第六章

「組長、副組長」

「澪、どうしたの?」

「何だ?」


 澪は優理と正にすっと書類をさしだした。学校が終わると要とともに二人の仕事を手伝うようになっていた。


 要も興味をもったのか覗きこんでくる。


 島本コーポレーション次期社長――島本舜


 写真に写っているのは一人の少年だった。そこには、少年の経歴が書かれている。自分の力で両親の不正を暴いたことが記載されていた。両親の虐待から救い出し――そして、訓練を受けさせれば使えるようにはなるだろう。


 舜を育てられれば、白蘭会の評判はまた一段と高まるだろう。澪はそれを見通しての推薦だった。


「判断力、行動力。彼は伸びると思います」

「ねぇ、正さん。普段、わがままを言わない澪の頼みよ?」


 優里は有無を言わずに、書類に署名をする。


「私の方からもお願いします」

 

 要も頭をさげる。


「お前の好きにすればいい」


 正はため息をつく。


「勉強になるなら、私もついていきます」

「ダメだ。澪と年齢が一緒だ。人数が多いと相手を怖がらせることになる」

「それに、私たちの新しい執事がほしかったの。ちょうどよかったわ」

「お前たちはもう休め」

「お休みなさい」

「要兄様」

「――ん?」

「私が――」


 いなくなったら両親と白蘭会を頼むという言葉を、澪はのみこんだ。


「どうした?」


 ここまで、曖昧な澪も珍しい。


 要は澪と視線をあわせた。


「何でもない。お休み」


 要は澪が入った部屋をじっと見つめた。


*************


 翌日――。


「あなたなど、生まなければよかった……!」

「この役立たず……死んでしまえ」

「お前さえいなければ、私たちは幸せだったのに……!」

「父さん……母さん、許して……!」


 両親の暴力に舜はうずくまっていた。


 暴力は日常茶飯事となっていた。しかも、他人にわからないように狙うのは服を着ている場所ばかりである。


 身なりもきちんとしているために、誰も虐待を受けているとは思ってもいないだろう。傷だけでなく舜の心は容赦なく削られていく。


 両親が経営している会社が、うまくいっていないことは知っていた。会社の売り上げ表を盗み見し、隠してあった書類を見つけて悪事を行っていることに気がついていた。


 舜は暴力から隙を見て抜けだすと、台所にあった包丁を取りだした。両親の顔が恐怖にそまる。瞬自身限界を感じていた。少年院に入ることになるかもしれないが、虐待を受けているということを証明できれば、刑を軽くすることができるだろう。


 だから、両親に気がつかれないように携帯のカメラで傷の写真を保存し―――パソコンの隠しファイルに転送していた。



「やめろ。こんなクズを殺して、殺人犯になる方がもったいない」


 凛とした声がして澪が舜の包丁を取りあげた。気がつけば警察官の姿があり、両親が連行されるところだった。


 無我夢中で警察がきているということさえ、気がつかなかった。呆然と座っている舜に澪は手をさしだした。


 恐る恐る見あげると、ブラウンの瞳が舜を見ていた。その瞳に吸い込まれるようにして、舜は澪の手をとり立ちあがる。


「――あなたは?」

「私? 私は本橋澪」

「もと……はし?」


 本橋という名前に舜は、あ、と声をあげる。

 

 両親が何回かだしたことがある。

 

 まさか、そんな有名人が舜の目の前に立っているとは――。


 自分に直接会いにくるとは、予想もしていなかった。


*****************

 

「警察に島本家の情報をリークしたのは君だろう?

「私ではなかったら、どうするつもりだったのですか?」

「自分の痕跡を消したつもりだろうが、つめが甘かったな。警察のサイバー分析課をなめるな。今回みたいに分析されるぞ」

「お前に――何がわかる!」


 舜の怒りが爆発した。


 両親がいて。


 裕福な家庭に育って。


 こっちは生活だけで精一杯だったというのに。


 我慢ばかりだったというのに。


「でもな、一つだけ言えることがある」

「聞きたくない!」


 舜は耳をふさいだ。


「――聞け」


 澪は舜の手を耳から外した。顔をあげてさせて強制的に瞳をあわせる。


「お前は一人でよくがんばった。くじけず、戦った」


 その勇気を私はほしい。


 舜は涙を流した。


「泣くのは今日だけです」


 舜は澪に宣言をする。


「泣きたいだけ泣けばいい。負の感情を全て洗い流してしまえ」


 そして、新しい自分に生れ変わるといい。


 その涙を隠すために舜が着ているパーカの帽子を澪はかぶせた。


**********


 一年後――。


「貴様が島本舜か?」

「――はっ。初めまして。組長、副組長。島本舜と申します」


 正のブラウンの瞳が、舜を見おろしていた。日本人には珍しい澪と要の瞳の薄いブラウンの色彩は、正と同じだと気がつく。


 二人の漆黒色の髪色は、優理からの遺伝らしい。


 訓練の成果なのか、そんなことを考える余裕があった。


「初めまして。要と澪の母親で本橋優理よ」

「本橋正だ」

「お二人の名前はすでに、伺っております」

「この世界に入ったこと後悔していないな?」

「はい。後悔はしておりません」


 澪が助けてくれなければ、自分は殺人者になっていた。


 人殺しになっていた。


 澪と要は希望をくれた。


 暗闇から救いだしてくれた。

 

 だから、少しでも近くにいたいと思った。

 

 今度、何かがあった時自分が守りたいと思った。


 微力ながら寄り添いたいと思った。


「いい目をしているわね」

「お褒めいただきありがとうございます」

「――優理」

「はい」


 優理は正に木箱を渡す。


「少し痛いけれど、我慢してね」


 優理は舜の耳を消毒で拭く。ピアッサーで耳たぶに穴を開けた。


 優里が耳にピアスを通す。


「あなたは澪と似ているわ」

「澪様に?」

「あなたもそう思わない?」


 舜の揺るがない瞳と。

 

 何事にも負けない澪の姿が、優理には重なって見えた。


「どうだろうな。このピアスをする以上、失態は許されない」

「これから、よろしく。頼りにしているわ」

「お二人に恥じぬように努めて参ります」


 ここに、一人の最強の執事が誕生した。






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