第5話 一日だけのエリーゼ診療所開店です。

「それでは、こちらをお使いください」


 そう案内されたのは冒険者ギルド内の一角。

 小さな木造りのテーブルと、木造りの椅子が二つ。

 その一つに私は腰を下ろして、腰まで伸ばしていた黄金色の髪を後ろに一つにポニテ―ルに纏める。


「エリーゼ様、一体なにを?」

「実は、さっき冒険者ギルドの受付の方から伺ったのですけど、治療する時には、身分を証明するモノが必要だって言われて、これを渡されたの」


 私は羽ペンと、縦10センチ、横20センチほどの板をウルリカに見せる。


「なるほど……それに、どのようなことをするのか書くという感じですね」

「ええ、そうね。とりあえず、それらしい事を書こうと思うの」


 私は木の板に、『エリーゼ診療所』と書いて首から下げる。

 しばらく椅子に座って待っていると、絹の服を来た恰幅の良い男性が、対面の椅子へと座った。


「おたくか? 回復魔法を使えるっていう冒険者は――」

「はい! どのような事でお困りですか?」

「そうだな。実は、最近――、体の調子が悪くてな何とかしてほしいんだ」

「体調ですか」


 ――ということは全体的に直せばいいのかしら?


「分かりました!」

「それじゃ具体的に何が悪いのか……「痛いの痛いの飛んでけー」――え?」


 私が男性の手に触れながら魔法を発動させる。

 すると目の前の男性の体が光に包まれると同時に黒い靄のようなモノが霧散していく。


「そんなモノで治るはずが! ――ん? 体が軽いぞ? どうなっているんだ?」

「回復魔法をかけました。これで体の悪い部分は無くなったと思います」

「…………」


 私の詳しい説明に、目の前の恰幅の良い男性は、私の横に立っているメイド姿のウルリカの方へと視線を向けた。


「エリーゼ様の仰れた通りです。もう完治致しました」

「――そ、そうなのか……。普通とは大分違うのだな……」

「独学ですので」

「な、なるほど……」


 私の回復魔法は、物心ついた時に精霊さんに教えてもらったもの。

 なので、他の回復魔法の使い手の方とは少し勝手が違ったりする。

 触媒とか、そういうのは必要ないので、ほとんどコストなしで使えたりするので、時々、お城とかに呼ばれて隣国の王族や貴族の方を治癒していた。


「それじゃ、これは治療代金だ」

 

 男性がテーブルの上に置いたのは金貨。


「――あ、あの!」


 多すぎる。

 一般の方は、一日銅貨2枚で生活していると王妃教育の時に習った。

 金貨とか、銅貨1000枚分の価値がある。

 いくら何でも治療で、そんなにもらえない。


「やっぱり少ないですか」

「多すぎます! こんなに、お金を置いていったら生活が苦しくなりませんか?」

「「――え?」」


 もう二人とも何を呆けた顔をしているのかしら。


「もう。と、とりあえず……銅貨1枚でいいので」


 男性は、コクリと頷くと銅貨を1枚、机の上に置いてくれた。

 私は、二人の顔色を窺いながら、銅貨をサッとスカートのポケットに入れる。

 何か、男性もウルリカも呆気にとられた顔をしているので……。

 ちょっと治療で貰いすぎな感があるけど、私達も旅費がないので、このくらいは許してほしい。

 精霊様、浅ましい私を許してください。

 

「――ほ、本当にいいのか?」

「は、はい! また、何かありましたらご利用くださいね」


 男性は、冒険者ギルドの受付嬢に向かって歩いていき、何か話しているみたい。


「ウルリカ」

「はい。お嬢様」

「私、もしかして法外なお金取ってしまったのかしら?」

「――いえ。お嬢様らしいと思います」


 それって褒めているの? と、私は思った。

 その後は、薬草収集を頼んでいた依頼人だけでなく次から次へとお客さんがやってくる。

 足を折った人。

 戦争で腕を失った人。

 流行り病で視力を失った人。

 たくさん、たくさん怪我人の方が来て、私はせっせと治療していく。

 そして――、銅貨はどんどん増えていき――、大銅貨へ代わり、銀貨になり、金貨になった。


「う、ウルリカ」

「はい」

「私って、もしかして悪徳な治療師なのかしら?」

「くすっ。いえ――。至極、民のことを思った価格だと思います」

「何か褒められている気がしないのだけれど?」

「そんなことはありません。お嬢様らしいと思います」

「もー!」


 治療が終わったのは、冒険者ギルドが閉まる真夜中。

 冒険者ギルドのマスターさんが、もう遅いからとギルド内に泊まって行くようにと部屋を用意してくれた。

 好意に甘える事にして、私とウルリカは一泊してから、周りを冒険者の方々に囲まれて町を後にした。


「あれ? ウルリカ」

「はい」

「何だか人が増えている気がするわ」

「気のせいだと思います」

「そんな事ないと思うのだけど……」 

 



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