第3話『ツッチー、大地に立ってから十日目』
「くっそぉぉおおお!」
途方にくれているだけで生きていけるなら誰も労働などしない。
それは現代日本でも、妖精が飛んでいるような世界でも同じだ。
服もない、靴もない、家もない。
水もない、食べるものもない、とにかく何もない。
そんな中、必死で川をさがし、木の実を集め、簡素ながらも屋根のある家を作った。
我ながらがらよくやったと思う。
だが、異世界でも現実は厳しい。
「ちょっと! 搾りかすだかなんだか知らないけど、住むところくらいちゃんと作りなさいよ!」
「うるっせー! こちとら魔力なんて珍妙なモンの扱いを覚えるとこから始めてんだよ!」
オレは泥だらけのまま、いつものように妖精と言い争いをしていた。
最初の頃のようにオレをひどく恐れ、顔色をうかがうような態度はすでに欠片もない。
常にオレの目線より少し上で滞空しながら、文字通り上から目線でガンガンとがなりたててくる。
一方のオレは見様見真似で作った腰ミノ姿で、巨大な土くれの残骸の前に立っていた。
寝所としていたワンルームが、突如襲ってきた嵐による豪雨によって無残な姿に変わってしまったのだ。
***
この島に放り出された後、オレは生きる為に戦女神を名乗る女の妄言を必死に思い起こし、自分に何ができるのかと色々と試した。
その結果、土の魔人というだけあって、自分がいる場所の土が自在に操れるようになっている事に気付く。
操れる範囲も時間の経過とともに拡大していき、自分がそこから離れても手を加えた土の効果は持続していた。
――『浸食支配』。
あの女が口走っていた何かの名前だ。
おそらくコレがそうなのだろう。
この世界にやってきて今日で十日ほど経ち、その効果範囲は学校の教室くらいにまで広がった。
一戸建てを作るには充分なスペースだ。
この力に気付いたオレは土を操り、力の届く範囲いっぱいの箱を作った。
中はもちろん空洞で、椅子やベッドもその室内で土を盛って整形して整えた。
土ベッドの上には柔らかい葉っぱを集めて敷いた。
土イスもソファのような形にして、葉っぱをたくさん集めて敷いた。
雨風をしのげる壁と屋根、休むためのイスやベッド、これだけで生活基準がすさまじく向上した。
家が出来るまでは猛獣の類に襲われないだろうか? 魔物とかいるんだろうか? と、夜が来るたびに震えて眠っていたのだ。
だがこの魔力? で作った箱型ワンルームマイホームに死角はない。
なんせドアがないからな。
オレが入る時にちょっと土をいじって入口をつくり、中にいる時はその入口を埋めてしまう。
空気穴はもちろん確保してある。
困ったのがトイレだ。
当初、大自然の摂理に従って昨日はあっちで、今日はこっちで、と草木に栄養をまいていた。
しかし、生活の拠点というのができてしまうと周囲にまき散らすのは実に不衛生。
もちろんその都度、小さな穴を作った。
その穴にいたした後はちゃんと穴を埋めていたが、いちいち面倒なのと毎回自分のがんばった痕跡を確認するのも地味にストレスだった。
というわけで部屋を作った時、トイレも部屋の角に作った。
個室スペースを造り(同居人は妖精くらいしかいないのだが、やっぱり密閉空間は落ち着くので)便器を土で作って固め、その下にふかーい穴を作った。
形状は汲み取り式であるが汲み取る気はない。
臭いとかその他もろもろで何かやばくなったらこの穴を埋めて、別の穴を掘るだけの話である。
さらに暖炉のようものもなんとなく作ってみた。
煙突をつけて排気も万全。
火を起こすのだけがとても大変だったが、一度種火さえできてしまえばあとは燃やすものなど森に行けば腐るほどある。
なかなかの快適空間を作り上げ、その出来栄えにも満足していたのだが。
暗雲を引き連れて降り注ぐ豪雨のせいで、今、オレと妖精は互いに罵り合いつつ、なんとかしようとあがいているわけだ。
「ツッチー! ぼうっとしていないで早くなんとかして!」
「やってるよ! 今、やってんでしょ!」
昨晩の土砂降りで地盤がゆるみ、傾いた拍子に自重でつぶれた。
周囲から土を無計画に集めたせいで地盤がゆるくなっていたのかもしれない。
家が崩れたのは寝ている時だったので、ベッドから投げ出されたあげく、崩れた屋根の汚泥に盛大にまみれた。
不幸中の幸いか押しつぶされるほどの重さでもなかった。
まぁ、けっこう薄かったからね、屋根とか壁とか。
しかし、こんなに脆いのかよ土魔法。
と思ったが、ベッドやイスなどは完全形を維持していた。
この点から浸食した時間や自分が長くいる場所ほど魔法強度が増すなどの条件もあるのかもしれない。
こういった事もおいおい調べていきたい。
だが、今はとにかく第二の家を早急に立てる必要がある。
なにせ昨晩は豪雨といったが、正確には今も豪雨が続いているのだ。
つまりびっしょびょしょになりながら、オレは懸命に魔力を操り土を操っている最中なのである。
「早く! とりあえず形だけでもいいから屋根だけでも作ってぇ!」
「どっかの洞窟でも探して雨宿りして来いよ! ちっ、濡れた土だと整形しにく……ああ、また崩れた!」
なんとももどかしい感覚だ。
例えるなら砂場で城を作っているのだが、利き手を使わず片手で縛りプレイというか。
いや、わかりにくい? けれどそんな感じだ。
「これだけ濡れてから雨宿りなんて意味ないわよ! それに雨で羽が濡れてうまく飛べないの! はやくして!はやくぅ!」
「お前はチョウチョかよ! くっそ、とりあえずそこに入ってろ!」
オレは手近な地面を最初まっすぐ掘り下げ、そこから横へと大きく掘る。
L字にしておけば、雨宿りぐらいできるだろ。
「あ、ありがと! ……え、でも、これ、大丈夫? 崩れない?」
「わからん……が、多分、その辺りの土なら大丈夫! な気がする!」
なんなとくオレの魔力? の浸食度合いが高そうな場所を掘ったから耐久度は高いとは思うが。
「あれ、でもこれだと……降り込んだ雨が溜まるんじゃない?」
うん?
ああ、そうか。単にL字の穴になってるんだから、雨が続けば水没するわ。
「言われてみればそうだ。頭いいな」
「ばかっ! 絶対に入らない! 早くおうち作ってえぇぇ!」
「うっせぇぇぇ! やってるんだよぉぉぉ!」
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