美味いな。セフィロトじゃ新鮮な魚は食えんし、より美味く感じる」
ボソリと呟いた独り言。苦笑いを浮かべそうになる実直な感想だ。
素直過ぎるというか、皮肉屋が過ぎるというか。
しかしそんな言葉の中にも気になる情報を見出すことが出来た。
セフィロト――秘密主義且つ最先端の学術都市だ。大陸の中心にあり、驚くほど発展した技術を持つ。世界の中心、高い技術力――そういった点から、聖国と帝国の両方から、謀略の危険に晒されている――なんてことも、聞いたことがあるような無いような。
レイアーヌには小難しい政治の事など分からないが、少なくともこの狼が、遠い都市からやってきたことくらいなら察せられる。
(だから狼の獣人なんだ。この辺りじゃ珍しいものね)
観光か何かで、祭りの最中であるこのマーレスダ王国にやってきた異種族。それがきっと、この謎めいた狼の正体だろう。
この王国にも獣人はいるが、海洋系の種が多い。周りが海なので、適正のあるモノが集まるのはある種当然なのだ。
「あの、お名前は何て言うんですか?」
黙りこくるのも空気が悪いと感じたレイアーヌ。まだ聞いていない名を尋ねる事にした。
狼は食べ終わった串を捨て、口を乱暴に拭うとレイアーヌを一瞥する。
「…………」
狼は黙り、何かを考え込んでいる。
きっと、いきなり後ろに潜り込んできた変なヤツには教えたくないと思っているのだ。いや、そうに違いない。
自分がしでかした事だが、今更になって恥ずかしい。
そんな風に考えていた時である。
「………ヴェド」
ボソリ、と狼が呟く。
「え?」
「ヴェド、だ」
再度、今度ははっきりと狼は言った。
レイアーヌは数秒考え込み、やがて得心した。
「ああ、名前!」
「それ以外の何があると思ってたんだ? 聞いたのはお前だろう」
レイアーヌの反応に呆れたように目を細める嘆息する狼――ヴェド。
その反応にまたしても恥ずかしくなってきたレイアーヌ。
「え、えへへ……あー、その、言いたくないのかなって思って。だから教えてくれたのが意外で」
思った事をそのまま伝えると、ヴェドはまた溜息を吐く。
「まあ、いいさ」
「あはは……あの、ヴェドさん、ここへは観光で?」
「観光、か。まあそんな所だ」
「そうなんですね、やっぱり……慰海祭がお目当てですか?」
「そうだな、正確には、歌姫とやらが目的だ」
そう言われて、少しだけドキリとする。何しろヴェドの目的である歌姫とはレイアーヌの事だ。しかも今はお忍び中、ただ歌姫と言われるだけでもビクリとしてしまうほどには、敏感になっている。
「そう、なんですね」
「ああ……さて、俺は暫く街を見て回る」
そういってヴェドは立ち上がる。
「あ、あの……すいませんでした」
「いいさ、魚奢ってもらったし」
ぶっきらぼうに言い放ったヴェドは、手をひらひらと気怠げに振りながら群集の中へ消えていった。体格はいいし、目立つ容貌をしているのに、何故か周囲の人間はあまり彼に注目していない様子でもあった。
それに違和感を抱くことも無く、レイアーヌはヴェドを見送った後、空を見る。日の加減から見てまだ時間はある。もう暫く、お忍びで楽しむことにしよう。
「なんだか、不思議なヒトだったな」
ヴェドという狼の獣人との邂逅。もしかしたらもう二度と会わないかもしれない一期一会の出会い。いいや、きっと今日の歌を見に来てくれるハズだ。その時にこそ、本当の埋め合わせをしよう。歌という形で。
その時は、そんな風に無邪気に考えていた。
◇◇◇
俺は街中を歩きながら周囲を見渡し、手ごろな路地裏を見つけ潜り込む。路地裏だけあった狭いし暗いが、当然のように夜目が利く体質なので、窮屈な事以外は問題ない。
「――アレが、簒奪者ってワケね」
俺の隣から響く、聞き覚えのある女の声。
その方へ視線を向けると、地味なローブで姿を隠した女がいた。
俺は彼女の正体を知っている。
「そういう事だ、ヘルメス。魔族セイレーンより力を奪い、尊厳を踏みにじり、命さえ滅して見せた盗人の系譜。この王国にいるニンゲン達は、大抵そういうヤツだ」
皮肉めかして言って見せると、怪しい女――ヘルメスはクスリと笑う。
「義理堅い所もあるんだ、関心関心。セイレーンは魔族だけど、セフィロトに所属していたワケじゃない。報復の対象には入らないのに」
「――約束、だしな。それに、この王国を滅ぼすのは俺の主たっての願いでもある」
――思い返すこと数週間前。
因子探索を行っている際に発見した目的の存在――セイレーン。
彼女曰く、自分が最後の生き残りで、他の全員はこの王国のニンゲン達により裏切りにあい、捕まった後殺されたという。
自身の命を差し出す代わりに、その復讐をしてほしいと願うセイレーン。戦いとかいう面倒な事をせずとも因子が手に入るならと、俺は了承。イルシアに話を通し、改造して貰った。
そしてイルシア曰く、恐らくマーレスダ王国は彼女が生み出した研究を用いてセイレーンを利用したのだとか。イルシアはどうしても自分の研究が利用されるのが許せないらしく、王国を滅ぼせと言って来た。
是非もない、どうせ性能試験の場所が必要だったしな。しかし気になるのはその時のイルシア。やけに真剣というか、彼女らしくない感じだった。
……まあ、それはどうでもいい。兎も角マーレスダ王国襲撃についてタウミエルに伝えると、せっかくだからとれる情報を搾り取りたいとのことで、ヘルメスと共に潜入する運びとなったのだった。
「そうね、あのパラケルススが言うんだもの。あ、そういえば、研究場所らしき場所見つけたんだけど、知りたい? 知りたいわよね?」
「うざ……まあ、知りたいな。概ね予想はつくが」
そうヘルメスに返し、思い出すのは先の少女。
「ああ、あの子……あれが歌姫っぽいけど、やっぱわかるんだ。アタシはもう情報取ったから知ってるけど、なんも知らなくても分かっちゃうんだもの。やっぱり御同輩ってヤツだから?」
「一緒にするな。俺の感覚が鋭いから察せられただけだ。まあ、道具という点では同じかもだな」
「自分で言うんだ、それ」
「ふん、違いないだろ?」
「ま、そうね。で、行くの?」
ヘルメスの問いに一拍おいて、俺は回答する。
「ああ、丁度いい、そこから始めてやる。開演までには時間もあるだろう。面白い余興を思いついたぞ。あの女の無念を、もっともよい形で晴らしてやれる方法をな」
「どうせろくでもないことでしょ。でも面白そう、見ていい?」
「別にいいぞ。見届ける見物人が多い方が、セイレーンの溜飲も下がるだろうしな」
そういって、俺は路地裏を進む。化け物というだけあって、ニンゲンよりはセイレーンに感情移入が出来る。まあ多少だが。
「約束は出来るだけ果たすようにしているんだ。勿論、叶えてやるとも」
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