第十九章

涼、文へ


 突然、いなくなることを許してほしい。


 成長したお前たちならもう大丈夫だと思った。


 二人の人生を私が縛りつける権利はない。


 太陽の光を感じてほしい。


 笑顔でいてほしい。


 普通の人生を送ってほしい。


 希望通りの福祉関係の仕事につけるように手続きはしておいた。


 できれば、私以上の大切な人を見つけてほしい。

 その人と共に歩いてほしい。


 白蘭会組長として、ここに再び宣言する。


 野田涼、文。


 君たちを解放する。

 君を解放する。


 あかりへ。


 兄との抗争に君を巻きこんでしまったことを、申し訳なく思う。


 あかりはちゃんと学校に通え。


 普通の生活に戻れ。


 大切な青春の時期だ。


 私といるよりも、友達と過ごした方がいい。


 あかりには明るい太陽の下で笑っていてほしい。


 大丈夫。

 

 あかりは思っているよりも強くなった。


 自分が思う道をいけばいい。


 白蘭会組長としてここに再び宣言する。


 須田あかり。


 君を解放する。


 舜へ


 お前なら私が消えることを予期していたことだろう。


 涼、文、あかりは私が急にいなくなったことに、戸惑っていると思う。

 

 三人のフォローを頼む。


 いきたい道へと誘導してやってくれ。


 導いてやってくれ。


 最後に舜と仕事できたことを、忘れないし誇りに思う。


 また、巡り会うことがあれば、一緒に仕事をしよう。


 戦おう。


 ありがとう。


 白蘭会最強の執事。


***********


「文、涼」

「舜」

「島本さん」

「澪様が言っていた福祉施設に案内する。ついてこい」


 文、涼は山の中にある施設に来ていた。都会と比べて自然が気持ちいい。心が洗われるような気がした。


 深呼吸をしたくなる。


 あかりも連れてきたかったが、学校があるため仕方がない。今まで、さぼっていた分、課題が山のようにでているらしい。学年上位に入っているあかりにとって、簡単なことだろう。


「あ―、舜お兄ちゃんだ」

「最近来てくれなくて、寂しかった」


 舜が入った瞬間――子供たちが寄ってくる。舜は寄ってきた子供たちの頭をなでた。子供たちはキャッキャッとはしゃいだ声をあげる。


「このお兄ちゃんとお姉ちゃんは?」


 文と涼に子供たちは期待の眼差しで見つめる。どうやら、遊んでくれる存在だと認識したらしい。


「俺の仕事仲間だよ」

「一緒に遊ぼうよ」


 文と涼はわっと取り囲まれる。缶蹴り、縄跳び、鬼ごっこ、トランプなどをして気がつけば夕方になっていた。夕食を作るいい匂いが、施設からしている。さすがに、長居をしすぎてしまった。夕食を食べていけばという同僚に、断りを入れ帰路につく。


 涼と文も楽しそうで舜は安心した。連れてきて正解だったと舜は思った。


 ここまで、心から笑っている二人を舜は久しぶりに見た。


「今日、子供たちと遊んでみて結論はでたか?」

「島本さん、私」


 先に話しだしたのは文だった。舜は運転をしながら、文の話に耳を傾ける


「この施設では働けない」

「楽しくなかったのか?」

「楽しかったわ。この場所は、私にとって澪様の思いが強すぎて苦しいの。それにね。別の福祉施設で働いた方が、澪様から離れることへの一歩だと思う」


 文が気持ちを吐きだすように答える。


「涼は?」

「私は――俺はもっと広い世界を見てみたい」

「日本をでるということか?」

「もう一度、執事としての基本を学び直したい。そして、舜みたいな執事を目指す」


 涼の瞳には挑発的な光が宿っていた。


「なるほど、な。それぞれの道をみつけたというわけか」


 舜は車の運転をしながら、瞳を細める。


「あかりの思いはどうだろうね」


 澪と会ったことで巻きこまれ、執事となったあかりはどう思っているのだろう。


 何を考えているのだろう。


 どのような今後を描いているのだろう。


「明日、私が聞いてくる」


 文、涼、舜の間に沈黙が広がる。


 その沈黙はけして嫌なものではなかった。


 *****************


「須田さん」

「島本さん」

「久しぶりだな」

「今日はどうして?」

「お前の気持ちが知りたい」

「文と野田さんは?」


 しばらく、涼と文には会っていない。二人の近況を知りたかった。どのような道に進んだか、仲間として興味があった。

 

「文は子供に関わる仕事がしたいと。涼は執事の基本を勉強しに海外へ」

「――私は」


 あかりはストローでオレンジジュースをかき混ぜる。カラカラと氷が音を立てた。カフェ内で流れる音楽はあかりの心を落ち着かせる。


「まだ、君は学生だ。焦ることはない」

「大学をでたら、起業しようと友達に誘われています」


 高校時代の友達と進路先が、偶然一緒だった。その時の友達が声をかけてきたのである。大学で学んでいるプログラミングを使い、卒業したらIT関係の会社を立ちあげようとの話しだった。


 友達との関係も良好ですでに、三人でオフィス選びが始まっていた。

 

「――そうか」

「深く聞かないのですね」

「夢があるなら、それでいい」

「島本さんは?」

「後輩の育成」

「島本さんが担当になった生徒さんたちかわいそう」


 舜の厳しい訓練に、生徒たちの悲鳴が今にも聞こえてきそうだった。それを、想像してあかりはふふふと笑う。舜もつられて小さく笑った。自然と笑顔がでるようになったなら、あかりは大丈夫だろう。


 あかりは強くなったなと舜は思う。


「ピアスを外してないのか?」

「私にとってお守りがわりです。今後、外すことはありません。それでは、まだ講義があるので私はこれで失礼します」


 舜は去りゆくあかりの背中を見届ける。


(澪様。どうか、安心してください。あの子たちは自分の足で立とうとしています。自立しようとしています)


 舜はどこかにいるだろう澪に届くようにと心の中で呟いた。

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