第十八章2
「澪様」
姿を見せた澪に、その場にいた全員が頭をさげる。
「今日は解散――もしくは、引退の話をしようと思う」
「かい……さん? いん……たい?」
どうやら、澪の言葉を理解できなかったのだろう。周囲が静かになる。
澪の横にはあかり、文、舜、涼が立っていた。
「澪様。今、何て言いました?」
「物覚えが悪い。一回で覚えろ」
「解散か引退と聞こえたように思いましたが」
「私はそう言った」
「澪様、あなたは何を言っているのかわかっておられるのですか!」
「そんなことをすると、穏健派のパワーバランスが崩れてしまいます!」
「争いになります!」
あちらこちらから怒号があがる。
どれもこれも己の保身だけの言葉で――。
自分のことだけで。
その言葉が、どれだけ澪の心をえぐっているのか――。
知らないだろう。
舜は吐き気がした。
「うるさい!」
舜がダンッと壁を叩いた。その舜の迫力に周囲が静かになる。皆の前で感情を出す舜ほど珍しいことはない。
舜自身、我慢の限界を感じていた。
自制がきかなくなっていた。
「澪様、澪様、澪様。お前らは澪様がいないと何もできないのかよ! いい歳をした大人が情けない!」
要に両親を奪われ。
殺されて。
身体は悲鳴をあげていて。
本音すら言えず。
それでも、上に立つ者として部下に弱さを見ることはなかった。
(この人が自分たちのために、どれだけ犠牲を払ってきたことか……! 傷ついてきたことか……! それを、忘れたとは言わせない……!)
「――舜」
「澪様はへたすれば――」
「舜――さがれ」
「失礼いたしました」
澪の命令に舜はさがる。この場所にいる限り、組長としての立場を貫こうとしていた。
役割を果たそうとしていた。
仕事を全うしようとしていた。
「私は賛同いたします」
老年の男性が発言する。正と優理のことを知っている人物でもある。だからこそ、出た言葉だろう。
澪に対する気持ちがあふれてきたのだろう。
「もう、澪様を解放してあげましょう。私たちが澪様を縛り付ける権利はない」
「異論はないですね? それでは、可決いたします」
代表して舜が声をあげる。
まるで、その瞳に焼き付けるように――澪はまっすぐ前を向いていた。
「澪様。お疲れ様でした。失礼いたしました」
「しばらく、一人にしてくれ」
「かしこまりました」
白蘭会の解散により、警備は警察に移行することになった。澪の体調を考えリモートで指揮をとり、警察強硬派のやくざ関係の事務所に一斉捜査に入った。
もちろん、要のところにも。
二人は使われていない本橋家の別荘に潜んでいたところに、機動隊が突入したと聞いている。さすがの要でも訓練を受けた機動隊には勝てなかったのだろう。
逮捕される時、要の人を殺せるような視線とは違い――那智は安堵の表情を浮かべていたらしい。諦めることをしない要に対し――那智は、これで終われるといった気持ちが――もう、人を殺さなくていいという思いが強かったのだろう。
その思いがあっても、那智は要の傍を離れる気はないらしい。
最後まで、添い遂げるつもりらしい。
要と那智――お互いに対して、依存をしていた。
どちらにしろ、二人に会うことはない。
話すことはない。
これまでの経緯は澪が文章にして、資料として提出している。あとは、司法が裁いてくれるだろう。裁判員裁判に選ばれた市民が、要と那智をきちんと裁いてくれることを願う。
判決を出してくれることを祈るのみである。
自分の役目はここまでだろう。
残った仕事を終わらせてから、澪はピアスを取った。ピアスを箱に片付け蓋を閉じた。
あかり、涼、文の部屋に入り手紙を机に置く。舜の部屋には扉に、手紙を挟んでおいた。
思いが多すぎて中に入るには、勇気がいったからである。涼、文、あかり、舜と実家に戻っていた澪は月明かりを頼りに、代々だけが知っている道を歩く。
出口をでるとやはり、背筋を伸ばした舜が立っていた。
澪は舜を見てわずかに笑う。
やはり、どこまでいっても律儀な舜のままだった。
「――澪様」
「舜。お前なら見送りにきてくれると思っていた」
「お気をつけていってらっしゃいませ」
「いってくる」
お互い長い間、過ごした関係である。
余計な言葉はいらない。
普段通りに、澪を見送ればいい。
(どうか、お元気で)
舜は澪の姿が見えなくなるまで頭をさげ続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます