第5話『ツッチー、大地に立ってから三年後』


「くっそぉおおおぉぉおおぉぉ!」


平和というものは唐突に崩れ去るものである。


現代日本人であれば、いやでもおつきあいしなくてはならない地震と台風。


それはこちらの世界でも当然のように存在しており、今、ツッチーアイランド(心の中で命名)は暴風にさらされていた。


家や給水塔などの建造物は問題なかったが、果樹林と花畑が盛大に吹き飛んだ。


当初は強い風が吹いてるなと思っていたが、次第にその勢いが増した頃にようやく「あ、これ、台風じゃん?」と、平和ボケしていたオレの頭にアラートが鳴り響いた。


あわてて果樹林と花畑を高い土の壁で囲んだが、急造の壁は魔力の浸食が弱く台風の前になすすべもなく吹き飛んだ。


せめて設置から二十四時間もたてば魔力が染みわたるのか強固になるんだが、せいぜい一時間程度ではこの結果もやむなく。


「あああああ、もうぉぉおおお!」


おいしい実が生る木々を苦労して集めたと言うのに、それらがきしみ、曲がり、折れて吹き飛んでいく様をただ見ているしかない無力な魔人、それがオレである。


「私のお花畑……」


悲鳴をあげるオレの肩の上で、虫の無く声よりも小さく嗚咽をもらす妖精。


こっちはこっちで貴重な魔草を集めていた花畑だ。


「……仕方ないよ、ツッチー。危ないからおうちの中にいよう、ね?」


正論だ。


ただ風と雨にうたれるだけしかできないのならば、何かが飛んできてケガをしたり、風邪をひいたりするリスクを負う必要もない。


「……そうだな。果樹林もまた集めればいいし……花畑もちゃんと作り直すからな?」

「うん、ありがと」


妖精がオレのほほをそっとなでて、なぐさめてくれた。


台風の影響で島に自生している草花のほとんどはダメになるかもしれないが、急場をしのぐ程度の量はすぐに集めてやりたい。


果樹林は後回しだ。


最悪、オレのメシはどうとでもなる。


台風が通り過ぎるのをただ家の中にこもって待つ。


備える時間も手段もあったというのに、のどかすぎる異世界で平和ボケしていた。


豪雨で一度ひどい目にあっていたにもかかわらず、だ。


客観的に自分の置かれた現状というのは、無人島でサバイバル中なのだ。


ただちょっと変わった能力があるおかけで、今まで運よくやってこれただけの話。


大自然の脅威にさらされれば、あえなくご覧のあり様だ。


自分だけならともかく、ここには妖精もいる。


オレの枕元で子猫のように丸まって、小さな寝息を立てている。


こうして近くで眠るくらいには気を許してくれるようになった妖精に応えるためにも、もっとしっかりしないといけない。






――翌日。


オレはさっそく魔草を探しに出た。


家から出て、荒れた果樹林と跡形もなくなった花畑をあとにして歩き出す。


いつもであれば見慣れた退屈な景色が広がっている島だが、今はあちらこちらで木々が倒れ地面が荒れており、もの悲しくなってくる。


「ひどい有様だ」


失われた景色をよそに、足元もぬかるみや水たまりが多くて足をとられそうになる。歩くだけでも大変だ。


しばらくして、ようやく目的の場所にやってくるものの、そこも相当にひどい状態だった。


「ツッチー、これちょっと危ないわ。地すべりとかあるかもしれないし、山はやめとこ?」


魔草は山の深い所でよく見かけたので島で一番高い山にやってきたのだが、ふもとからしてこの状態では確かに危険だ。


土を操って道を作るというのも出来ない事はないが、水分を含んでいる泥というのは操りにくいのである。


「そうだな。別の所を回ろうか」


オレは山に背を向け、次に魔草がありそうな場所へと向かう。


「こっちはどうかなー」


しばらく歩いた先は、一転して海辺である。


こちらは背の低い花が多く、砂を這うように茎をのばすものもある。


「海辺の花って少し塩辛いのよね。背に腹は代えられないけど」

「蜜が? 気のせいじゃないの?」


塩水を含んでいると蜜も塩っぽくなるのだろうか?


理屈はあっている気がするが、そんなはずない気もする。


そもそも塩辛い蜜などでは、蝶も蜂も寄ってこないだろう。


などと考え込んでいると、妖精が肩をすくめる。


「気のせいでしょうね。けど、そう感じるのよ」


……なかなか深い話だ。


本人が気のせいと自認しているのに、味覚は塩辛さを感じるらしい。


「とりあえず、このあたりから持っていこうか」

「うん。お願い」


オレは魔草が生えているあたりの砂浜の一部を動かすイメージを浮かべる。


すると音もなく、イメージした一画が思った方向へきれいにズレる。


そのままオレの後ろについてくるように念じる? と、そのようについてくる。


このへんはフィーリングなので、うまく説明できない。


あとはこの状態を維持したまま家に帰るだけだ。


その光景をオレの肩の上で見ている妖精がつぶやく。


「相変わらず……すごい能力なんだろうけど。なんかすごさが雑よね」

「上達しただろ? 昔は段差のたびに運搬物が崩れたりもしたけどさ」

「そうね、そうだったわね」


努力のたまものである。


というか、退屈すぎてこういう土を操る事ぐらいしかやる事がないのだ。


実際、色々な事ができるようになった。


攻撃魔法っぽい事も練習したし、防御魔法っぽい事も練習した。


しかしそれを活かす場所も状況もない島なので、だんだん余暇というか見世物のような事も練習しだした(妖精が喜ぶのだ)が、それはともかく。


土を操るランキングがあれば、世界で五本の指には入らないかもしれないが、十本の指には入るのではなかろうか?


もっとも、土を操るなんて微妙な能力を持つものが十人もいればであるが。


そんなこんなで、他愛もない昔話をしつつ海辺を中心に魔草を集めていくオレ達だったが、台風の傷跡というものはこれまでにないものも島にもたらしていた。


難破船が漂着していたのだ。

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