第9話 キマイラの怒り

「本当に、これでかの怪物を倒せるのか?」


 アデルニア王国、王都ルーニアス。

 錬金術師が住まう森より、ずっと離れた所にある王都に、ルベドとの戦いに参じた騎士団長、ザック・ラングレイとカーライン・アーチボルトの姿があった。

 王都にあるユグドラス教の聖堂、祭祀場にて密なる会話が広げられていた。


「ああ、必ず滅することが出来るハズだ。そのために、我が弟は犠牲になったのだから。必ず殺さなければならない」


 そう呟くカーラインの瞳には鋭い殺意が宿っていた。血縁を犠牲にしてまで仕掛けたトラップ、確実に起動させねばならない。

 

「何人も死んだ……これで失敗したら聖国の責任を問うことになるぞ」


「大丈夫だ……絶対に、成功させる」


 そういってカーラインは天を仰ぐ。ユグドラス教の伝承を象った意匠のステンドグラスより注ぐ光に目を細め、彼女は祭祀場にいる神官全員に言い放つ。


「儀式を始める。攻撃目標は〈聖遺物〉によって穿たれた楔――詠唱、開始」









 ◇◇◇








「我が最高傑作よ、素晴らしき戦いだったぞ!」


 戻って開口一番、俺は満面の笑みのイルシアに迎えられた。

 

「お気に召したんなら、何よりだよ」


「うむ、うむ! 魔術行使能力、多数の変異――近接戦闘! 全て私の予想以上のデータだった。やはり、ルベド、君はいつも私の想像を超える最高傑作だよ!」


 半ば叫ぶように言い放つイルシア。相も変わらない調子に引きつつ、俺は彼女と共に屋敷に入った。

 俺はイルシアと共に、屋敷の研究室へ行き、一通り軽い検査を受けた。


「いやぁ、全く素晴らしいよ。このデータをもとに、様々な研究が捗りそうだ。勿論、君にも最高の形で還元できそうだ!」


「そうか、機能が増えたり改善されるのはいいことだ」


 そんな風に会話をしていた時だった。

 イルシアがふと、検査のための触診の手を止める。止めたのは左胸――つまり、心臓がある位置。賢者の石が埋め込まれている位置だ。


「おや、君のモノではない魔力が混ざっている……しかも、巧妙に隠されてもいる。これは、一体……」


 そこは先ほどの戦闘で、アルフレッドなる神官剣士に負わされた傷があった場所だ。今はすっかり癒えているハズなのだが、何かあるのだろうか。

 俺は僅かに嫌な予感に襲われた。それが何であるかを言語化するのは難しいが、強いて言うなら、キマイラ故の超常なる直感だろう。

 そしてそれは、正しかった。


「まさか……っつ! 危ないっ!」


 イルシアが俺を突き飛ばした瞬間、凄まじい閃光が視界を焼いた。











 思考が飛んだ。いや、受け入れるのを拒否していたのだ。

 起こるべきではない異常事態に、俺の肉体と賢者の石を制御する人格がバグを起こしたのだ。

 失ったハズの人間らしさ、それが顔を覗かせた故の空白。


 そういったバグが発生すれば、俺に科せられた安全機構が作動する。

 人がましさを滅する為に、自ら望んで得た機能。

 制御人格が異常をきたす――つまり、普通の人間のように、恐怖やら何やらで思考が止まる場合、強制で修正するのだ。


 その安全機構のおかげで、俺は正気に戻った。そうして現実を直視する。


「イルシア、イルシア……ヤダヨウ、ヤダヨウ……」


「イルシア! 目ヲ覚マセ!」


 オルとトロスが倒れたイルシアの元で泣きそうになりながら、懸命に起こそうとしていた。

 俺もイルシアの元へ近づき、彼女を抱き起こす。

 

「……」


 酷い傷だった。腹の辺りを何かで貫かれ、穴が開いている。夥しい出血によって、彼女の白い肌は青白くなりかけていた。


「どうして、庇ったんだ」


 そう、空白だった一瞬――彼女は、天より降り注ぐ閃光から俺を庇った。俺が受けるハズだった攻撃は、イルシアに襲い掛かったのだ。彼女が、庇った事によって。


 何故だ。何故創造主が道具を庇う。お前にとっては、俺なんて出来の良い道具程度なハズだ。庇う意味なんてないのに、なんで……

 再び思考がループする。停滞する思考。焦りが生まれ、また安全機構が作動しようとした時――


 ――大丈夫よ、落ち着いて。


 ――まだ、マスターは死んでいない。だから落ち着くんだ。


 ふと、俺の内より湧いた奇妙な声が精神を落ち着ける。聞いたこともない女の声と、男の声。気が付けば、いつの間に生えていたアルデバランの腕が俺を撫でていた。

 

 ……そうだ、問題無い。落ち着け。イルシアの生命活動は停止していない。まだ、間に合う。

 意志を持っているかのようなアルデバランの腕に、僅かに奇妙なモノを感じつつ感謝して、俺は研究室にある薬棚を探す。

 

「確か、この辺りに……あった」


 試験管に入れられた輝く液体。それもまた有名な錬金術アーティファクト、エリクサーである。

 如何なる傷も病も即座に治癒し、その者に不老の命を与えるという霊薬である。

 俺は試験管を蓋するコルクを抜き、イルシアの口にエリクサーを注ぐ。だが意識が無いせいか、上手く飲み込んでくれない。

 

「クソ……」


 仕方がない……あんまやりたくないが。

 俺はエリクサーを呷り、意識を失ったイルシアに口づけする。口移しだ。


「オイ、ソンナンデイルシア治ルノカ?」


「チューダ! チューダ!」


「っは……見て分かんないのかよ。エリクサーを飲ませてるんだ」


 蛇共に煽られ、思わず顔が熱くなるのを感じる。

 こんなんで時間を無駄にしている場合ではない。俺は口元を乱暴に拭い、イルシアの様子を見る。

 

 ……ダメだ。即座に治癒する効果を持つエリクサーでも、彼女に刻まれた傷を癒すことはできないようだ。

 そもそも、イルシアは俺とは異なる方法で不老不死を達成している。だからこの程度のダメージ、すぐに治るのだが。


 やはり先の閃光、アレに秘密があるのだろう。

 考えられるのは――不死殺し。


 俺やイルシアだけではなく、この世界の魔物にも不死の能力を持つ者はいる。

 分かりやすい例は、ヴァンパイアだ。アレは日光下ではない限り、決して死なないという能力を持つ。


 そんな怪物を殺すのが不死殺しだ。その方法は多岐に渡る。

 ヴァンパイアは分かりやすい。日光の下まで引きずり出すか、心臓に杭を打ち込む。それがヴァンパイアへの不死殺しだ。


 では、不死の錬金術師を殺すには何をすればよいか。

 イルシアに不死を齎している根源を断つ。それが彼女の殺し方だ。

 先ほどの攻撃、アレに彼女の不死能力を無効化する効力があったのだろう。

 エリクサーでも治せないのであればどうしようもない。――というワケでもない。


 ヴァンパイアのような条件付きの不死を殺すのであれば、条件を突けば良い。

 だかイルシアのそれは、最高位の不死化。生きながらにして死なぬという状態。

 故に、それを殺す異能も応じて強く、また代償や準備を求める。

 魔法という異能は、一見万能の力のように見えるが、それらにも物理法則ではない、魔法独自の法則が働いている。

 

「恐らく……不死という概念を断つ、そういった類の術式、或いは武具だろう。能力の実情としては、神殺しに近い」


 一見隙の無い強大な力のように聞こえるが、当然条件や代償もある。イルシアの不死だってこの有り様だ。それを殺す能力にも、弱点はある。

 強力な異能を、ひ弱な人類が用いる場合、得てして準備が必要な場合が多い。生贄やら儀式やら。


 そしてそれは、効果を齎している間、何らかの方法で維持していなければならない。

 今イルシアの傷が治らない、これが不死殺しの異能に作用されているという証左。つまり先の攻撃の術者が、どこかで能力を維持しているのだ。イルシアが死ぬまで。

 

「つまり、イルシアが完全に死ぬ前に、俺が敵を殺せばいい」


 簡単な話だ。そして先ほどの攻撃者は、致命的なミスを犯した。

 俺はこの場に漂う魔力の残滓を見る。それは糸のように彼方へつながっている。攻撃をしてきた術者がいる方向へと。

 

「この魔力、見覚えがある」


 そう、これは……ああ、思い出した。

 

 

 ――穿て、〈核熱砲ニュークリア・カノン〉っ!!


 

 あの時に感じた魔力。アルフレッドの姉たるあの女。千里眼越しに目があった女。彼女が核となって詠唱、攻撃してきた魔力と似ている。


 核熱魔法を撃ってきた時と同じように、どこか遠くで、大人数で儀式をして攻撃してきたのだろう。攻撃に必要な座標は、アルフレッドが最期につけた傷、アレから得たに違いない。


 クソが、全てこのためだったのか。

 だが分かった以上、問題にもならない。すぐに殺してイルシアを治すだけだ。


「楽に死ねると思うなよ、人間」


 俺は魔力の残滓を追うため、イルシアに出来得る限りの延命処置を施す。これで時間は稼げるハズだ。


「オル、トロス。これからイルシアにこんなことをした人間を殺しに行く」


「ソンナヤツガイルノカ。ナラ許サナイゾ!」


「イルシア、イルシア、ボク達ガ守ル!」


「その人間を殺すなり、儀式に必要な楔を壊すなりすればイルシアは助かる。あの女がいる場所を破壊しつくし、人間を皆殺しにする。いいな?」


「ワカッタ、ワカッタ!」


「ゼッテェ殺ス!」


 俺は魔力の残滓を追い、屋敷を飛び出す。

 待っていろ、イルシア。俺がお前の敵を皆殺しにしてくるから。

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