第12話『ツッチー、大地に立ってから五年後』
全てのしがらみを捨て、新天地に居を構えて二年。
あのあとマンドラゴラたちはどうなったのだろうかと思う日もあるが、だからといって見に行こうとは思わない。
今度の家も平屋であり、玄関前には妖精のための花畑。裏手にはオレの果樹林。
日差しをさえぎらないようにちょっと離れた場所に給水塔、というテンプレートになった構成の家に住んでいる。
少し歩けば海に出る為、釣り道具を一式かついで魚も釣りに出かけられる。
エサはそのへんの土をほじくって集めたミミズっぽい何かである。
そして釣りなどまともにした事のないオレでも、釣れるほどに入れ食いだ。
何年かぶりに食べた焼き魚はとてもおいしかったが、妖精が見た事もないほどイヤな顔をする。
これまで同じ草食だった同居人が、一気に生臭食になったのがダメらしい。
魚を食べた後は、臭(にお)う、臭(くさ)い、と言われて三日は寄ってこない。
うーん、これは由々しき問題だ。うまくやれてきたのに破綻の兆候である。
というわけで、魚を食べる事はやめた。
うまい、とは思うが、かつてほど日本で食べていた時ほどおいしいわけじゃない。
そもそも調理方法など海水に浸して焼く、くらいしかないのだ。
調味料がない、特に塩と醤油がない、というのはなかなかどうして食欲を減退させる。
代わりではないが、ここの果物は五年食べても飽きない。
満たされている中、さらに欲張って同居人との平和な生活を壊すくらいなら、無理に魚を食べる必要もないだろう。
そんなわけでいつもと変わらぬ生活を送っているオレは、今日も家の前につるしたハンモックで昼寝中だった。
オレの腹の上には、スピスピ寝息を立てている妖精がいる。
退屈だ。
しかし平和だ。
けれど退屈だ。
今日もお日様は全開で、陽気が心地いい。
何度目かわからないあくびをして、まどろみ、うつらうつらとしていた時。
「うん? なに、このカンジ……?」
妖精が突然目を覚ましてウロウロと周囲を見回した。
寝ぼけているだろうかと、そのアゴを猫でもあやすようにしてなでてやると、くすぐったいわといってジャレてくる。
しかし、またふと周囲をキョロキョロとしだして、上を向いた時。
「……え? ちょっと、え? え?」
妖精が見た事ないほどに慌てた表情になる。
「ツッチー、上! 逃げて逃げてぇ!!」
「は? うお!? なんじゃありゃ!!」
妖精が指す先、雲一つない青空から何かがこちらに降りて……いや、落ちてきた!
赤い玉? 隕石? ともかく燃えている何かだ!
オレはハンモックから転がり落ち、アタフタしている妖精を胸にかかえて猛ダッシュ。
しかし高い所から落ちてくるというものは、どこに墜落するかもわかにくい。
逃げているつもりで、墜落地点に向かっているという事もありえる。
走りに走って、走りながら叫んだ。
「そこに深い穴!」
すると目の前に、文字通り深い穴が生まれる。
ちなみにこれは一応、詠唱だ。
思考だけでも穴を作り出す事はできるが、言葉にした方が自分の中でイメージが固まって間違いがない。
まぁ、これだけ雑な指定に間違いもへったくれもないが。
「穴底はすごく柔らかい土!」
さらに飛び込んでもケガをしないように、穴の下を柔らかい土にしておく。
腰まで埋まるような柔らかさがあれば、着地の衝撃をほぼゼロにできるだろう。
気を付けるのは、埋まりすぎて窒息なんてならないようにする事くらいだ。
こうして深い穴に身を隠しておけば、よっぽど近くに墜落してきたとしても安全だろう。
……と、思うのだが本当にそうだろうか?
隕石というものは小さなものであっても、その衝撃はすさまじいものだと聞いたことがある。
それこそ拳大のものでも生み出す破壊エネルギーは膨大、だったとかなんとか。
オレはできる限りの保険とばかりに穴に飛び込む寸前、燃えている何かの墜落予想地点に向かい、声を張り上げる。
「あの辺、全部柔らかい土!」
いくら慌てていたとはいえ、おおざっぱすぎる詠唱をして、今度こそ生み出した穴に飛び込む。
思っていた以上に体が土に沈み込み、首のあたりまで埋まるオレ。
しばらくして、盛大な激突音が地上から聞こえてくる。
なかなか派手な音だったが、穴のおかげでオレたちは無事だ。
「ね、ねぇ、ツッチー、今の何?」
「いや、なんなんだろうな。とりあえず見に行こう」
首まで埋まったままだが、埋まっている足元の土だけを固める。
それを盛り上げていき、エレベータのごとく穴の底から地上へ戻った。
すると、思いのほか近くに空から落ちてきたソレが激突していた。
「あらまぁ」
「あー。ツッチー、がんばって作ったのにね」
そう、我が家の屋根の中心を盛大かつ正確に撃ち抜いていたのだった。
我が平屋を見れば、何かが突き刺さっている。
ここからでは形がよくわからないが、棒のようなものが空に向かって伸びていた。
色は……茶色と緑色の中間くらいの暗めの色だ。
「で、なにあれ? 見た事ある何か?」
「わかんないけど……生き物よ。大きな魔力の脈動を感じるから」
どうも生き物らしい。
そして脈動とかいうカッコいい言い方からして今も生きているらしい。
どれだけ頑丈なのだろうか。
しかし空から落ちてくるという事は、空を飛んでいたという事だろう。
と、なると?
「あれって竜?」
「……あ! ツッチー冴えてるわね、それよそれ、竜だわ!」
ピンときたひらめきが大正解らしい。
では、あの棒のような突き刺さって見えるものはシッポだろうか?
おそるおそる近づいていくオレと妖精。
近くにいくにつれて、足元の土がぶよんぶよんと波を打つ。
「ああ、柔らかくしてたっけ。はい、元通り!」
と呪文詠唱をすると、普通の土に戻る。
堅くなった地面を確かめるようにしながら、崩壊した我が家へとさらに近づく。
すると肉が焦げたような刺激臭が鼻をつく。
もし竜だとしたら、襲い掛かってこないだろうか?
遠目からにも微動だにする気配もなく、オレたちはついに眼前にまで近づいた。
マイホームは完全に崩壊している。
家そのものもは何度でも作りなおせるのだが、中にあった衣類や家具まで被害にあったのが厳しい。
特に衣服に関してはどうしても傷んでくる。
大事に着ていても限界もある、そんな貴重な品だというのに。
しかしそれでもなお。
竜だ。
竜なのだ。
異世界生活もそこそこ長くなってきたが、ザ・ファンタジーの代表的な竜をこの目で見ると感動してしまう。
マンドラゴラはちょっとイメージが崩れてしまったので残念だったが、これでチャラだ。
とりあえずさっきまで我が家の一部だった壁やら天井やらの土を、浸食支配のスキルでどけてしまう。
すると、それまで頭から我が家に埋まっていた竜が、ところどころ焼けただれた姿で横倒しになって現れる。
その周囲には家具だったものの残骸が投げ出された。
「あれ?」
「どうした?」
妖精が何かに気付く。
「ツッチー、あそこ、見て!」
竜の陰になって見えなかったが、一人の若い男が倒れていたのだ。
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