第一章
第12話 セフィロトの入り口にて
学術都市セフィロト。
ガイア大陸中央、「ケテルの鏡」と呼ばれる湖に浮かぶ島に造られた、魔術仕掛けの街。
東方北部の聖国アズガルド、西方南部の帝国との間にあるが故に、立地的に重要な場所である。
ケテルの鏡は特別な成分の水で構成されており、非常に高密度な魔力を含んでいる。
そのせいか、魔力による環境変動、魔素乱流が発生し、尋常な移動手段では都市に辿り着けない。
都市へ辿り着くには、委員会が建設を命じ、造らせた魔導列車に乗る必要がある。
特別な機構を施された列車は、魔素乱流を通り抜けるだけの結界を展開可能、レールも頑丈なシロモノである。
列車は島を中心にして四方に繋がっており、大陸の各面に移動可能。
時代を考えれば、かなりオーバー気味なテクノロジーなので、政治的影響を考えてか、委員会が造った四方にある街からしか発着しない。
故に、学術都市セフィロトを厳密に定義するならば、四方の街も含める事になる。
「それで、ここが例の……」
活気づいた街から遠目に見える、荘厳でデカい塔。どうやらアレが学術都市セフィロトの
現在俺達こと、邪な錬金術師一行は、数ヶ月から一年程度を掛けて――俺達は不老不死なので、時間感覚が曖昧だ――学術都市セフィロトに辿り着いていた。
学術都市セフィロト、セントラルの四方にある街の内、東方にあるイースト・シティ。そこから出るセントラル行き魔導列車に乗る算段である。
「まだセントラル――つまり、例の島に立ち入ってないってのに、随分発達した街なんだな」
街並みはやはり近世程度なのだが、何と路面電車――ならぬ路面列車だろうか――が走っている。
セントラルの四方にある四つの街は、列車発着の駅である。
外部との交流も兼ねている場所なので、整っているし規模も大きい。セフィロトが培った技術も、それなりに使われている。
勿論、隠匿すべきモノは隠し、惜しんでいるのだろうが。
路面列車が走っている様は、前世での光景を彷彿とさせる。どこか懐かしさを感じつつも、気を引き締める。
ここは人界。人間に一杯食わされたばかりなのだから、警戒は怠れない。
「うむむ、だいぶ変わっているな。私がいた頃よりも発達している」
「やっぱりそうなのか。つーかイルシア、お前がいた頃ってどんだけ前だよ」
「そうさね、私が旧帝国でやらかした後だから、数百年は前だろうね」
「ババアかよ」
「失礼だな、そんなこと言ったら君も百歳は超えているんだ。仲間じゃないか」
「それは兎も角、お前……」
俺は溜息をついてから、イルシアを
「いい加減、降りてくれないか」
イルシアは俺の肩に腰掛けて、優雅に街を見下ろしていた。
肩車とか可愛いモノじゃない。コイツは俺の肩を椅子代わりにして、足をプラプラさせている。
俺は240以上はある巨体なので、さぞ景色は良いのだろう。
目立つのでやめてほしい。
「断固拒否する。ここは心地良い」
相変わらず同じ白衣を着回すイルシアは、そんなことを言ってそっぽを向く。
コイツ……歩くのは嫌だ等とふざけた事を抜かして、この数ヶ月移動する時はずっとこんな感じだ。
「目立つからやめろ。ここ街中だぞ」
「今更だな、君は。隠蔽は施しているし問題ないさ」
そういう問題じゃないのだが。
街中で俺達犯罪者が堂々としていて疑問を感じたかもしれないが、そこだけは本当に問題ない。
イルシアが言ったように、彼女が長年の逃亡生活で活用してきたアーティファクト〈
このアーティファクトは周囲に幻覚を見せる事が出来る。
幻覚によって俺達の見た目を騙しているというワケだ。
そりゃ、尻尾が二匹の蛇で真っ黒でデカい狼男だ。誤魔化さないと大変なことになるのは自明だろう。
とはいえ、元々の姿から大きく変える事は出来ない――というよりやめたほうが良い。
所詮幻覚、触られたらバレる。俺が幻覚で幼女に化けても余り意味がないのだ。
何せ俺、240cmあるからな。ヒットボックスがデカい。何かの拍子で接触することも十分ある。
「ここまで体格の良い獣人は珍しいかもしれないが、大丈夫さ。ここはセフィロト、他所では有り得ぬモノも、有り得ぬコトも在る場所だから」
などと、しみじみ呟くイルシア。
俺の外見は普通の獣人っぽく見えている。
尻尾が蛇とか、目が魔眼だとかじゃない普通の獣人だ。
俺達が前までいたガイア大陸東方地域では、獣人族といった亜人は珍しいが、ここでは割と普通にいる。
溶け込みやすくて助かる。
ちなみにこの世界じゃ亜人も人類の一種だ。人間、獣人、エルフ、ドワーフの四種が「人類種」と定義されている。
獣人は字面から見て取れる通り、人と獣の半分みたいなヤツだ。二足歩行する獣っぽい感じである。
先天的に、獣の要素が強い方が優秀である。ネコミミだけみたいな獣人もいるが、そこまで遺伝子が薄いと人間と大差ない能力しかない。
その先天的な差で、獣人同士のいざこざの原因にもなるんだとか。
ま、俺には関係無いが。獣人をベースにしたキマイラだから、それっぽく見えるだけ。実際は化け物である。
「お、あそこが駅だ。やっとセントラルに行けるね」
などと話している内に、俺達はイースト・シティの駅に辿り着いた。怖い見た目なお陰で、割と混んでいた道もスイスイ通れた。道を往く人々が自ずから道を譲ってくれるのは助かるが、ちょっと恥ずい。
何せ、女を肩に乗せているからな。きっと金持ち研究者の奴隷か何かに思われていただろう。
間違ってないけど。
「降りろ、もう列車に乗るんだから」
「むう、仕方ないな」
やっとイルシアは肩から降りた。あー、疲れた。キマイラなので疲れないのに疲れた。精神的に。
何せコイツ、肩に乗っている間ずっと頭をいじったりモフったりしてくる。耳をハンドルを握るように掴んできたりとか、やめてほしい。
「まあいいさ、列車に乗っている間、また君をモフるから。そのために心地いい毛並みにしたんだぞ」
「なんか間違ってるだろ、それ」
俺のコンセプトとか。
自身の名誉の為に声高に主張しておくが、俺は断じて愛玩動物ではない。
そういうのは、疲れたOLが飼っているポメラニアンにやるモノだ。キマイラとかいう化け物にやってはいけない。
まあ、それは兎も角、駅の構内はイギリスっぽい感じだ。古典的な美しさを備えている。
「サウス・シティ行き列車……これは違うな」
やっぱり切符を買う必要があるのだろうから、俺は切符売り場にある路線表とにらめっこする。
都市セフィロトの移動手段、その殆どを担う魔導列車には二種類の列車がある。
一つは環状列車。セントラルの四方にある四つの街を結ぶ列車だ。
もう一つが、各街より出るセントラル直行列車。セントラルと往復している列車だ。
セントラル行の切符を買わないと行けない……そう考えていると、
「心配ないぞ、ルベド。
得意満面なイルシアが、指を立てて説明する。
正直、そんな事言われても不安だ。大体数百年も前の情報が通用するとは思えない。
そういってもイルシアは聞く耳を持たず、ズンズン先に進んでいってしまう。
彼女の足取りに迷いはない。その様子から見るに、駅構内の構造は変わっていないのだろうか。
ならばまだ多少希望が持てる。ダメなら俺が切符を買えばいい。
コイツ、どうせ買い物出来んだろうし。
「ふむ、この場所のハズだ」
そういってイルシアが立ち止まったのは、人気のない職員用通路らしき扉の前。
「おいおい、大丈夫なのか」
「心配するな、問題無い」
錬金術、魔術以外じゃ全く頼りにならないイルシアにそんな事言われても、信用なんてできない。
俺の不安をよそに、イルシアは職員用扉に手を掛ける。当然開かない。
開かない扉を不満げに睨んだ後、ガチャガチャドアノブを回すイルシア。これただの不審者だろ。
見かねた俺が止めようとすると、彼女は何かを考え、やがて閃いた。
「思い出したぞ! 確か――」
イルシアは俺をちらりと見た後、わざとらしく咳払いをした。
「では――人、理統べるに能わず。人、統べられるが相応しく」
合言葉らしき意味深長な事を口にした瞬間、カチャリという音を立てて扉は解錠した。
「よし!」
イルシアは拳を握り締め小さく喜ぶ。どうやら合言葉が必要な扉だったようだ。
……珍しい。コイツがまともに役立つなんて。
そんなことを考えていると、イルシアがとても自慢げな顔をして俺を見上げてくる。
どうだい、どうだい? と顔が物語っている。
ムカついたので、一発額を小突いておく。
「いだっ! 何をするんだい!?」
「別に、何も」
「ふ、ふふん。どうせ今回も役に立たない無能錬金術師だと思っていたんだろう? 私だってたまには役に立つんだぞ? 褒めてもいいんだぞ?」
「うるさい、早く行くぞ」
ムカつく事に図星だった。
なんだか負けた気がするので、これ以上コイツを調子に乗らせない為に急かす。
イルシアは渋々と言った様子で扉の先に進んだ。俺も半歩後ろからついていく。
少々薄暗い道を進むと、ホームらしき場所へ出た。丁度列車が止まっている。
「関係者――それも、重要な事柄に関わるモノしか乗れない魔導列車だよ」
イルシアは列車を軽く指でなぞりながら言った。
確かに先ほどのホームでチラッと見た列車より、重厚で丈夫そうだ。装飾もされており、華美ではないものの落ち着いた意匠が施されている。
奇妙な大樹のシンボルが入った列車、これが俺達を安住の地へ至らせる箱舟か。
『――セントラル行、特別急行列車。まもなく、発車いたします』
列車の前で立っていた俺達を急かすように、ホーム内にアナウンスが響き渡る。どういう仕組みなんだろうか。他の国とかが馬車で移動しているのに対し、明らかに異常に発達している。
「さ、早く乗ろう。切符を買う必要はない」
俺はイルシアに急かされ、列車の中に入る。
「狭い……」
「そりゃ、君デカいからね」
列車の中はそれなりに広く造られているが、それでも巨体である俺からすると足りない。窮屈だ。
「ハァ……まあ、我慢するか」
オルとトロスが我慢しているのだ、俺が我慢しないワケにはいかない。
そう、幻覚で姿を騙している現状、勝手に動く尻尾(二本)があったら面倒な事になるのは確実。
なので、俺はあいつらを「引っ込めた」のだ。
彼らも元は変異。厳密に言えば〈アルデバランの腕〉と同じ。消そうと思えば消せる。
……だが、元々オル・トロス込みで設計されているからか、無いと違和感が凄い。正直気持ち悪い。
きっと、あいつらも嫌な思いしてるだろうし、さっさと解放してやりたいな。
そんな事を考えながら、俺はシートに座る。豪華列車よろしく、普通の人間であれば二人座れるシートを二つ、対面で備えたタイプだ。
だが俺はガタイがデカすぎるので、一人で占領してしまう。現代日本なら迷惑行為になり兼ねないが、この列車、スカスカで客が殆どいないので問題無いだろう。
「車内で君をモフるつもりだったが、やっぱりこうしよう」
そういってイルシアは俺の対面に座る。
「君の顔を眺めながら、ってのも悪くない」
恥ずかし気もなく、嬉しそうにそんな事を言うイルシアから目を逸らし、俺は窓から外を眺める。
「あれ、スルーかい?」
早く発車しないかなぁ。
「おーい、ルベドー?」
代り映えのしない景色を見ていると、例の扉から一人の女が現れる。書類やスーツケースらしきものを持ち、非常に慌ただしい態度で列車に走ってくる。
「あっぶなー。セーフセーフ」
女は列車に駆け込んでくると、額を拭って息を吐く。
可憐な少女だ。あどけない雰囲気を残した美しい顔立ちに、桃色の髪をツインテールにしている。
着ているのは丈の短い、所謂パーティードレスで、ゴシック調の高級そうなモノだ。
だからこそ、持っている書類や武骨なスーツケースが異質に見える。
「危機一髪ってやつね……って、アレ?」
少女はコチラに気が付くと、エメラルドのような瞳をパチクリと動かす。
「ふむ……?」
同じくイルシアも、彼女を見て興味深そうにする。
「アンタ、どっかで見た事あるような無いような……」
「ふむ、私としては覚えはないが……」
どうもイルシアの方は面識がないらしい。
しかし少女の方はそうでもないらしく、イルシアを見てあーだのうーだのと唸っている。
ここにいるという事は、この少女もセフィロトにとっての重要人物なのだろう。ということは、コチラの正体がバレても襲い掛かってくるような事は無い……と信じたい。
ダメなら戦うだけだが。
俺の心配をよそに、考え込んでいた少女は、やがて何かを思い出したように目を見開き叫んだ。
「あー! アンタ、アレでしょ!
「酷い言い草だな、君は」
「幻術みたいなので誤魔化してるみたいだけど、顔がそうだもん!
「肖像画あんのかよ」
静観を決め込んでいたハズなのに、思わず突っ込んでしまう。つーかバレてる。流石にアーティファクトによる細工もバレるとは思ってなかったが。
この少女は何者なのか。もっともな疑問は、すぐに解消されることになる。
「アンタがアタシの事知らないのも無理ないわね。だから自己紹介、してあげる」
そういうと少女はイルシアの隣に座りこむ。知らんヤツがイルシアの傍に近寄るという無かった経験に、俺は少し警戒する。
「アタシはクリフォト委員会傘下、情報部の総長にして、先代の兄から
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