第8話 命懸けの布石

 キマイラ。

 それは生物に別の生物の因子を足した錬金術の所産である。

 とてもポピュラーな錬金生物であり、錬金術師の最初の試練として、よく課題に上がる分野だ。


 簡単なモノ――それこそ猫にコウモリの翼を生やしただけのモノならば、駆け出しでも成功する程度の錬成だ。


 半面、高位のキマイラ錬成は高難易度な錬金術である。

 例えば教本にも乗っているような、獅子の頭を持ち、山羊の脚と頭を携え、尻尾が毒蛇というようなキマイラは難易度が高い。

 複数の生物の因子を、過不足なく繋げるというのは難しいのだ。


 人類種と魔物の錬成は、もっと高度かつ、禁忌の領域である。

 人と、魔物が持つ魔性は相容れない。

 人の要素を残そうとして錬成すれば失敗し、悍ましい肉塊が出来上がる。

 逆に、魔獣に知性を与えたいならば、人の要素を残さず錬成すればよい。


 例えば狼の魔物を基本に、人間の因子を錬成すれば、人語を解する魔物が生まれる。

 人格や魂の分野に手を入れなければ、大概発狂して自害するのだが。

 人道的な面を考え、この分野に切り込む錬金術師は少ない。

 

 狂気の錬金術師、イルシア・ヴァン・パラケルススを除いて。


 かの錬金術師は、幾度もの試作を経て、遂に人類種と魔物のキマイラを創るのに成功した。

 獣人という人類種の一つ、獣の要素を持つ身体能力に優れた種族を用いることで、魔物の因子を植え付けても構築が破綻しないように創ったのだ。


 人間形態であるが故、人間の機能を人間を超えた領域で行使できる。

 魔性の要素を自由自在に変異させ、人にできないこともできる。

 そしてその魔の因子を取り込み、いくらでも強くなる進化性を備えた究極の生命体。


 人造人間ホムンクルスの技術やゴーレムといった他の方面の錬金術技法を取り入れ、完成したのが――


「この俺、ということだ」


 心臓部であり、俺という存在を記録している賢者の石が、唸る様に魔力を錬成し続ける。

 この賢者の石、色々な事に使える万能アーティファクトなのだが、イルシアはこれを魔力炉とCPU、記憶領域として扱うことに決めた。


 俺の動力源になる魔力を供給する役割。

 俺の肉体と因子を記憶し、バックアップを取ることでいつでも再生、変異を行うようにする役割。

 そして俺の全てを制御するための、俺という人格を記憶する役割。

 

 取り分け、賢者の石は魔力を錬成するのに長けている。

 周囲にある空気や水分などを取り込み、魔力に錬成する。

 魔力の錬成は非常に難しいが、賢者の石という究極の触媒があれば容易い。

 錬成した魔力をもとに、更に魔力を錬成して増幅する。

 俗にいう半永久機関だ。起動に必要な材料さえあれば、後は無限に生成できる。

 

 故に俺は、誰にもできないほどの魔法を、誰よりも強力に扱えるズルい存在なのだ。

 今までは賢者の石の記憶領域との兼ね合いで、術式を記録するほどの余裕は無かった。因子を受け入れるだけの余裕を確保する必要があったからだ。


 だが、アルデバランの腕を手に入れてしまった。

 永き時を生きた悪魔の因子は、古今東西あらゆる術式を保有する。

 

 その中でも、特段分かりやすく強い術が炸裂した。


「灼けて死ね、前の俺みたいにな。〈星火燎原ブラスティング・レイ〉」


 俺の背から生えたアルデバランの腕が、集めた莫大な魔力を天に解き放つ。

 天を穿つ魔力が魔法陣を形成し、収束した炎熱が解き放たれた。

 

「なっ、これは……」


「アルデバランの――」


「姉さん!」


「分かっている――!」


 後方にいた騎士団長と法衣を纏った聖職者が何かを喚き――

 それすらも飲み込むように、全てを薙ぐ赤き熱光線が顕現する。

 大地を抉り焼く滅亡の詠唱。俺の時とは違い、結界という枷が無くなった今――かの悪魔の魔導は、生来よりの残虐性を証明するように一帯を滅却する。

 

「うわ、エグいな」


「キレイ、キレイ!」


「オウ、キレイダナ! 人ガメッチャ死ンデルケド!」


 俺たちが下らん事を言っている間にも、千人以上いた騎士らは光線により薙ぎ払われている。


 逃げ出そうとするものも、声を上げる暇すらなく滅される。

 光線が曇天の空を割り、神の祝福めいた陽光を大地に齎す。

 幻想的な光景とは裏腹に、その加護を受けるべき使徒達は祈りの間すら与えられなかった。


 後方、遠方に見える都市の城塞を乱反射する光線が焼き貫いた。

 完全に流れ弾だが、仕方ない。この魔法は元より大人数を滅する為のモノ。運が無かった。

 

「中々の威力だな、悪くない」


 齎された結果に満足していると、熱が揺らぐ大地より数人の影が立ち上がる。

 

「驚いたな、まさか五体満足で生きてるなんて」


 信じがたいが、あの魔法を喰らって生きている人間がいたのだ。


 生きていたのは三人。あの時、千里眼越しに目が合った女と、そいつによく似た血縁らしき男。後は俺にごちゃごちゃと喚いてきた騎士団長サマだ。

 姉弟はまだ戦意があるようで、こちらを鋭く睨んでくるが、騎士団長の方はだいぶ不味い感じだ。顔は青いし、恐怖からか股が濡れている。


「ば、化け物……」


「まさか……アルデバランを喰らっているとは」


「姉さん……」


「分かっている――手筈通りに、頼む」


 姉弟らしき二人が顔を見合わせて、何かを覚悟したように頷く。

 

「どうすればいいのだ、こんなもの……」


「ラングレイ騎士団長、逃げるぞ」


「は? し、しかし……」


「逃げると言っているのだ。安心召されよ、アルフレッドが殿となる」


 何やら逃亡の算段をつけているらしい。流石に目の前で堂々とそんなことをされるワケにもいかない。

 

「逃ゲルノ? 逃ゲルノ?」


「ダメダゾ! オイラ達カラハ逃ゲラレナインダゾ!」


「まあ、流石に正面切って逃亡できるとは思われたくないな」


 オル・トロスのコンビと軽口を叩きながら、俺は一歩前へ進み出る。背中から生えたアルデバランの腕が、俺の事を抱きしめたり撫でたりしてくるのを鬱陶しく払いながら、人間達を見据える。

 

「どうやって生き残ったのか、非常に興味深い――が、まあいい。敵は皆殺しだ」


「姉さん、早く!」


 女――というか姉を庇うためか、弟らしき男が剣を抜き放って俺に斬りかかってくる。

 速度、威力、技量――どれも先までの雑兵とは格が違う。


 もしかして勇者ポジのヤツか? 見た目も美形だし、俺の〈星火燎原〉を凌いだりしてたりとそれっぽいな。

 人間にも、こういう強いのはたまにいるとは聞いていたが……

 生かしておくと面倒だな。

 よし、殺そう。

 

「お前みたいなのは生かしとくとヤバそうだ、死んでもらう」


 アルデバランの腕が自律的に障壁を展開し、男の剣を防ぐ。バリアに阻まれ、彼の剣撃は中空で泊まる。

 

「困りますね、それ……はっ!」


 彼は障壁と鍔迫り合う剣に、魔力を込め無理矢理破ろうとしてくる。

 流石にそんなんじゃ壊れんだろう……と思っていたら、ピキピキと罅が入る。

 

「マジかよ」


 このまま壊されるのも癪なので、「腕」に障壁の自壊を命ずる。〈障壁爆破バリアバースト〉という術式だ。展開している防御魔法を炸裂させ、魔力と障壁の欠片で周囲の敵にダメージを与える代物である。


 展開していた障壁が爆発し、男を吹き飛ばす。だが彼は動じることも無く、すぐに受け身をとると反転して斬りかかってくる。

 

「アルフレッド、頼むぞ!」


 気が付いた時には、女と騎士団長はかなり遠くに逃げていた。マジでコイツを犠牲に逃げるつもりか。人の事言えた義理じゃないが、中々酷いな。

 アルフレッドと呼ばれた男は、口角をニヤリと上げると言い放つ。


「任せてください、姉さん。必ず命を果たして見せます」


 感動的なシーンだ。前世の創作物じゃよくあった光景。強大な敵相手に、犠牲を覚悟で残り相対する。

 ああ、実に感動的だ。まさか自分がやられるとは思ってもみなかったが。

 俺もいよいよ悪役が板についてきたな。

 

「でもまあ、態々付き合ってやる義理はない」


 俺は背中を向け走る二人に向かって「腕」を向ける。

 お約束に水を差すようで悪いが、死んでもらおう。逃がすと面倒臭いし。


「させるかっ!」


 男――アルフレッドは魔力を剣に流し、想像もつかないほど俊敏に振るってくる。

 アルデバランの腕はオート操作とマニュアルで分けている。普段はオートで、主に自衛を命じている。敵の攻撃を感知した場合、防御を選択するようになっているのだ。


 いくら喰らっても死なないとはいえ、痛いのは大っ嫌いだし再生にも時間が掛かる。攻撃を受けないのに越したことはないのだ。

 兎も角そのせいか、腕は防御魔法の展開を優先、アルフレッドの攻撃を受け止める。


「畜生、逃げやがったか」


 遂に視認できないほど遠くに逃げた女と騎士団長。これだと追わないと殺せない。でも先にアルフレッドをどうにかしないとな。

 俺は障壁を動かし、鍔迫り合うアルフレッドをゆっくりと押し退ける。

 

「ぐうっ……はああああ!!」


 どうしても正面からやりたいのか、アルフレッドはありったけの膂力と魔力を込めて対抗してくる。

 脳筋かよコイツ。

 もうちょいやりようはあると思うんだがな。

 

「邪魔だ」


 障壁に魔力を注ぎこみ膨張させ、アルフレッドを吹き飛ばす。

 それなりに距離を確保して、俺は障壁を解除、次いで攻撃魔法を放つ。


「やれ、アルデバラン」


 自前の腕を振るうと、呼応するように悪魔の腕が術式を展開する。

 発動したのは元素魔法〈蛇雷撃サーペント・ボルト〉――蛇の如く唸る雷が、地面を這って跳ねるように不規則な動きをし、アルフレッドを追跡する。

 

「くっ、詠唱無しでこれほどの魔法を!」


 悪態を吐きつつも、アルフレッドは雷撃を華麗に避け、踊る様に俺との距離を詰めてくる。

 こっちもそろそろ近接戦闘を混ぜる頃合いだな。


「やるぞ、オル・トロス――〈部分変異・鋭利なる魔爪レイザーエッジ〉」


 キマイラとして備える変異能力、爪を即席錬成し、金属めいた鋭く長いそれへと変える力。自分の手の爪と、アルデバランの腕の爪、両方が長く禍々しく変異する。

 魔術処理された金属ですら容易く切り裂く強度と鋭さを持つ。正真正銘、俺のメインウェポンだ。

 

「行くぞ! はあああああ!!!」


 異形に変じた俺に臆することも無く、一気呵成の咆哮と共に、アルフレッドは回転を掛けた強力な横薙ぎを振るってくる。

 俺はそれを防御、火花と轟音の中圧倒的身体能力に物を言わせ弾き飛ばす。

 当然飛ばされれば体勢が崩れる。そこに掌底の連撃、爪撃を見舞う。


「ぐはっ!」


 腹に数発の拳と鋼鉄の如き蛇共の殴打、両肩を貫くように爪が刺さる。アルフレッドは口からドス黒い血を吐き出し、痛みに喘ぐ。

 爪を抜き、空中に放り出されたアルフレッドを蹴撃を以って打ち上げる。


「ぐあっ!」


 空気すら裂く轟音を伴う蹴りだ。人間に当たれば粉々に砕けてもおかしくない威力だが、アルフレッドは死なずに済んだようだ。

 宙に投げ出されたアルフレッドを追撃すべく、俺は飛び上がる。

 一瞬の溜めの後、中空にいるアルフレッドにかかと落としを見舞い叩き落す。


「っがは!」


 肺から空気を絞り出すような声と共にアルフレッドは地面にめり込む。

 

「死ね、〈火線ファイアボルト〉」


 地面で痛みに呻くアルフレッド向けて、中空より元素魔法を解き放つ。

 初歩的な攻撃魔法だが、俺の魔力とアルデバランの腕を以って発動すれば、爆撃にも匹敵する威力に昇華する。


 空より無数に降り落ちる炎の矢。着弾すれば爆発し燃え盛る魔性の五月雨。朦朧とした様子だったアルフレッドは、はっと目を見開くと転がるように回避する。

 大地を焼き焦がし連鎖的に爆発する轟音が無人の平原に響き渡る。燃ゆる地面を踏みしめ、俺は死に体のアルフレッドを見据えた。

 

「マジでしぶといな。アルデバランより面倒臭いぞコイツ」


「はは、それはっ……光栄だ。かの錬金術師の最高傑作に、そのようにして褒められるとは」


「褒めて無い褒めて無い」


 口元から血を零しながらも、アルフレッドは美形な顔立ちをニヒルな笑いに歪めて言い放つ。

 この感じ、主人公というよりも途中で死ぬカッコイイ脇役系だな。まあここで死ぬんだし、間違ってないだろうが。

 

「というワケで、今度こそ死ね。〈過重圧力オーバー・グラビドン〉」


 エリクシル・ドライヴより錬成された魔力を、時空系統の攻性術式〈過重圧力〉へ変じ放つ。

 黒く歪む超重力のエネルギーが、地面を抉り空間すら捻じ曲げてアルフレッドへ向かう。

 

「くっ、重力魔法か!」


 アルフレッドはボロボロの身体とは思えないほど俊敏に動き、重力波を回避し空いた距離を詰めるべく疾走する。

 

「薙ぎ払え、アルデバラン」


 俺の命令に従い、悪魔の腕は展開する術式を以ってアルフレッドを追うように薙ぐ。

 俺を中心に周囲が抉れ潰れ、円形の窪みが出来上がろうとした頃、次なる術式を放つ。


「仕留めるぞ、〈斥力変異リバース・グラビティ〉」


 指定した領域内の重力法則を改竄、引力を反転させ斥力を以って対象を打ち上げる攻撃魔法。発動地点を指定できるタイプの魔法故、今までの放出系術式とは異なり素早く敵を捉えられる。

 

「なっ!?」


 今まで重力の波に追われていたアルフレッドは、突然の事に反応できずもろに喰らう。

 結果、彼は地面から勢いよく弾き飛ばされる。


「ぐううう!?」


 発動は一瞬だが、それ故に威力は大きい。重力の斥力という有り得ない法則を受け、アルフレッドは堪えるように咆哮する。

 そこは空中。翼持たぬ存在を殺す天然の処刑場。アルフレッドは勇者よろしく超人なので、高い所から落下死したりはしないだろうが――その場所で何かを避けるのは難しい。


「トドメだ、〈鋼楔スチールウェッジ〉」


 空中に打ち上げられたアルフレッドを囲うように、無数の鋼鉄製の小さく鋭い楔が生まれる。


「何っ……!?」


 逃げ場のない空中で放たれる元素魔法。これほど絶望的な光景もあるまい。

 俺は掌を何かを握りつぶすように動かす。それに応じ、アルデバランの腕も同じように振舞う。

 それが合図となり、無数の楔がアルフレッドに殺到する。

 

「死んで……たまるかぁぁぁっ!」


 彼は覚悟の咆哮と共に、空中で身体を捻り剣を振るう。

 ガキィンというけたたましい金属音と火花、肉を抉る生々しい異音。そして吹き出る鮮血。

 流石に死んだだろう……そう思っていたが、肉塊になったハズのアルフレッドは綺麗に着地する。


「マジかよ」


 本日二回目のマジかよだが、本当にマジかよだよ。

 なんで生きてんだよコイツ。キモ過ぎる。

 自分のことを棚に上げて言ってみたが、なるほどこんなことされたら悪魔でも面食らうか。

 どうして生きているのか、その秘密を探るべく観察してみると……そういうことか。


「致命傷となり得る箇所に放たれた楔のみを叩き落し、後の場所はそのまま受けた……空中、そしてあの一瞬でよくそこまで」


「強イ、強イ!」


「マジデ強イニンゲンモイルンダナ! 驚イタゼ!」


「っ……人間だって、やれるんですよ」


 息も絶え絶えなアルフレッドは、身体に突き刺さった楔を抜いて言い放つ。

 驚くべき精神力だ、称賛に値するな。しないけど。

 だがまあ、これだけやれば「テスト」は充分だろう。データの収集もオッケーなハズだ。

 そうだろう? イルシア。


 ――ああ、そうだとも。よくやった、我が最高傑作。後は手早く片づけるといい。


 主人の許可も貰った所で、終わらせるか。


「何度目の正直か知らんが、今度こそ終わりだ――〈部分変異・群集魔眼イービル・アイズ〉」


 変異の為に錬成された魔力が赤い雷光を伴い、空間を叩きつける。

 目を見開くアルフレッドは、更に驚愕する。

 額にギョロリと俺の目と、全く同じに見えるモノが開く。


 それだけでなく、全身に目が生まれる。肩や腹、腕、掌に背中、オルとトロスにすら。

 禍々しい赤い瞳。魔力を秘めた邪眼の数々を前に、アルフレッドは絶望に喘ぐ。


「まさか、それら全て――魔眼、なのか?」


「そうだ。お前らを皆殺しにするだけなら魔法なんぞ使わなくても良かったんだよ」


 魔眼。それは瞳に宿る術式。

 瞳という視覚より情報を得る器官を魔法を放つ為の器へ変えたモノ。

 先天的に持つ人間もいるが、取り分けこの手の異形は殆ど魔物の特権だ。

 

「魔眼は視界内に収めた全て・・に効力を齎す。目を合わせてしまえばより効果を発揮するが――故に、視界を塞いでも無駄だ。こんな風に――」


 俺は掌に開いた魔眼を使う。適当な地面に手を向け、魔眼を発動する。どうやら石化の魔眼だったようで、焼け焦げた地面は燻る炎ごと灰色の石へ変化する。


「なっ!?」


「という事だ、もう諦めろ。抵抗をやめるなら、楽に殺してやらんことも無い」


 ベッタベタなセリフだと我ながら思うが、取り合えず言ってみる。これで諦めてくれるといいんだけど。

 

「折角の申し出だが、断らせてもらおう」


 だ、そうだ。まあ、こういう輩はテンプレにテンプレで返してくる。予想済みではある。

 ならば、殺しに行くしかないな。

 

「そうか、残念だ。焼死、石化、洗脳、魅了、麻痺――好きな死に方を選ぶといい」


 全身に開いた魔眼を作動させ、周囲を滅する。

 石化やら燃焼やら色々な効果が発動し、周囲の環境が変化する。


「視界を塞いで魔眼をレジストしたか。やるな」


 アルフレッドはやはり目を閉じ、魔力を纏って防御したようだ。

 魔眼は視線を合わせると劇的に強く作用する。視線合わせ無しでも効果はあるが、魔力を強固に纏えば完全防御も可能だ。


 しかし、それも無限に続くワケではない。魔力を無理に励起させ続ければ、疲労も尋常よりもずっと溜まる。何より人間という生き物は、殆どの情報を視覚から得ている。無しでは戦えまい。

 と、思っていたのだが――


「あまり舐めないで頂きたい。人間は、人類は――そこまで弱くはないっ!」


 多少動きにキレが無くなったものの、元気いっぱいに突っ込んでくるアルフレッド。

 アレか、達人的なアレだな。目が無くとも戦える~とかいうアレだな。

 クソが、面倒臭いんだよそういうの。

 

「マジで面倒臭いなお前。さっさと死んでくれ」


 魔眼をフルに発動させながら、アルフレッドに応戦する。

 先の戦いで慣れたのか、アルフレッドは俺の複腕による連続攻撃をある程度回避しつつあった。目を使えない状態でよくやる。

 

「オル、トロス。やるぞ」


「ヤルゾー! ヤルゾー!」


「ブッ飛バシテヤル!」


 俺の掛け声に従い、オルとトロスが吠える。

 力を込め、魔力を奔らせ構える。

 俺は複腕とオルとトロスを以って計六本の触腕で神速の如きラッシュを見舞う。

 

「ぐうううう!!」


 アルフレッドは防御に徹し、数秒拮抗するがすぐに瓦解する。体勢が崩れた瞬間に俺は身を引き、力を込め強大な一撃でトドメを刺す――

 

 



 瞬間、アルフレッドが嗤う。





「それを、待っていたんですよ」


 重い一撃を放つには、当然力を込める必要がある。故に、そこには隙が生まれる。

 その僅かな隙が、アルフレッドに攻撃の機会を与えた。

 ありったけの魔力を込めた剣。切っ先が輝き剣の腹に彫られた刻印が浮かび上がる。

 命すら燃やさんとして練り上げた魔力の一撃が、俺の心臓部に突き刺さった。

 

「…………驚いたな」


 口元から血を零しながら、俺は思わず呟いた。


「ルベド、ルベド! イタイ? 大丈夫? 大丈夫?」


「テメェ! ルベドニ何シヤガル!!」


 オルが俺の顔元で心配そうに頭を擦り付けてきて、トロスはアルフレッドに怒りを放つ。

 

「はは……成功、と言えるのでしょうか。兎も角、一矢報いる事は出来たでしょう」


 清々しい笑顔で、アルフレッドはそう言い放つ。正真正銘全ての力を使い果たしたのだろう、彼は剣から手を放して後ろへよろめく。

 

「勝てないとわかっていたような口ぶり……なるほど、確かに一矢報いたとは言えるだろうな」


 俺は心臓に突き刺さった剣を抜き、投げ捨てる。傷口はすぐさま修復され、アルフレッドが決死の思いで負わせたそれは、刹那の内に拭い去られる。

 俺は口に溜まった血を吐き捨て、そしてあることに気が付く。


「お前、もう目を開いて……何故魔眼を見ても何とも……なるほど、お前は」


 俺の言葉にアルフレッドは笑い、魔眼を見据えて言い放つ。


「僕は生まれつき、目が見えません。だからこそ、目以外で世界を知る方法を得なければ、生きることが出来なかった」


 この青年は、生まれつき盲目だったのだ。クリスタルのような瞳には、思えばどこか虚ろな光が宿っているようにも思える。


 最初から目を使っていないのなら、魔眼に作用されないのも理解できる。そして魔眼を使ったという状況を利用するべく、盲目ではないように振舞ったのも、今この瞬間の為か。


 よくもまあ、それだけの事をしたものだ。しかもそれら全ては、俺に一太刀いれる為のモノ。そのために、己が命すら投げ出したのだ。

 

「やっぱり人間は侮れないな。まあ、それもここで終わりだ」


 俺はアルフレッドの頭を掴み、持ち上げる。最期となる彼の表情は、死を前にしてもなお揺らぐことは無かった。

 ぐしゃり、と青年の頭蓋を握り潰し、殺害する。物を言わぬ骸を晒すアルフレッドを投げ捨て、この場の戦全て、錬金術師の怪物が制した。


「……帰るか」


「帰ロ、帰ロ!」


「飯ガ食イタイゼ!」


 俺たちは帰路につく。後に残ったのは焦土となった大地、そして一人の男の無残な死体。その前にあったハズの虐殺は、僅かな血腥さを残して痕跡すら消えていた。

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