第15話『ツッチー、大地に立ってから五年後、初めての来訪者(3)』

腑に落ちない、そんな顔のディードリッヒにオレが説明を続ける。


「そうさ。家の前……いや、家だった場所で人死にされるというのを見て気分がよくなる奴もいないだろ?」

「それはおっしゃる通りかと思いますが」


そもそも人が屋根を突き破って落ちてくることなんてありえないが、ありえてしまった現実があるからこういう会話になっているわけで。


「なんにせよ、魔王様の寛大なお心に、あらためて感謝を」

「はいストップ。それ。気になってたんだけど。魔王ってのは?」

「……ええと。この島は魔王様の領地では?」


ディードリッヒが、おそるおそるたずねてくる。


「領地? うーん。特にどこかに届け出はしていないな。もちろん税金も徴収してないが、家賃も払っていないぞ」

「……ふふふ、面白いお方だ」


真面目に言ったがジョークととられてしまった。


戦女神とやらがここにオレを飛ばしたという事は、領地と思ってもいいのだろうか?


いや、そもそも領地といっても住人がいるわけでもなし。


無人島で所有権を主張するというのはむなしいだけではなかろうか。


いや、浸食支配のコントロール下においているという意味では――。


「領地、というより支配地と言った方がシックリくるな」


なんとなく独り言のつもりで呟いたのだが、それにディードリッヒが反応する。


「……左様ですか。でしたらやはり魔王様とお呼びして間違いないかと。領地、いえ支配地を持たれるような強力な魔人様などは慣例で魔王様とお呼びする事が多いので」

「へー、そうなの?」


初耳だ。


妖精に確認してみる。


「そうね」

「そうか」


オレはいつの間にか魔人(しぼりカス)から魔王にグレードアップしていたらしい。


だが、オレ達にとっちゃだからなんだという話か。


妖精に向かってこれから魔王様と呼べと言っても、はぁ? と呆れられるだけだろう。


というか妖精に魔王様って呼ばれるのは、なんか寂しいからオレもイヤだ。


「それで私は……ゴホッゴホッ……!」


話を再開しようとして、急にむせるディードリッヒ。


一応は魔王様? の前なので、緊張もしているだろう。


それであんな飄々としたトークを繰り出すあたり、肝っ玉が据わってるヤツだ。


「ノドも乾いたろ? 食べ物もそれで良ければ好きに食べてくれ」


あらかじめ用意してあった果実と水を指す。


「ベッドもそんなものしかないが、地面よりはマシだろうし。とりあえず竜が目覚めるまで休んでいるといい」

「重ね重ねありがとうございます。お言葉に甘えまして、今夜はお世話になります」


そうしてディードリッヒは、ベッドの横に生やしておいたテーブルに置いてあった水を一口飲み、果実をかじる。


すると。


「こ、これは……!?」


「……どうした?」


雨水だってバレたかな。


もしくは果実、虫でも食ってたか?


「いえ。なんでもございません。本当にありがとうございます。この御恩は一生……」


なんかえらく重たい言葉をこちらに投げかけながら、残りの果実も残さずたいらげていく。


「なぁ? なんでこのダークエルフさんはあんな驚いてるんだろう?」

「わかんないわよ。あ、もしかして」


ピンときた顔の妖精が、ディードリッヒに問いかける。


「少しは足しになったかしら?」

「足しどころか……これほど充実した感覚は初めてです」


あきらかによくなった顔色でディードリッヒが返事をする。


「これほど魔力の濃い果実など初めて口にいたしました。消耗していたこの身の芯に染み入るようです」


あー。


なるほど。


大地にしみ込んだオレの魔力を吸って成長した果実か。


「ちゃんと恩に着なさいよ! それでいつかちゃんと恩返しに来ること!」


ぺったんこの胸を張って、妖精がふんぞり返る。


それに対しディードリッヒは、うやうやしく頭を下げた。


「もちろんです、レディ。そして魔王様。私にできる事があればなんでも。とはいえ……しがない……駆け出しの商人にできる事など限られておりますが」

「商人なの? 何を扱ってるの?」


オレが聞こうとした事を先回りでまた言われた。出来る子である。


「翼竜一頭とこの身一つが資本ですので、軽い物の輸送や運搬が主です。手紙などをよく取り扱いますが……」


ん?

さきほど妖精に聞いた話からして……それは成り立つのか?


「聞いていいか? ダークエルフというのはあまり好かれていないと聞いた。そういう者に手紙なんてまかせるものなのか?」

「あ、それもそうね?」


妖精も気づいたように、ディードリッヒの答えを待つ。


「ええ。ですから、あまりおおっぴらに出来ない手紙ばかりですね。おかげで代金も弾んでもらえますが……厳しい場所や日時指定も多く、無理難題な注文ばかりです。嵐が来るとわかっていて飛ばざるをえない事もよくあります」


それで落雷を受けて墜落していたら身が持たんな。


「じゃあ、仕事の途中だったか?」

「ええ。ですが、あの落雷ですべての荷を喪失してしまいました。それなりに時間をかけて築いた信用もこれで無くして……ここを出たら、あとは野垂れ死にですかね」


うわぁ。


出ていけって言えなくなったんですけど。


「ね、ねぇ、ツッチー」


いやいや。さっきは怒れって言っていた人が、もう情にほだされてますね。


そんなオレと妖精の雰囲気を感じたのか、ディードリッヒはここぞとばかりにある提案をしてきた。

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