第4話『ツッチー、大地に立ってから一年後』
オレの世界の全てであるこの小島であるが、見える範囲はだいたい浸食支配化においたと思う。
少なくとも生活に不自由がない程度には好き勝手に改良している。
まず住宅事情。
試行錯誤の果て、広い平屋に落ち着いた。
二階建てにも挑戦したが、かつての豪雨で泥まみれにされたトラウマもあって落ち着かなかった。
一階にいれば二階が崩れるのではないか? 二階にいれぱ床が崩れるのではないか?
と、素人の自分が作った家だけあって、まったく信用できないのである。
それでも色々と工夫して、頑強さなどを追及した。
しかし、そもそも二階建てにして土地を節約する必要もないという結論に落ち着いた。
ここはローンを組んで土地を買うような場所ではないのである。
であるならば、とても広い一階建てが最強なのでは? と、天啓が舞い降りたのだ。
というわけで、平屋最高。
次に食料事情。
うまい果実が生る木々を集めた果樹林を、自宅から徒歩一分の位置に移動させて配置。
これにより新鮮な食料を常に確保。
果実をとりつくした木は地面の土ごと元々あった森に返し、そこでまた実が生っている別の木と交換だ。
まさに産地直送である。
野菜らしきものもいくつか土地ごとひっぱってきているが、正直食べられたものではない。
現代日本の品種改良されたものに慣れきった舌というのもあるのだろうが、とにかく固いし種が多いし、何よりおいしくない。
スーパーやコンビニで売っていた野菜はそのままでも食べられたが、ここではドレッシングをぶちまけてもなおキツいだろうというものだ。
当初はそれでも無理して食べないと栄養がかたよるのではないかとがんばっていた。
だが、そもそも今の自分はまっとうな人間なのだろうか?
そんな疑問が浮かぶと、なら、もう野菜とかいいかな? と自分に都合のいい言い訳をして、食べなくなった。
それでもお腹はへるので何か食べなくてはならない。
野菜はマズイが果物はおいしい。
そんなわけで現状、オレは果物を主食としたスイーツ魔人である。
食べ物と同じくらい重要な水に関して。
土と違って水そのものは操作できないため、そこそこ苦労した。
川や湖はあるので、川の進路を変えてひっぱってきたり、湖を小分けして水底ごと持ってきたりというのは可能だったのだが、そのままでは飲み水としては使えない。
澄んだ水はどうすれば手に入るかと色々と試行錯誤した結果、ちょっとした塔をたてることになった。
電信柱ぐらいの高さの円柱の塔で、直径は家と同じくらい。なかなか巨大な建造物だ。
そしてその天井に屋根はない。
この塔は巨大な雨水ろ過機として制作したもので、上から雨水を取り込み、石やら木々やら葉っぱやら灰やらの大自然フィルターを積層させた塔の中を通り、最下層に水をためる仕組みになっている。
雑な造りだがそこそこ綺麗な水になるし、雨もぼちぼち降るこの島であるので、一人分の飲み水どころか、水浴びできるほどの水量を確保できるようになった。
名前やかつての家族の顔、仕事やらなんやらの個人としての記憶はすべて吹っ飛んでいるが、現代日本で得た知識や倫理などは残っており、それに加えて土の魔人としての力で、こうしてなんとか日々を過ごしている状態だ。
ここまではわりと大変だった。
しかし、これだけ整ってしまえば、必要にせまられるものもなくなり、あとはだらだらと過ごすだけとなった。
現在のオレの一日のスケジュールとしては以下の通り。
起きる
食べる。
寝る。
これだけだ。
他に何もない。
もう少し詳しいタイムスケジュールとしては、お日様が真ん中くらいになって起きる。
健康の為、ラジオ体操とかストレッチをする。
その後、家の前につるしたハンモックに転がり、日向ぼっこの時間。
そのうち、お腹が減ったら果実を食べ、喉がかわいたら水を飲む。
そして暗くなったら家のベッドで寝る。
スローライフとかそういうレベルではない。
退屈も通り越して、頭がおかしくなりそうなくらいにヒマである。
もはや精神的には苦行レベルだ。
いくら第二の生をくれたとはいえ、あの戦女神とやらには恨み言しかない。
だが、唯一感謝するとすれば……。
「ツッチー、起きてるー? お花の蜜が薄くなってきたから魔力の補充してくれない?」
「あいよー」
家の裏から妖精が蒼い鱗粉をわずかにふりまきながら飛んできた。
この妖精という話し相手がいるから、孤独感に押しつぶされず、こうして正気を保っていられるのだろう。
オレはハンモックから降りて、家の裏手に回る。
平屋マイホームの右に果樹林、左に給水塔があるが、後ろには広々とした花畑がある。
敷地面積で言えばかなり広い。自宅の敷地の十倍はある。めっちゃ広い。
これは妖精の主食である花の蜜を確保するための花畑だ。
この島にも四季があるため、季節ごとに咲く花をブロックごとに仕切って集めてきた。
一年を通して、この花畑さえあれば、島のあちこちを飛び回って蜜を吸う必要はない。
花畑に集めたものはただの花もあれば、魔力を吸って咲く花、いわゆる魔草と呼ばれるもある。
妖精としては、蜜も魔力も必要であるので、両方を同時に摂取できる魔草は数や種類も少なく大変に貴重らしい。
だがこの島を妖精と探索した結果、魔草とやらはけっこうそこらじゅうに生えていた。
しかし、これはオレの浸食支配によって土地が魔力で満ち、結果として魔草が生えてきた説を妖精が提唱している。
まぁ、どちらでもかまわない。
大事なのはオレも妖精も食べ物に困窮していないという幸せな現実だ。
で、蜜はともかく魔力は吸いすぎると味が薄くなるらしい。
そんな時はオレが花畑に移動する。
魔力の補充である。
「このへん?」
「そのへんね」
妖精がくるくると旋回しているあたりに、ぼこっと土を盛り上げて背もたれのついたイスを作り出す。
イスといっても、半分ベッドみたいな背もたれの角度がゆるいもので、ビーチとかで使うカンジの形だ。
「よっこっいしょ」
「やめてよ、おじさんくさい」
「おじさんだからなぁ。今日はここで昼寝するか」
「じゃ、アタシもそうする」
オレはビーチチェアもどきに寝転がるように座る。
こうしていれば勝手にオレの魔力が浸食していき、周囲の花の蜜に含まれる魔力が濃くなっていく。
つまり今のオレは花の養分である。
オレの魔力を花が吸い、それをさらに妖精が吸う。
オレの腹の上で丸くなって寝息を立て始めた妖精は、この島における食物連鎖の頂点であった。
オレもだんだんと眠くなってきた。天気もいいし、よく眠れそうだ。
今日も平和だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます