第11話 運命の始まり

 破壊魔法、〈星火燎原ブラスティング・レイ

 収束した魔力を増幅し、熱量へ変換し光線として解き放つ。

 発動に必要な莫大な魔力を更に増幅するので、その威力は計り知れない。


 更にそこへ、破壊の意志を乗せる。魔力というのは、術者の意志を以って形を変える。癒しの術ならば優しき意志が、破壊の術ならば荒々しき心が、より力を昇華する起爆剤になるのだ。


 悪魔が生み出したこの術は、破壊衝動を乗せやすい。

 解き放たれた魔力全てが、遍くの終滅を望むのだ。

 

 ――街を薙ぎ払う赤い光線。

 

「いやあああああ!!」


 街中にいた誰かが、叫んだ。


「ひいいいいい!!」


「助けてぇぇ!」


 俺が発動した破壊魔法が、街の全てを蹂躙する。

 赤熱した熱光線が地上を滅する。岩すら焼き溶かす膨大なる熱量の前には、全てが無意味であった。

 何本もの光線が街を焼き払い、数秒後には全てが消滅していた。

 

「……終わったか」


 更地と化し、全てが焦土となった跡を見て、俺はボソリと呟いた。

 

「終ワッタ? 終ワッタ? イルシア助カル?」


「ああ、これで終わりだ」


 ただ一人も残らない殲滅。蹂躙、鏖殺――完全なる消滅を以って、主への不敬を清算させた。

 

「帰ろう……イルシアが待っている」


「オウ、帰ロウゼ」


 俺は飛行術式を解き、焦土となった地面を踏みしめる。

 アルデバランの腕に命じて、次なる魔法を発動させる。

 それは転移魔法。他の地点へ一瞬で移動する時空系統の魔法だ。主の下へ素早く戻るための術式である。


 転移を行い、俺の姿が消える。

 後には何も残らない。

 この日、一つの街が消えた。




 アデルニア王国王都、ルーニアスが錬金術師の怪物による襲撃を受けた結果、消滅。王族諸共死亡し、生存者はゼロ。忌々しい災厄の日として語り継がれる事になる。


 この結果、アデルニア王国は王都遷都を余儀なくされた。現王朝の王族が死亡している為、公爵へ王権が移譲、王朝変更が成された。


 一連の事件による国力低下は免れず、アデルニア王国を守る盾となっていた錬金術師はもはや制御不可能。他国による干渉、この機を見ての侵攻行為なども起こりえるだろう。


 恐らく、数年か数十年後には、アデルニア王国の版図は塗り替えられているだろう。或いは、どこかの属国か、酷ければ滅亡もあり得るだろう。

 その全て、偏に錬金術師へ手を出した事による災厄。

 これを以って世界は厳に誓った。

 錬金術師に不用意に手を出さぬこと、そしていつか、必ず滅さねばならぬことを。

 ――フェイリス・アーデルハイト著、偉大なる錬金術師の悪行、第十一巻より。

 



「イルシア!!」


 屋敷に転移した俺は、イルシアの下に駆け寄る。

 イルシアは目を閉じたままだ。傷は……良かった、治っている。腹に大穴を開けられ凄まじい勢いで出血していたのだ。やはり一刻を争う重体だったな。


 俺はイルシアは静かに抱き起こす。鼓動はある。脈も問題無い。やがて目を覚ますハズだが、それでも不安になる。このままずっと、意識が無いままなのではないか、という根拠のない不安が襲ってくるのだ。


 俺にとって、イルシアは存在意義。教義や信念の類だ。彼女に救われ、新たな命を創造物として授かった。だからこそ、コイツしかいないんだ。

 

「イルシア、大丈夫ナノカ?」


「ああ、きっと、すぐに起きるさ……」


「タブン大丈夫! 大丈夫!」


 暫く悶々とした時間が続く。どれくらい経っただろうか。そこまで時間が経過したワケではないのに、数年も待ち焦がれていたような錯覚を覚えた。

 ――やがて、その瞬間が訪れる。


「んん……あ、アレ? ここは……」


 俺の腕の中で、イルシアが目を覚ました。透き通るような碧眼が顔を覗かせる。待ち焦がれた花の開花だ。

 

「イルシアっ! 大丈夫かっ!?」


「ルベド……ああ、私はどこも問題無いようだ……」


 その言葉を聞いて、思わず安堵の溜息が零れる。


「そうかっ……」


 俺が安堵していると、オルとトロスがイルシアにじゃれつく。


「イルシア、イルシア! 生キテル! 生キテル!」


「イタイ所無イカ!? 大丈夫ナノカ!?」


「ははは、大丈夫だよ。くすぐったいからやめておくれ」


 じゃれつく蛇達をどうにか宥めながら、イルシアは俺に顔を向けてくる。


「どういう状況か、いまいち掴めないんだ。説明して貰えると助かるよ」


「ああ……分かった」


 俺はイルシアを椅子に座らせ休めつつ、壊れた研究室を片づけながら一連の事件について語った。

 

「そうか……不死殺しの異能。だから私の傷が治らなかったということか」


「そうだ。おい、イルシア」


「何だい?」


「どうして庇ったんだ。盾になるべきはお前の道具である俺であって、主ではない」


 思わず語気が強くなる。流石に今回の行動は不用意が過ぎる。イルシアは錬金術師、そして俺の主だ。彼女は俺が守るべき対象、そのために創られたのだ。先の行動は、その存在意義を奪う行為だ。

 

「……そうだね。確かに、そうだ。済まない、ルベド……短慮だった」


 そう語る彼女の顔は珍しく酷く落ち込んでいた。何だか悪い事をしている気分になるが、ここはしっかりと言っておかねばならない。


「例え俺が先の攻撃で死んでいても、お前が生きていればそれでいい。俺は道具、お前さえ生きていればいくらでも創れるんだ」


 そう俺が言い放つと、イルシアはばっと顔を上げて詰め寄ってくる。


「違うっ! それは違う! 君は私の作品であっても道具じゃない! いや、そうなのかもしれないが……私は家族だと思っている。君まで・・・そんなこと言わないでくれ……いつか、いつか別れが来るみたいで、嫌じゃないか」


 イルシアは掠れた声で訴える。俺の胸元に飛び込んできて、遂には泣き出してしまう。


「ルベド、イルシア泣カセタ! 泣カセタ!」


「ルベド! オイラハ、イルシアトズット一緒ニ居タイゾ!」


 オルとトロスが非難するように俺を見てくる。普段はバカやっている癖に、こういう時は真面目な奴らだ。


「……クソ」


 純真な蛇達にまでそう言われれば、俺の方が間違っているような気さえしてくる。

 どうしようもなくなって、俺は頬を掻く。取り合えず俺は胸元で泣きじゃくるイルシアの肩に優しく手を置く。

 

「……取り合えず、泣き止んでくれ」


「ううっ……ぐすっ」


「……はぁ。俺も悪かった。そもそも俺が慢心せずに、会敵の段階で全滅させていれば良かった話だ。だから、元を糺せば俺が悪かった。だからイルシア、今度は俺を庇ったりするな。次からは、全部俺が片づけるから」


 するとイルシアが顔を上げ、赤くなった目元を拭う。


「うう、分かった。駄々をこねて済まなかった……酷い主で済まない」


「そんなことは分かってるから、安心しろ」


「それはどういう意味だい!」


 俺が揶揄うと、イルシアはようやくいつもの調子に戻る。そんな彼女を見て、俺は思わず笑みが零れてしまう。


「……あ」


 俺の顔を見ていたイルシアが、突然硬直する。まるで信じられない何かを目にしたような顔だ。


「んだよ」


「ルベド、今笑ったね?」


「……だから何だよ」


「私は今まで、君が笑った所を見た事が無い。君を創る際、とても表情豊かになるように設計したのにも関わらずだ。でも、今笑ってくれた……!」


 笑っただの怒っただのと、面と向かって言われると恥ずかしいモノがある。

 俺は頬が熱くなるのを感じていた。


「本当に笑ってくれたんだな、ルベド……うう、嬉しいよう。それに破壊力が凄かったよ……」


「ルベド、ルベド! 照レテル? 照レテル?」


「ニャハハ! ルベドガ照レテル何テ、チョー珍シイナ!」


 俺は無言で蛇共の首を掴み黙らせる。

 痛い痛いと喚く蛇共を無視して、俺は熱くなった顔をクールダウンするように息を吐く。


 クソが、そうだ悪いか。俺はこのどうしようもないバカな錬金術師に惚れている。

 だからこそ、コイツには生きていてほしい。

 例え何を犠牲にすることになっても――。


「ふぅ……全く。おいイルシア、これからどうするんだ」


 俺は未だくねくねと自分の世界に浸っている錬金術師に問う。

 何度か頭を小突くと、彼女はようやく正気に戻った。


「分かったから頭を突かないでくれ。もう私は問題ない」


「ならさっさと答えろよ。どうすんだよこれから」


 俺の言葉にイルシアは暫く考え込み、やがて周囲を見回すと何かを覚悟したように頷いた。


「我々の居場所が割れているのは、やはり良くない。屋敷もこんな風になってしまったし、ここは引き払おうと思う」


「それはいいが、あてはあるのか?」


「ああ、ある。正直あまり頼りたくはないのだが……」


 そう呟くイルシアの顔は珍しく苦々しく歪んでいた。

 本当に嫌なのかもしれない。

 自分の目的の為なら、あらゆる存在を利用する錬金術師からしても、関わるのが嫌な何かがあるのだろう。

 

「この大陸の中心にある巨大な湖には、とある島が存在する。その島にはあらゆる魔術や技術を研究する学術都市があってね――」


 ――彼女が語ったのは、この世界の中心にある都市。

 学術を主とするその都市は、いずれの国にも属することはない。都市にある委員会が統治している。


 その都市へは政治的な干渉を行うのは許されない。世界で最も進んだ技術を持ち、都市単体で自衛能力を持つ。立地も相まって、不干渉地帯とされていた。

 その名は、学術都市セフィロト。世界の知が集い、如何なる研究も容認する暗きを秘めた領域でもある。

 

「その都市を管理するクリフォト委員会に伝手があってね。そこに新しい研究室を持とうと思う。どこかの集団に属するのは正直気が進まないのだが、仕方ない」


 イルシアは一人で、気ままに研究をするのが性に合っているという。だからどこかに属するは嫌なのだとか。

 世界的犯罪者すら受け入れるセフィロトとやらに疑問を抱きつつも、俺は一先ず安心する。当てがあるならどうにかなるだろうと。

 同時に鋭い警戒を抱く。ここよりイルシアは組織に属する事になる。どんなことに巻き込まれるか分からない。

 

「そこは大丈夫なのか? セフィロトとやらは信用できるのか?」


「心配は最もだが、問題無いさ。実は私、セフィロトを統治するクリフォト委員会の創設メンバーなんだ」


 思わぬカミングアウトに俺は呆気にとられる。


「は? どういうことだ」


「創設時に誘われてね。言われるがままに籍は置いていたんだが……面倒になってね。暫く一人でいたんだ。だから正確には『戻る』が正しい」


 そういうことならば……いいのだろうか?

 少なくとも、全くわからぬ領域に踏み込むよりかはマシだろう。

 

「まあ、イルシアが創設メンバーの一人ってことなら……ロクな組織じゃないだろうな」


「ふふ、まあ、余人にしてみればそうだろう。我々のような存在にとって見れば、それなりに過ごしやすい場所だとは思うよ」


 方針は固まった。俺たちは学術都市セフィロトを求め、旅することにした。

 

「ということで、荷物を纏めよう。屋敷は解体して痕跡も残さぬようにしないとね」


「そうだな、早速準備しよう」


「オイラ、飯食イタイ!」


「ゴハン、ゴハン!」


 蛇共に急かされて飯を作ったり、荷物の整理がまるで出来ない錬金術師を介護したりで忙しくしながら、生誕の地最後の日は過ぎていった。








 ◇◇◇








「失敗した、のか」


「はい……申し訳ございません」


 聖国アズガルド首都、ヴァナヘイム。政を行う大聖堂の地下にある秘蹟機関の本部にて、ある人物が密会していた。

 

「我が聖遺物、〈滅断の杖槍ミストルティン〉にてパラケルススを攻撃、仕留める一歩手前まで追いつめましたが、かの錬金術師の最高傑作、ルベド・アルス=マグナによって反撃を受けました。かの怪物はアルデバランを取り込んでおり、伝承にある悪魔の破壊魔法〈星火燎原ブラスティング・レイ〉を使用します。王都にて彼の術を発動されたため、情報を持ち帰ることを優先して転移にて逃亡した次第です」


 神妙な面持ちで報告しているのは、王都にて死亡したと目されていた秘蹟機関第十席次、カーライン・シェジャ・アーチボルトであった。

 

「そうか……やはり、かの錬金術師を放置すれば滅びが加速する……その予言は正しかったな。あのまま放置すれば、更に強大な力を得ていたに違いない」


「で、では……これは、当初の予定通りだったのですか?」


「左様。一つの街を引き換えにしてでも、あの錬金術師を引きずり出す必要があった。あの森に籠ったままにしていては、最高傑作とやらがより進化してしまうのだろう。予言を単純に解釈し、お前の持ち帰った情報を合わせれば、そうなるだろう」


「それでは……我々の犠牲には、意味があったのですね?」


「ああ、世界の滅びはまた遠ざかった。殉教者らの功績あってのことだ。無論、お前の弟も」


「そう……ですか」


 カーラインは目を閉じ、胸に手を当てる。暫くそうして、やがて目を開き強い意志を以って語りだす。


「必ずや、かの怪物を滅します」


「ああ、さもなくば、世界は滅びを迎える事になるだろう……人の世は、人が導かねばならぬのだ」

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