第4話 決着と夢

 焦土と化し、あらゆる生命を否定する空間となった場所に、紅く脈動する不吉な宝石が転がっている。その前には魂だけになった悪魔が痛みに呻いていた。

 

「じ、自爆だと?」


 悪魔アルデバランは、何もかもが消滅した空間を睨んで、呆然と呟いた。

 

「クソ……なんて奴だ。自分諸共溶かすとは……」


 受肉によって得た肉体は兎も角、損耗した魔力のせいで魂にまで傷が入っている。癒すには数十年単位の時間か、上質な魂を多数喰らう必要があるだろう。

 その事を考えると憂鬱になる。

 だが――それは杞憂に終わる。

 

「っつ!?」

 

 突如、地面に転がった宝石が蠢き、魔力を狂ったように吐き出す。

 赤い雷光が空間を叩き、無から肉と骨と血が出現する。それが形を成し、再びあのキマイラが息を吹き返す。

 

「バカな……」


 信じられない光景だ。ここまでの不死性は、それこそ悪魔でもなければ有り得ない。

 絶句する悪魔の目の前で、一糸纏わぬ姿を鬱陶しそうにするキマイラは言い放った。


「言ったハズだ、俺は死ねないと」


「不死身ナンダゾ!」


「ボク達、サイキョー、サイキョー!」


 悪魔よりもよっぽど悪魔らしい怪物に、当の悪魔アルデバランは初めて恐怖を感じた。

 生まれてからずっと上位者だったアルデバランが、恐怖しているのだ。

 思えば、この森に囚われてから既におかしかったのだ。


 森を拠点に、近場の国の人間から魂を得る。そんな生活をしていたら、あの錬金術師に封印された。

 如何なる目的だったのか――なるほど今日この日に、己が手掛けた作品に倒させるためだったのか。

 納得した瞬間、キマイラが悪魔に近づく。

 

「お前を連れて帰らないといけない。俺の新たなる力として、イルシアに改造してもらわんとな」








 ◇◇◇








「ああ、我が最高傑作! 素晴らしい初陣だったよ!」


 屋敷に戻るなり、俺は頬を赤らめ涙目になったイルシアに迎えられた。


「可哀そうに、あんな酷い目に遭って……大丈夫かい? 傷は痛むかい? どこか違和感があったり、気分が悪かったりしたら言うんだぞ」


「問題ない、イルシア。自動再生オートリカバリーは異常なく作動していた」


「そうかっ……! なら良かったよ」


 全裸の俺をペタペタと触り、やがて異常がないと確認すると、彼女は本当に安心した表情で笑った。

 一介の道具であるハズの俺に、イルシアは家族の如き感情を向けてくる。

 普段はバカやったり、無茶苦茶なことを迫ってきたりするが、こうして接せられると悪くない気分だ。


 コイツはボッチだからな。俺が死んだら――有り得ないだろうが――このアホを一人残すことになる。

 それは不味い。整理整頓、家事全般、その他諸々、コイツは何もできないのだ。

 コイツは俺が面倒を見ないといけないな……改めて、そう感じた。


 何より、誰かに想われるというのは、悪くない。


 世界は彼女の敵だ。だから、そんな錬金術師に創られ、救われた俺だけはコイツの味方でないといけない。

 例えそれが、何を犠牲にすることになっても。何を蹂躙することになっても。

  

 俺だけは、お前の味方だ。

 

「ああ……私が創った装束も消えてしまった。今度は魔装式にして、いつでも再構築して纏えるようにしよう。裸は堪えるだろうし」


「いや別に……まあ嫌っちゃ嫌だが。俺、性別とか無いし」


「それはそうだが……んん、この話はまた今度。君の改造を行う時に、今のアイデアを組み込んでおく。さて、アルデバランの討伐ご苦労だった。早速君にアルデバランの因子を組み込み、変異を行えるようにする」


 研究室に移動した俺たちは、早速改造に勤しむことにした。


 キマイラという存在は、通常錬成された瞬間から完成された生物だ。

 しかし俺は、際限なく成長するキマイラとして、新たな因子を受け入れるだけの器を確保して設計されている。

 故に、アルデバランの因子を組み込んで、変異を行えるように改造をするのだ。

 

「さて、疲れた事だろうし、君には一度フラスコの中で休眠してもらう。改造はその間に済ませよう」


 イルシアが微笑みながら、不気味な研究室の中で言った。俺とイルシアの前には、大きな培養槽があった。中は青く輝く高密度魔力液に満たされている。

 SFモノで化け物が培養されているヤツだ。まあ実際、化け物培養してるんだけどね。


 俺はこの中で生まれ、また改造や調整を行う際の施術台にもなる。

 この中でのみ、俺は意識を手放し眠ることが出来る。まあ、別に眠りたいと思うことはないのだが。

 意識が無い方が、施術するのに都合がよいというだけである。

 

「分かった。だがすぐに起こせよ? 前みたいに三十年後とかは困るからな。お前、俺がいないと飯も作れん社会不適合者だし」


「しゃ、社会不適合者……!?」


「イルシア、ダメダメ! ダメダメ!」


「ソウソウ! イルシア、ルベド無シダト何モ出来ナイカラナ!」


「うう……くっ、まあいい。その話は兎も角、勿論すぐに起こすとも。だから早くフラスコの中に入るんだ」


 急かすイルシアはフラスコの中の魔力液を排出し、ガラスを開く。せっかちなヤツだ。

 俺にとってはベッドや故郷にも似たフラスコである。中に満たされている高密度魔力液は、様々な魔法処理が施されている。


 フラスコの中に入った俺は、閉じるガラス越しにイルシアの微笑む顔を見る。ちゃんとこの女が笑えている事に安心していると、魔力液がフラスコの中に注がれる。

 温かな魔力に包まれ、俺は心地よく意識を手放した。








 ――眠る中、夢を見た。自分が創られた時の夢だ。








 死を知覚して、目が覚めた時、俺は青い培養液の中でガラス越しに、不気味で雑然とした研究室を眺めていた。

 ここはどこだ……そう思って、ガラスに触れる。すると自分の手が以前のモノとは違うことに気づいた。黒い毛に覆われ、鋭い爪の生えた獣のような手だった。


 それに疑問を抱く間もなく、次の変化に気が付く。ガラスに映る己の姿。それは狼の怪物だった。黒い毛皮で、漆黒のタテガミを持ち、紅く禍々しい瞳をした怪物。

 そうして気が付いた。自分は死んで、生まれ変わったのだと。

 

 

 ……フラスコの中で揺蕩う生活が長く続いた。少し暇だが、意外と悪くない。

 ここは快適だし、眠りたいと思うとすぐに心地良い眠りにつける。この身体は腹も減らないし、怠惰で過ごすにはもってこいだった。


 でもやっぱ退屈だ。なので、俺はフラスコから見える光景を眺めて暇をつぶすことにした。

 外に見えるのは雑然とした研究室。それこそ悪の科学者がいるような場所だ。なら、俺は悪の科学者に創られた怪物か。


 そして外には、例の研究者――つまり俺を創ったりなんなりしたヤツらしきモノもいた。

 長い銀髪を流し、鋭く美しい碧眼で俺を覗き、眼鏡を掛け白衣を纏う美女。

 その女はフラスコに触れ、愛おしそうにガラスを撫でる。その奥の俺を愛撫するように。

 

「ああ……私の最高傑作、ルベド・アルス=マグナ。もうすぐ、もうすぐに出してあげるからね。だからもう少しだけ、窮屈な思いをしてもらうことになるけど……不甲斐ない私を許してくれ」


 女は麗しい声音でそう語り掛けてくる。その様子は本当に愛おしそうで――幸せそうだった。

 そんな顔を向けられると困る。俺はそんな人間じゃないのに。

 でも……悪くないのは確かだ。

 自分の創造主――この女と、言葉を交わしてみたいと思ってしまう。

 だから俺も、彼女に応える。


「――っ! ああ、ルベド……すぐに、もうすぐだから」


 俺はガラスに触れる彼女の手を触れ返す。フラスコ越しに触れあう二人の手。

 異形で大きな俺の手と、細く白い彼女の手。それは錬金術師と怪物の、最初の契約であった。








 ◇◇◇








 青く揺らぐ高密度魔力液に満たされたフラスコの中に浮かぶ、自らの最高傑作。心地良さそうに眠る彼をガラス越しに撫で、イルシアは熱い溜息をついた。


「ルベド……愛しき我が作品。なんて強く、なんて美しい」


 魔力液の中で揺蕩う作品を見て、イルシアは笑った。

 賢者の石を核とした、究極の生命体。

 この石を完成させるまでに、どれほどの時を、そして犠牲を支払った事だろうか。


 石には遺伝子情報が刻まれ、バックアップをしているため幾らでも再生が出来る。数多の因子を受け入れられるだけの容量を持つ物質は、この世でも「石」以外にはありえない。


 そして、石を統べる魂――それこそが、イルシアが求めた素質ある存在。

 異界にも探索の手を伸ばしたことによって得た、最高の魂魄。

 それに、イルシアが手掛けた事による最高の造形美と機能美。

 

 全てが揃ったことによる、至高の傑作。

 

「アルベド、ニグレド……君たちを超え、今至高の赤がここにある。君たちは確かに、彼の中に流れているんだ……だから、ゆめ忘れないでほしい。不甲斐ない創造主を、呪い続ける事を」








 ◇◇◇








 アデルニア王国首都、王都ルーニアス。

 この星、ライデルにある大陸ガイアの中でも、肥沃な東方地域を擁する国家。数度の王朝変化を経験し、長き歴史の中戦争も経た大国の一つである。


 そんな王国だが、とある理由により他の大国からは攻撃されたことはない。歴史の中で、この国を攻めて来たのは周囲の小国家である。

 その理由はアルデバランの深森である。


 数百年前、ライデルに出現して暴虐の限りを尽くした悪魔アルデバラン。当時の聖国アズガルドが主となり、少なくない犠牲を支払って肉体を滅ぼした。


 しかしその魂を砕くには至らず、結果として悪魔はアデルニア王国辺境にある森に落ち延び、再起した。

 森に潜んだ悪魔は、損耗を癒し、再び暴れだすのを待っていた。その対策を世界が考えていた時である。


 悪魔よりももっと恐ろしい最悪の存在。かつて、西方地域およぴ北方を支配していた帝国を滅ぼし、恐るべき「作品」を世界にバラまいた狂気の錬金術師。幾度となく世界の国々と戦い、聖国の刺客すらも返り討ちにしてきた存在。


 彼女の名は、イルシア・ヴァン・パラケルスス。悪名高い犯罪者であり、不老の命を持つ故に世界を震撼させ続ける怪物。

 一方では錬金術の祖とも呼ばれ、この世界にある錬金術の技法などは全て、彼女の研究が元となっているとまで言われている。

 

 そんな錬金術師が、アルデバランの棲む森に居を移した。理由は不明だが、何故かその時を境に悪魔は大人しくなったという。

 錬金術師が悪魔を従えた。いや、悪魔に殺された。そんな根も葉もない推論が飛ぶ中、森を領土に持つアデルニア王国は監視の役目を担わざるを得なくなった。

 

 爆弾を抱えたが故に、大国は恐れて手を出さない。それどころか、この大陸で覇権を争う二大国家の一つ、聖国の協力を得られたのだ。

 多少の不安と引き換えに、彼の王国は安寧を手にしたのだ。――今日、この日までは。





「錬金術師の怪物……だと?」


 アデルニア王国騎士団団長、ザック・ラングレイは驚愕し、絶望した。

 何かの間違いだと信じ、聞き返す。


「本当に、かの錬金術師の産物がお前達を全滅させたのか?」


 ザックの目の前には、ぷるぷると震える一人の騎士がいた。彼は騎士団に所属する者の一人で、先日の調査隊に選ばれた騎士グエンである。

 

「うう……そうです。森を調査していて、嫌な予感がしたんです。だからカイルさんの後ろにいたら――か、カイルさんがいきなり殺されて……み、見たんです。森の暗がりにいたあの怪物を。赤い目をした、狼の獣人と蛇のキマイラを! アレは錬金術師の怪物です! 動き出したんです、あの怪物が!! だから俺、に、逃げてきて、みんなを、見捨てて……だから……」


 震えた声音で語るグエンの様子は今にも死にそうなほど蒼褪めていて、それ故に迫るものを感じる。彼の様子を見た者は、語る内容が真実であるように感じてしまうだろう。

 いや、現実逃避はやめよう。間違いなく動き出したのだろうから。


 そんなザックの考えは正しかった。隣に立った一人の女が、コクリと頷く。


「確かに、かのアルデバランの深森で強力な魔力反応を検知しました。あの森の深層を平素より覆っている魔力の霧をも上回るほどの大魔力です。明らかな異常事態――教区長として、戦線を築くことを進言します」


 聖国アズガルドの国教にして、世界最大の宗教、ユグドラス教の大司教が放った言葉に動揺が奔る。

 錬金術師との戦争になるかもしれないのだ。恐れて当然だ。

 

「騎士グエン、お前の判断は間違っていない。寧ろよく知らせてくれた。失った三人の為にも、この情報は生かさねばならぬ。すぐに協議を行う。大司教、貴女にも出席して貰いたい」


「勿論です、騎士団長」


 こうしてアデルニア王国は、対錬金術師へと動き始めた。

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