第2話 人間にも容赦なし

「外! 外! キモチイイ! キモチイイ!」


「イイナ、森! 色ンナモノガアルゾ! 気ニナルゾ!」


「お前ら黙れ。ここは魔境とか言われてる森だ、ヤバイ魔物がウロウロしてるんだぞ」


 バカな蛇二匹の首を掴み、強制的に黙らせる。


「イタイ、イタイ! ゴメン、ゴメン!」


「ウルサクシナイカラ、オイラ達ヲ離セ!」


 こうして折檻すると、更に煩くなる。クソ、マジでコイツら……。


「ハァ……もういい、進むぞ」


「ススム、ススム!」


「ドンドンススメ! 皆殺シダ!」


 オルはまだ温和な性格だが、トロスの方はやたら残酷だ。まあ、キマイラのパーツってことを考えると、納得だが。

 兎も角、俺はこの森を進み、例のアルデバランという魔物を殺しに行くことにした。


 生まれてからずっと屋敷に籠っているせいもあってか、俺は初めて見る森の様相に目を奪われていた。

 鬱蒼と茂る木々。見たことも無い植物の数々。見覚えの無い小動物。発見に富んでいて、実に面白い。

 こうして森の様子を楽しんでいるのは俺だけじゃなく、オルとトロスも楽しそうにしている。


「アレナニ!? アレナニ!?」


「見ロ! 角ガ生エタ兎ガイタゾ! アレ美味イノカ!?」


「ルベド、ルベド! アレナニ!? アレナニ!?」


「オイ、ルベド。アノ兎で『リョーリ』ッテヤツ作レ! 食ワセロ!」


「お前ら黙れ。うっさいぞ」


 俺が注意しても、この蛇共は一切黙る様子を見せない。どころかもっと煩くなる。ウザすぎる。

 頭が痛くなってきた。これさっきも言ったな。

 

「お前ら、そろそろアルデバランとかいう魔物を探すぞ。この森のどこかにいるらしいからな」


 そう、あくまでも目的はアルデバランの捜索、及び討伐。そいつの死骸を持って帰らないといけないのだ。

 流石に俺も、この森をあてもなく彷徨うワケにはいかない。ので、俺は創造主から授かった有難い力を使うことにした。

 

捕食者の知覚プレデターセンス


 俺がキマイラとして備える能力の一つ。周囲に微弱な魔力を波のように飛ばし、敵を察知する。どれくらい強いのかも、そいつが保有する魔力で何となくわかる。


 ブワリ、と俺の魔力が森に行き渡る。………少なくとも、周囲500メートルにはいないな。雑魚魔物や動物の気配はするが、アルデバランは大物らしいし、こんなカスみたいな魔力じゃないだろう。

 

「まあ、気長にいくか」


「気長、気長!」


「ユッタリ行コウゼ!」


 ホントに分かってるのか?

 一抹の不安を抱きつつ、俺は森を進むことにした。








 ◇◇◇








 アルデバランの深森しんりん

 強大な山羊の「悪魔」アルデバランが棲み、更には悪逆無道たる錬金術師、パラケルススが潜むという魔境。

 

「薄気味悪い……仕事とはいえ、こんなところは御免だわ」


 調査隊の一人、マリアは呟いた。

 彼女らがこんな魔境にいるのには理由がある。

 マリア達調査隊はアデルニア王国に所属する騎士である。この王国には、古くより強大な魔物、アルデバランが棲みついている森がある。しかも数十年前から、その森に指名手配犯、パラケルススが逃げ込んだ。


 だからこそ、定期的にその場所を調査する。異変を察知して、素早く動くためにも。

 とはいえ、異変が起きたのは数年も前で、その時は縄張り争いに負けた魔物の群が森から出てくるというだけ――十分問題だが、悪魔や錬金術師が暴れるよりマシ――だったので、そこまで不味いことは起きないだろう……というのが総意であった。


 故、調査に赴くのは外れくじの仕事であり、ここにいる騎士達は、その厄介事を押し付けられた哀れな者でもある。

 

「何か寒くねこの森」


「邪な魔力が漂っている。悪魔が棲んでる故だ」


「……あの、もう帰らないっすか? 十分じゃないっすかね? 調査したし、帰りましょうよ」


「そりゃ、アタシだって帰りたいわよ。でもこの任務、手を抜くワケにはいかない……何せここに異常があったら、困るのはアタシ達の国なんだから。後で何かあった時、大目玉食らうのはアタシ達なんだからね」


「うう……そりゃそうっすけど……」


「文句言うなグエン。俺らだって嫌だよ」


「左様。悪魔や邪な錬金術師が住まう森に長居したいと思う者はいない」


「そう、そうなのよ……だからさっさと済ませるわよ。森の中層まで入り、魔力濃度や動植物が以前と変化しているか。後は悪魔の痕跡や錬金術師が手掛けた兵器が無いか。奥まで入り込んだらアタシ達、死んじゃうから気を付けないとね」


 この森は表層、中層、深層に領域が区切られている。

 表層は特に問題ない普通の森だが、中層からは木々が深くなり、霧も出る。しかし錬金術師や悪魔がここまで来るのは稀だ。故、彼らの痕跡があった場合は一大事ということになる。深層は言わずもがな、危険領域である。


 それは兎も角、マリアが纏めると一同は頷き表情を引き締める。こうした危険地帯に送られるだけあって、全員それなりに優秀である。

 

「みんな、気を付けてね。互いをカバーできる位置をとり、死角を作らないように進むよ」


 マリアの言葉に全員頷き、アルデバランの深森を慎重に進む。警戒に警戒を重ねても油断ならないのがこの魔境なのだ。そこまで危険ではない中層領域までしか進まぬとは言え、油断しないのは悪いことじゃない。


 暫く深森を進み、一行は疎らだった木々が密集し始め、霧が濃くなってきたのを見て、中層へ入ったことを確信した。

 

「さて、みんな。周辺の植生や動物、魔物の数や種類が変わっているかどうかを調べるわよ。グエンとカイルは周囲の調査、アタシとウィドは、魔力濃度の調査を行う」


 マリアがそういうと、一同は頷き行動に移す。

 周囲を調べ、動物や植物の状況を調査するのは騎士グエンとカイルだ。グエンは臆病であるが、故に危機察知能力に優れる。そして軽口を叩きがちなカイル、だが戦闘の腕は一流だ。


 マリアのペア、ウィドは口数の少ない巨漢だ。強面な見た目とは裏腹に、優秀な魔導師である。そしてマリアも魔導師で、一行のリーダーである。


「さぁて……魔力濃度を調べないと。場所も変えて複数回……」


「うむ……」


 マリアは周囲の魔力を調べる魔法を詠唱する。ウィドも離れた場所で同じ術を使う。

 

「……問題無しか」


「――こちらも問題無い」


「そう、なら別の場所で――」


 測定しよう。マリアがウィドにそう声を掛ける――その時だった。

 

「うわぁぁぁぁ!?」


 グエンの悲痛で、静寂を裂くような絶叫が深森に響き渡る。

 

「何事!?」


「……彼らの下へ向かおう」


 異変を察知したマリアらはすぐに悲鳴の源へ向かう。近場で生態調査を行っていたグエン達の下へ駆けつける。――そうして、凄惨な光景を目にした。


「っ……!?」

 

「ひっ!? そんな、カイル……」


 まずマリアらが目にしたのは、喉笛を喰いちぎられ、夥しい出血をして倒れているカイルの姿。


「ひゅー、ひゅー」


 喘鳴めいた音がする。辛うじて生きてはいるが、このままでは死ぬ。

 ……マリアは戦闘や調査に長けた魔導師。ここまでの重傷を回復させる治療魔法の心得はない。またそれはウィドも同じ。

 つまり、自分達はここで――この騎士を見捨てなければならない。

 

「グエン、グエン! 逃げるわよ!」


 恐怖で自失しているグエンにマリアは平手打ちを食らわせ、正気付ける。

 不味い。

 背中を焼くような焦燥がマリアを支配する。


 カイルに対処できない存在など、明らかに深層クラスの怪物の仕業。つまり、忌々しい錬金術師の怪物か、悪魔アルデバランが現れた事を意味する。

 中層に現れたということは、間違いなく歴史的な事件になる。ついにアルデバランの深森の化け物共が動き出したのだ。


「クソッ!! どうしてアタシ達の代で動くのさ!」


 悪態を吐きつつ、グエンを助け起こす。


「逃げるわよみんな!」


「うむ! さぁ、早く――」


 ウィドが出口に続く道を先行して案内しようとした瞬間、


「じにだぐなぁいぃぃ!!」


 涙で顔面をぐちゃぐちゃにしたグエンが、一人で走り去る。制止しようとしたが遅かった。マリアの腕を振り切って走り去る。

 

「待ちなさいグエン! クソっ!」


 走り去った跡を呆然として眺め、すぐに正気に戻ったマリア達は自分らも逃げるために歩き出す――

  

 ――瞬間、「それ」は現れた。


「なっ……!?」


「こ、こやつは……」


 不吉な森の影より現れた、更なる凶兆の権化。

 

「――侵入者か。面倒な……」


 それは、普通の青年のような声で喋り始めた。


 容姿は亜人、それも獣人のそれのハズなのに――明らかに人外の雰囲気がある。

 巨漢のウィドよりも更に大きい巨躯に、筋骨隆々で精緻に整った肉体。

 森に溶け込むような、不気味で恐ろしく、同時に美しい漆黒の毛皮。

 雷雲を思わせる長い黒曜石のタテガミ。


 凛々しく恐ろしい狼の顔をしたそれは、超自然的に輝く紅い瞳を向けていた。

 身に纏った戦神の装束めいたモノは、錬金術師が手掛けた魔装だろう。

 何より獣人ならばあるべき尻尾は尋常のモノではなく、二匹の銀の蛇になっていた。


 その蛇共はこちらを睥睨している。よく見れば、片方の蛇は血で濡れている。カイルを殺したのは――


「おいトロス、そんなもの食うな。腹壊すぞ、俺が」


「チッ、分カッタヨ。ペッペ!」


 トロスと呼ばれた片割れの蛇は、口から肉片と血を吐き出した。言うまでもなく、カイルの物だろう。

 異様な光景と、もっと異常な怪物。漂う鉄錆のような血煙の香りと共に、生々しいほどに現実が押し寄せてくる。

 

「――っ。うぃ、ウィド……」


「分かっているっ……」


 震える声で、唯一残った同僚の名を呼ぶ。その同僚も、額から冷や汗を流していた。

 

 間違いない――この怪物こそ、錬金術師イルシア・ヴァン・パラケルススの手掛けた作品。

 

 怪物は酷く冷徹な視線を投げた後、無表情ながら気怠そうな雰囲気で頭を掻いた。

 

「アルデバランをさっさと殺さないといけないのに、余計な仕事を増やしやがって……」


 マリアは絶句した。聞き捨てならない独り言を聞いたからだ。

 

(錬金術師の怪物が、悪魔アルデバランを殺す? まさか……一体何を考えているの?)


 悪魔を錬金術の材料にでもするのだろうか。だとしたら、一体どんな怪物や恐るべき兵器が生まれるのだろうか。彼の錬金術師は、自らを追放した世界に復讐の戦争でも仕掛けるつもりなのだろうか?


 想像するだに、悍ましい考えが浮かぶ。

 どうにかして阻止しなければという使命感も浮かぶが、この怪物の視線に晒されていることを思い出しただけで、なけなしの決意は露の如く消え去ってしまう。


「ルベド、ルベド! コロス? コロス?」


「当タリ前ダロ、オルハ馬鹿ナヤツダ! ニンゲンハ皆殺シニ決マッテルダロ!」


 ルベドと呼ばれた怪物の尻尾、二匹の蛇は可愛らしい声で恐ろしい事を口々に言い放つ。

 思わずマリアとウィドはジリジリと後退していくが、そんな彼らを歯牙にもかけない態度。圧倒的な上位者だった。

 

「あー、煩いぞお前ら。ったく……どうしてこんな風に創ったんだ。さて――」


 騒ぐ二匹の蛇を窘めたルベドが、先と同じ無表情――しかし鋭い処刑者の如き目で睨む。


「この森に許しなく侵入して、かつ俺に見つかったんだ。どうなるかは分かるだろう」


「……っ。あ、アタシ達はアデルニア王国所属の騎士です! このアルデバランの深森には、生態調査を行うために侵入したのです! 貴方達に危害を加えるつもりはありません」


 どうにか生き残らないと――焦燥する思考の中で、マリアは言いくるめようと言い募る。

 だが、それでもルベドの瞳は冷たい。紅という色の印象とは裏腹に、まるで氷の刃のような光。恐ろしいほど動かない表情も相まって、言の葉を紡ごうとしてもドンドン追い詰められていく。


 冷や汗でじっとりと背が濡れる。恐怖で舌が絡まり、思考が凍り付いていく。

 そんないじましい人間を見て、ルベドという狼の怪物は嘆息を一つ。


「――どうした、もう言い訳は終わりか?」


 地面が崩れるような絶望がマリアに襲い掛かった。彼の怪物は初めから信じていなかったのだ。

 

「……っ」


 言葉に詰まり、一歩後ずさるマリアを見てまたしても嘆息するルベド。

 

「終わりなら、さっさと殺すが」


「逃げろマリアっ!」


 ウィドが言い放ち、マリアの前に躍り出る。彼はすぐさま剣指を立て印を結び、魔力を励起させ術式を構築する。

 

「――風霊集いて、此方を飛ばし掃え!」


 詠唱を紡ぎ、疾風がウィドの手に集う。その様子を見て、もはや自分が出来る事などないと悟ったマリア。故に背中を向けて、先のグエンのように無様に走り去った。

 信じてもいない神に祈り、マリアは走る。――後方から魔法の突風が吹き荒れる轟音が響く。もしかしたら、あの怪物を倒してくれたのかもしれない。

 

 ――淡い希望に負けて、振り返りそうになる。そんな自分を叱咤して走る。それは正しかった。


「やめろっ! 放せ! ば、化け物め!」


 ウィドの絶叫が響く。怪物へのなけなしの罵倒は、すぐに言語化不可能な叫びに変わり、やがて何かが軋むような音が聞こえた。めりめり、というような。

 どうしてそんな音がしたのか、マリアは考えるのをやめて走る。――もうウィドの声は聞こえなくなっていた。


 ――後ろから凄まじい勢いでナニカが近づいてくる気配がする。マリアは走る。ひたすら走る。それでも気配は遠ざからない。寧ろ近づいてくる。


 かつてないほどの速度で走る。生存本能を刺激された肉体は、マリアに疾風の如き素早さを与えてくれた。

 されど、現実は無常であった。

 そも、人間が化け物に勝てる道理など無いのだから。

 

「――いいぃぎ!?」


 突如、喉元に鋭い痛みが奔る。何事かと立ち止まり、首を見てみると、そこには――銀色の蛇が嚙みついていた。

 首筋から血液が数条の線となって流れる。それを知覚した瞬間、


「あっ……」


 突然、頭が重くなる。まるで脳みそに鉄塊でも詰め込まれたかのようだ。

 次に、全身が弛緩する。脳の重さが身体中に広がり、力が入らなくなる。やがて視界も暗く、色を失っていく。

 そうした時、ようやく気が付いた。

 

 ――自分はここで、死ぬのだと。

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