第3話 悪魔とキマイラ

「あ、やばい」


 目の前で女が猛毒によってご逝去したのを見届けた俺は、自身の失態に気が付く。


「一人逃しちまった。クソ」


 森を進んで、アルデバランを探索していた俺だが、人間が踏み入ったことに気が付いた。そこで以前、イルシアに命じられていたことを思い出す。

 

「人間が入ってきたら殺せ、客人が来る場合は事前に連絡が来る故に――だったよな。はぁ……」


 失態だ、間違いない。失態だ。

 対人間戦ということで、じっくりと性能を確かめていたらこの有り様だ。全く……

 創造主に創られたモノとして、一応命令を遂行するプライドはあったのだが――ああ、クソ。

 

「どうしようか……」


「逃ガシタ? 逃ガシタ? イイノ? イイノ?」


「アノヘタレ、生カシテイイノカヨ!?」


「良くない……でもしょうがないだろ、クソ」


 今から追って始末するか……いや、俺の中にある制御機構は「アルデバランの撃破、遺骸の回収」が最重要命令として記憶されている。なら迷うことは無い、引き続きアルデバランを探すのみ。

 

「はあ……もういい、行くぞ」


 騒ぐ蛇たちを落ち着かせた俺は、森の奥へ戻る。〈捕食者の知覚プレデターセンス〉を発動させながら例の怪物を探す。怪物同士の対決を望む、偏執的な主の望みを果たすために。


 ――あれから数時間、森の奥を彷徨う俺はだいぶ飽いていた。


「クソ、どこにいるんだ」


 思わず悪態を吐いてしまうほど、もう何にも出くわしていない。人間にも、魔物にすらだ。

 徒労感が俺を殺しにかかっている。そう感じながら、俺は何度目か分からないほどの〈捕食者の知覚〉を発動させる――すると、


「……おっ?」


 俺の感覚に何かが引っかかる。他の物とは比較にならないほど、強大な魔力と、それを覆う魔力の膜。間違いなく、これがアルデバランだろう。

 

「やーっと見つけたぞ。クソったれ、ようやく戦える」


「戦エル! 戦エル!」


「楽シクナッテ来タゾ!」


 テンションの上がってきた蛇共に後押しされるように、俺は魔力の元へ向かう。

 魔力の源へ向かうと、そこは森の中に出来た広場のようになっていて、結界に覆われていた。


 ふむ……この魔力の波長は、イルシアの物か。

 なら、アイツが実験材料にするために封じて置いたってことか。ご苦労なことだ。


 さて、この結界は俺もよく知っている。よくアイツが実験用の魔物を隔離する時に使うヤツだ。解除の方法も、通り抜ける為の「鍵」も知っている。

 ここは解除――いや、逃がすと困るから通り抜けるだけにするか。


「――開門せよ、秘蹟なる神秘アルカナム


 俺が厳かな口調で詠唱すると、結界に揺らぎが生じる。よし、これで通れるな。

 結界は大抵何かを閉じる為の魔法だ。故、それを通り抜けるには鍵が必要である。術者から認められたモノであると、証明するためだ。


 ちなみに今の詠唱は神秘があーだこーだと、意味があるらしいのだが、一番の理由が「カッコイイから」らしい。イルシアの考えることは分からん。

 

 兎も角、俺は結界の中に踏み入れる。


「――ほう、あの錬金術師が創りし怪物か。よく出来ている――それに、何と素晴らしき魂だ」


 広場の中心にいた何者かが、結界に侵入した俺に喋りかけてくる。

 声の主は、山羊のような顔をしたとんでもない怪物であった。

 俺よりもデカいガタイに、筋骨隆々の身体。背中には翼が生えている。

 所謂、悪魔である。

 んだよ山羊の怪物って。悪魔じゃねえかよ、クソ。


「ああ、欲しい。欲しいぞ、その魂。もう何十年もここで囚われているのだ――腹が減って仕方がない」


 悪魔アルデバランがそう言い放ち、魔力を発露させ戦意をぶつけてくる。


「戦イ! 戦イ!」


「オウ、ヤッテヤンヨ!!」


 オル・トロスのコンビがそう叫び、俺もまた、パラケルススの最高傑作、キマイラとして秘められた戦闘本能が迸る。

 ――先手をとったのは、俺だった。

 

「シッ!」


 鋭く息を吐き、姿勢を低くして突進する。

 悪魔の目の前に躍り出て攻撃すると見せかけて、上へ飛び勢いのままカカト落としを見舞う。


「ハハ、威勢のいい犬だ」


 岩すら容易く砕く一撃は、しかして軽く避けられる。鋭いが故に空気すら切る一撃だが、悪魔の目には遅すぎた。

 

「シネ!」


 トロスが叫び、オルと共に悪魔目掛けて連撃を見舞う。鋼鉄すらも超える強度の鱗を纏う魔蛇の猛攻。幾度も幾度も打ち付けるが、それも容易く避けてくる。クソが。

 

「当タラナイヨ! 当タラナイヨ!」


「コノアホ悪魔! 避ケルナ!!」


「ククク、可愛い蛇さん達、流石にそうはいかないよ」


 軽口を叩く余裕すらある悪魔にイラつく俺たちキマイラだが、次なる悪魔の反撃を以って凍り付く羽目になる。


「今度はこちらの番だね」


 そう言い放った後、悪魔は右手に魔力を収束させ、何かの印を切る。刹那、術式が展開され上空を魔力が覆う。

 

「我が破壊魔法、〈星火燎原ブラスティング・レイ〉――馳走して差し上げよう」


 悪魔の魔力によって、壊滅的な攻撃魔法が顕現した。

 天に収束した魔力が、夥しい熱量を孕んで大地を焼き払う。

 岩すら融解するほどの高熱が結界内を覆いつくし、光線が乱反射する。逃げ場など無い。

 

「――クソが!!」


 その光景に悪態を吐いた瞬間――俺は光の奔流に呑まれた。




 

 

 ――意識が飛んだ。いや、それは錯覚だ。キマイラとしての俺は、肉体の全てを喪失しても意識を失うことはない。かつての人としての残滓が、一時の残影を見せただけに過ぎない。


 損傷した肉体を引きずって、俺は立ち上がる。

 俺の心臓――コアである《賢者の石》が唸る様に魔力を生成し続ける。その魔力を纏って、損傷した肉体の代わりと為す。


 賢者の石を据えて設計されたエリクシル・ドライヴという名の機構は、俺が求めようが求めまいが魔力を無尽蔵に吐き出し続ける。


 それが、俺――〈完成の赤〉を意味する、ルベド・アルス=マグナ。イルシアにとっての黄金錬成。

 故、俺には敗北はない。そも、死ねない身体なのだから。

 

「なん、だと? 何故、どうして動ける?!」


 一帯が焦土と化し、超熱によってガラス化した大地を踏みしめた俺を、悪魔の驚嘆が出迎える。


 顔の半分は焼け焦げ骨を晒す。腕は消し飛び、脚もぐちゃぐちゃだ。尻尾であるオルとトロスも、焼き切れて死んでいる。ああ、さぞ悍ましいだろう。

 だからこそ、相応しいとは思えないだろうか。

 この姿こそ、生まれながらの怪物であると。

 

「ズいブんと……ナめたコトしてクレたナ」


 声帯も焼き切れたのか、錆びた弦楽器のような声しか出ない。そんな肉体を煩わしいと感じ、エリクシル・ドライヴによって供給される魔力を以って、再生を行う。

 全身の火傷も、衝撃によって捻じれた両足も、完治。

 ゴリゴリ、ぐちゃぐちゃといった恐ろしい音を上げながら再生する肉体を引きずって、俺は悪魔の元へ向かう。


「なるほど……確かに、貴様はあの錬金術師の作品のようだな」


 悪魔が初めて明確な敵意をぶつけてくる。それを正面から受け、俺は睨む。


「礼を返さないといけないな、アルデバラン」


「絶対、ブッ殺す! 殺サレタカラ、ブッコロス!」


「痛カッタ! 痛カッタ! デモ、デモ、ルベドハモット痛カッタンダヨ! 痛カッタンダヨ!」


 自己再生によって全身を治癒し、息を吹き返したオルとトロスと共に再び構える。

 一瞬の静寂。交錯する視線。

 再びの戦端を、切って落としたのは悪魔であった。


「死ね。〈雷光閃ライトニングボルト〉」


 突き出した右手から、パチパチと蒼い稲妻が奔り、収束した雷が砲撃の如く解き放たれる。

 人間でも、才覚あるモノならば行使可能という程度の元素魔法だが、悪魔の魔力で放たれるソレは格が違う。


 とてつもないジュール熱が地面を焼き抉り、焦土と化した大地が更に滅却される。直撃すればまたぞろ面倒なコトになる。俺は横に避けて勢いのまま突進する。

 

「この出来損ないのデカコウモリがっ! くたばれ!」


 思いつく限りの罵倒を決めて、俺は右手の爪を鋭利に変異させる。〈部分変異〉というキマイラとしての異能だ。

 悪魔目掛けて爪を振り下ろす――ガキィン!

 だが魔法障壁によって阻まれる。火花が散って衝撃により俺は後方へ弾かれる。


「無駄だ!」


 ご丁寧に、そんなことまで言い放ってくる。んなことは予想済みだ。

 だからやれ、双子の蛇オルトロス


「食ラエ、食ラエ!」


「死ンジマエ!!」


 俺の尾たる二匹の蛇は、悪魔に目掛けて白い霧めいた液体を吐き出す。それが障壁に触れた瞬間、まるで熱したチョコのように溶けて融解する。


「何!?」


 障壁を展開していた悪魔アルデバランは驚愕を露わにして飛び退く。だが一歩遅い。悪魔は触れてしまった。その霧に――

 悪魔の右腕が霧に触れた瞬間、その箇所からドロドロと溶けていく。先の障壁を溶かすように。気化して消滅する。


「グウウウ!? 貴様! 何をした!?」


万能融解液アルカエストだ。悪魔にも効くんだな、安心したよ」


 アルカエスト――所謂、何でも溶かしちゃう液だ。

 錬金術に用いる液体で、最高位錬成にも用いる材料だ。何かに触れた瞬間、それが魔力や霊力として昇華する。


 つまり、何かに触れると魔力として蕩けるのだ。障壁や物質創造の魔法にも作用する強力な錬成物である。

 だが魔力そのものには作用しないので、ちょっとヒヤっとした。


 悪魔は魔力の塊のような存在で、肉体を持たない。

 だが悪魔は、物質界――つまり俺たちが生きるような世界に現れる時、肉体を依り代として持たないと、自分の魔力を消耗してしまう。ので、長時間顕現する時は受肉しないといけないのだ。


 コイツはかなり長い間この世界にいるみたいだったので、まあ効くだろうとは思っていた。ちょいとした賭けだったのだ。


「クッ……このような奥の手があるとは」


 苦々しい表情の悪魔は、無くなった右腕を庇いながら睨みつけてくる。

 万能融解液アルカエストによるダメージはかなり面倒だ。治すのも時間が掛かる。

 俺は右腕が無くなったことによる死角、それをついて立ち回る。

 

「グッ……」


 爪撃、拳、蹴撃――あらゆる攻撃を見舞い続ける。キマイラとしての超越した身体能力から放たれる乱打は、手負いの悪魔を確実に追い詰める。合間合間にも蛇による攻撃が挟まってくる。堪ったモンじゃないだろう。

 

「舐めるな! 〈疾風螺旋ワール・ウィンド〉!」


 それでも悪魔は元素魔法で対抗してくる。鋭い風の刃の竜巻が俺の肉体を切り刻む。


「だぁあ! クソが、いてえんだよ!」

 

 風の刃が俺の肉を裂き、骨を傷つけ、鮮血によって竜巻が赤く染まる。激痛が奔るが、俺の動きが鈍ることはない。人としての残滓が痛みを感じさせてしまうだけだ。キマイラとしての俺に、その程度で怯むだけの人間性はない。

 

 ――ルベド、ルベド、ドウスル? ドウスル?


 オルが思念を通して話しかけてくる。肉体を共有する俺たちは、言葉を介さずとも会話が出来る。

 

 ――万能融解液アルカエストを用意しとけ。仕掛けるぞ。


 ――ヨッシャ! 分カッタゼ、ルベド! アイツブッ殺シテヤロウ!


 トロスの心強い思念を受け、俺は再び悪魔との戦闘に戻る。

 

「――さっさと魂を寄こせ! 大人しく消滅せよ!」


「黙れ、お前こそさっさと死ね。というか俺は死ねないんだよ」


 罵倒の応酬と共に悪魔は魔法を、俺は爪撃を交す。その間にオルとトロスは万能融解液を生成して溜め込む。大量に放出し、一撃で仕留める為だ。

 

「キマイラ風情が! 今度こそ滅してくれるわ!」


 悪魔がそういうと、翼をはためかせて空を飛んだ。


「おま、ズルいぞ!」


「ふふ、翼も持たないゴミクズらしく、地面を這いつくばっているといい――もう一度、我が破壊魔法を見舞ってくれる」


 不味い、またアレが来る。あんなに痛い魔法をもう一回食らうのは御免だ。だがこれはチャンスでもある。あの魔法を使う時、一瞬だが隙が生まれる。収束した万能融解液をぶつけるなら、ここがチャンスだ。

 やるしかない。この結界内に万能融解液を充満させ、悪魔の肉体を溶かしきる。

 

 ――ソレ、大丈夫? 大丈夫? 僕達モ死ンジャウヨ? 死ンジャウヨ?

 

 ――死なば諸共。俺たちは死ぬことは無い。


 ――分カッタゼ、死ヌ時ハ一緒ダ!

 

 ――当たり前だ。俺たちはキマイラ、元より一心同体。行くぞ!


 思念を切り、俺は脚に力と魔力を込め、一気に飛び上がる。


「――何だと!?」


 一瞬だが高度は悪魔をも上回るほどに飛び上がる。俺は広場と悪魔を見下ろし、嗤う。


「やれ、オルトロス!」


 刹那、オルとトロスが溜めた万能融解液を放出し、結界内を白い霧が覆いつくす。


「グアアアアアアア!!?」


 霧の中、悪魔が全身を融解される痛みに吠える。それは俺たちも同じだが、万能融解液を以ってしても賢者の石を破壊することはできない。石がある限り、俺はいくらでも再生する。故に、


「俺たちの、勝ちだ」


 怪物同士の戦いはやはり、怪物の勝利で幕を閉じた。

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