第13話『ツッチー、大地に立ってから五年後、初めての来訪者』
「誰か倒れてる!」
「お、本当だ、大丈夫なのか、これ?」
あわてて近寄り、その顔を覗き込む。
血や外傷、目立った火傷などは見当たらないが特徴的だったのはその耳だ。
「おお、これはもしや……エルフ?」
長く細い耳。そしてイケメン。
腹立つくらいのイケメン。
サブカルチャーをたしなむ日本人が持つイメージのエルフの姿がそこにあった。
ただし肌は浅黒い。つまりこれは……?
「エルフね。別にそんなに珍しくは……ああ、でもダークエルフは基本的に隠れ住んでるから、見る事は少ないかも」
「ダークエルフ?」
エルフだけでもテンションがあがるのに、ダークエルフときたもんだ。
竜にダークエルフである。
これがダークエルフか。
褐色肌だからダークという分け方なのか? それとも根本的に違う種なのか?
「……ダークエルフ」
あえて言葉にしてみる。
……うむ。
口にしてみたい言葉ランキングでは上位に位置するだろえ単語だけあって、実にいい響きだ。
「……ダーク……エルフ……」
途中で区切ってみる。
良い。実に良い。
なんとなくオレまでファンタジーな人になれた気分になる。
などと独り言で遊んでいると、妖精が不安げにのぞきこんできた。
「ツッチー? その、ダークエルフに何か思う所があるの?」
日頃、快活な妖精がこのような顔をする時は何かしらデリケートな話題な時だ。
つまりこの世界においてダークエルフというのは、あまり良い印象が持たれない種族なのだろうか?
「ダークエルフってね? 邪悪とか汚れた存在みたいに言われるけど、それは人間が勝手に言ってるだけよ?」
「そ、そうなんだ?」
「うん、そうよ」
オレが思いつめた表情をしてと勘違いしているので、いつもの十倍くらい気遣われた声で妖精が言葉を続ける。
ただ単に、ダークエルフ……と呼んでみたかっただけとは言い出せない空気だ。
「だから意味なく嫌わないであげて欲しいの」
「……」
妖精が真剣な顔でオレに、お願い、と言ってくる。
すごく申し訳ない。
何も言えなくなったオレがまだダークエルフを、うとましく思っていると感じたのか、妖精がダークエルフについて教えてくれた。
「ウッドエルフの方は森の民族だから、もともと人間と生活圏が重なってて交流もあったんだけどね。ダークエルフはあまり外に出ないし、数も少なくて。それに魔法が得意だから、たまに争いごとがあると余計にその力で恐れられちゃって。同じ亜人種なのに、ウッドエルフとはずいぶん扱いが違うって聞いたわ」
「そっか。大変なんだな」
「うん、そうみたい」
この言い方と表情からして、妖精はダークエルフに対して好意を持っているっぽい。
オレとしては無駄に争う事も、敵を増やす事にも賛成しかねるので、できれば友情と対話をもって接したい。
だがそれも相手次第だ。
竜に関してはちょっと申し訳ないが、大きめの穴を作り、その上に硬い土でできたドーム状の格子を作って閉じ込めた。
理由? そりゃあ、突然暴れだしたら怖いからだ。
飼主らしきこのダークエルフが先に目覚めればともかく、竜が先に目覚めてオレ達を敵とみなしたら大変な事になる。
一方のダークエルフは懐かしき土ベッドを作り出し、そこに寝かせた。
家もちゃんと建て直し、旧マイホーム跡地から回収できるだけの家具や衣類を運び込んだ。
そろそろ夕方にさしかかろうという時間だが、どちらも目がさめる様子はない。
多少、あちこち焦げているが目立った外傷はないようだし、やっぱり頭とか打っているのかもしれない。
そもそもどれだけ高い所から落ちてきたのかわからないが、あの衝撃からして生きているだけでも奇跡ではないだろうか。
「うーん、どうしよう?」
「どうする? ってアタシに聞かれても……」
確かに困るよね。
でもオレも困ってしまった。
一応、木の食器がいくつか無事だったので、桶に水を汲んでおき目覚めたら飲ませてあげるとして。
食べ物は裏手の果実をもいできてある。
好き嫌いまでは面倒みれない。
アレルギーとかがあったら……仕方ない、空腹はガマンしてもらおう。
「しかし起きないな」
「うーん、このまま休ませておいてもいいけど、アタシたちはどうする?」
正体も不明な相手と一緒に眠るというのはどうにも落ち着かないな。
魔法が得意という話だし、寝込みを襲われたらアウトだ。
この土の魔人さんは荒事に自信も実績もないのだ。
などと話していたのが聞こえたのだろうか。
「うう……」
うめき声すらイケてる吐息がダークエルフの口から洩れた。
「お、気づいたか」
「そうね。おーい、聞こえるー?」
妖精がダークエルフの顔の上を旋回する。
騒ぎ立てる妖精の声が耳障りだったのか、はたまた羽根から舞い散る蒼い鱗粉が顔にかかったのがわずらわしかったのか、眉をしかめながらダークエルフはゆっくりと目を開けた。
青い瞳がうっすらとあらわになる。
銀髪で小麦肌、瞳は碧眼のイケメンですか。
嫉妬する気すら起きないレベル差ですな、はっはっはっ。
上体を起こしながら銀髪の髪に指をからめつつ、傷む頭をおさえるポーズが実にカッコいい。
そして「ここは? 私は一体? ……そうだ、あいつらは一体どうして私を……いや、あの愚鈍からの命令か? つまり私は……」などとオレ達に気付いていないダークエルフは、独り言で意味ありげな独り言をつぶやいている。
いかにも訳ありですといった風だが、ワザとやってないか?
それはともかく。
「無事かい?」
敬語で話しかけるべきかとも思ったが、「この島はツッチーが支配してるし、そもそもツッチーは魔人だから偉そうにした方がいい。じゃないと舐められるわ!」と、普段からオレの上位存在である方のアドバイスがあったので、開幕からタメ口で行くことにした。
ちなみに妖精はオレの肩の上で、足を組んでふんぞり返っている。
彼女いわく、きっと魔人の使い魔と思われるからアタシも舐められないように尊大な態度でいくわ! と意気込み、この状態である。
正直、いつもと変わらない気もするが、それを語るほどオレは愚者ではない。
口は災いの元である。
「……ハッ!? だ、誰だ!?」
オレが声をかけると、大仰に驚きを見せるダークエルフ。
状況を説明しようとオレが口を開きかけた時。
「あ、いえ……そうか、いえ、そうでしたか……」
周囲を見渡し自分の置かれている状況を理解したらしく、オレに深く頭を下げてきた。
「助けて頂いた方に失礼を致しました。まずは感謝を」
頭の回転も速く、礼儀正しい。
これでイケメンじゃなければいい友人になれたかもな。
「気にするな、たいしたことじゃ……」
「そうよ! 感謝なさい!」
オレの肩で、小さな尊大様が尊大な態度で尊大な事を大声でおっしゃられた。
「これは可愛らしいレディ。ご挨拶が遅れました。私、ご覧のようにダークエルフで、名をディードリッヒと申します」
こうして退屈な島暮らしの日々に風が吹き込んだ。
刺激が欲しいと願っていた生活だったが、まさか空から初のお客さんを迎えるとは思わなかったな。
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