第14話『ツッチー、大地に立ってから五年後、初めての来訪者(2)』

オレは初の来訪者をまじまじと見つめる。


……ふむ。ディードリッヒさんか。


略すとディー……げふんげふん、いかん、いかんぞ、その愛称は。


女性エルフならまだしも、男エルフにこの愛称はダメだ。


オレの美しい思い出にノイズが入る。


「あいかわらずエルフは長い名前が多いわね。なら、あだ名をつけてあげるわ!」


妖精がふんすと鼻息荒くそんな事を言い出した。


「それは光栄です」


それを面白そうに余裕の態度で受け入れるダークエルフ。


「そうねぇ。ディードリッヒなら」


おい、やめろ、やめてよ? ディー〇はダメだぞ?


「リッヒね!」


変化球できたか。


けど、なんか呼びにくくない、それ?


「……そう呼ばれるのは初めてですが。それもまた味わい深いですね」


まぁ普通は前半部分を愛称にしたりするだろうしなぁ。

オレとしては異論はないので傍観だ。


「で、リッヒはなんで落ちてきたの?」


オレがたずねようとした事を妖精が先んじて問いかける。


「お恥ずかしい話ですが、乗騎していた翼竜が……落雷、にあいまして。乗っていた翼竜が気絶して墜落したというわけです」


だから燃えていたのか? 


いやなんか荷が爆発とか言っていたような?


荷物に落雷して爆発したって事か? 可燃物でも積んでいたらそうなるか? よくわからん。


「ふうん? そうなんだ?」


妖精もオレと同じで、細かい事はどうでもよいらしく素直に驚く。


「けど、良く生きてたわね?」


まったくだ。


しかしディードリッヒさんは当然のように。


「ええ。翼竜に乗る者としては、一応、墜落の備えとして衝撃緩衝の魔道具は積んでおりましたので。もっとも本当に墜落して役に立った事など聞いたこともありませんでしたから、お守りのようなものだと思っておりましたが」


肩をすくめるディードリッヒさん。


「お守りとはいえバカにできません。おかけで私は無事でした。本当にあの高さから落ちてよく生きているものだと思いますよ」


こんなファンタジーな世界にも色々と安全装置があるようだ。そのおかげで命を拾ったわけか。


「……私の翼竜はどうなりました?」


半ばあきらめているような顔なので、安心させてやる。


「お家の外よ。すぐそこに閉じ込めてあるけど、まだ気絶したままね。ちょっと焦げてるみたいだけど」

「おお、そうでしたか。彼女とは長いつきあいですからね。無事でよかった」

「あの竜、女の子なんだ? 少なくとも大けがとかはなさそうだったし、良かったわね!」


地面に激突していたら命はなかったかもしれない。


オレの平屋がクッションになったというなら、犠牲になった家具や衣類も浮かばれるというものだ。


さしあたっての状況を理解したディードリッヒさんは、妖精からオレへと視線を移す。


最初に無事かどうかをたずねて以後、一から十まで代わりに妖精がしゃべってくれていたので、オレは置物状態だ。


ダークエルフからすると、なんだこの黒髪のイケメンは、という所だろうか。


イケメンはイケメンを知るというし、いっちょイカした自己紹介でもかましてやるか、などと思っていた所。


受け狙いに走ろうとしていたオレとは真逆に、ダークエルフはそれまであった余裕さなどはなく真剣な表情になっていた。


ありていに言うと死も覚悟している、そんな顔だ。


「それで……私はこの後、どうなるのでしょうか、魔王様」


……魔王様?


様とかつけられるくらい立派なのかオレは?


いや、それ以前にオレは魔王だった?


頭にハテナマークを浮かべているオレと、その様子を見て首をかしげて何かを考えている妖精。


そして妖精はポンと手を叩く。


「ああ、なるほど、そういう事」


どういう事だ、さっぱりわからんぞ。


「ツッチーは知らないだろうけど、魔人ってすごいのよ」


「すごいのか?」


当然! という顔で妖精が得意げに説明を始めた。


「そうよ? 普通は魔人様相手にこんな軽口たたいていたら八つ裂きにされてもおかしくないわ。リッヒの態度って普通なら考えられないくらい無礼なのよ? 突然落ちてきて、ツッチーの家を壊して、家財も衣類もパァにしちゃって。そうよ、ツッチー、完全な被害者じゃないの! もっと怒りなさいよ!」


そういえば、初対面の時の妖精はビビリまくっていたしな。


魔人、イコール、怖い存在。


しかしそれが本当の事だったとして。


「……フフフ」


ほれみれ。


ダークエルフが小声で笑ってるぞ。


妖精があまりにもその魔人様に対して無礼千万な為、すでに迫力も威厳もあったもんじゃない。


どのみち怖い魔人様だか魔王様だかを演じるような、慣れない事をしてもボロを出すのがオチだ。


いらん恥をかくより、最初から素の自分で対応した方がいい。


「ま、そういう事らしい。さて、ディードリッヒさんだったな」

「畏れ多いかと。どうぞ、ディードリッヒとお呼び捨てください」


うーん。


オレって初対面の人をいきなり呼び捨てにできるキャラじゃないんだが……。


先方の事情もあるし、フレンドリーさをアピールするためにも、ここは仕方ないかな?


「では、ディードリッヒ。話の続きだ」

「はい」


改めて名を呼ぶと、ディードリッヒは居住まいを正すようにして、真剣な顔になった。


オレの言葉を聞き漏らすまいと緊張しているディードリッヒに対して、出来る限りフレンドリーな態度を心掛ける。


萎縮する相手と会話するというのは、どうにも苦手だ。


「怖い魔王様は燃えながら降ってきたお客さんをどうこうする気はないよ。家具とか衣類は残念だったけどな。それとこれとは話が別だ。ケガ人をほっとくのも気分が悪い」

「……気分が悪い、ですか」


ディードリッヒが気の抜けた顔になる。


オレ、そこまで変な事を言ったかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る