第七章

「文」


 大人たちの力に子供はかなわない。


 涼は羽交い締めにされて、男たちに絡まれている文を助けることができない。


 文は覚悟を決めた表情をしていた。涼だけでも逃げてほしいと視線で送る。涼はその文の視線を突っぱねた。この手を離したくない。今、文を助けられるのは涼だけである。それに、自分たちはどこまでも、一緒だと決めていたからだった。


 同じ道に行くのだと決めていた。


 涼は男たちに立ち向かっていく。急に後ろに引っ張られて涼は尻餅をついた。勢いで背中を強かにコンクリートに打ち付ける。


「――ゲスが」


 低い声がして男たちが吹き飛ばされていく。解放された文は涼の身体を支えて立ちあがらせた。


「お前――白」


 涼と文は目の前の人物に、助けられたのだと気がついた。涼はこの人物の戦い方が人を殺すものではなく、自衛のための護身術だと判断する。


 残りの男たちも逃げていく。


「あの」


 自分たちも訓練をすれば、あのように人と戦うことができるのだろうか?


 強くなれるのだろうか?

 

 立ち去ろうとしている澪に、涼は声をかけた。


「どうしたら、強くなりますか?」

「強くなりたいのか?」

「はい。妹を守りたくて」


 涼と文に両親はいない。小さい頃から施設に預けられて、育ってきた。当然、友達などいない。施設にいても、楽しくなくて施設から逃げてきた。二人で施設を脱走した直後に男たちに、絡まれていたのである。


 そこを、車から見ていた澪が助けに入ったのである。


 澪のブラウンの瞳が涼と文を見つめる。


**********


「私は野田文と言います」

「野田涼」

「本橋澪。決心がついたら、連絡するか、会いにくればいい」


 澪は涼に名刺を渡し立ち去って行く。


**************


「――組長?」

「やくざ?」


 二人は渡された名刺を覗きこむ。

 

「でも、あの人は人を殺そうとはしなかった」

「兄さん。あの人なら」

「あの人なら大丈夫かもしれない」


 人殺しはしなくていい。

 

 手を汚さなくてもいい。


 涼と文はそういった場所を探していた。


 心から求めていた。


 この人のようになりたいと思った。


 心から人を守りたい人間になりたいと思った。


 涼と文がここまで、心を動かされたのは初めてだった。


 澪に対する憧れと期待があった。


**************


 数日後――。


「決断が早かったな」

 

 涼と文は澪の部屋にきていた。二人の漆黒の瞳は、澪から視線をはずそうとしない。


 この人なら大丈夫だと、文と涼は自らの意思で澪に会いに来ていた。


「来ることがわかっていたような言葉ですね」

「感だな。この仕事をしていると自然と身につく」

「私たちも本橋さんみたいになれますか?」

「君たちの努力次第だ。これから、厳しい訓練が待っている。耐えられるか?」

「俺たちの覚悟はかわりません」

「野田涼」

「はい」

「野田文」

「はい」

「白蘭会にようこそ」


 澪は文と涼と握手をする。


 ひんやりとした冷たい手だった。


 数ヶ月後――。


「涼、文」

「澪様」


 訓練を受けた涼と文は頭をさげる。


「今日で訓練は終了だ。二人に渡したい物がある」


 文と涼に木箱を渡す。開けてみると中にピアスが入っていた。


 本橋家の家紋が入っている。


 間違いない。


 澪に認められたということだろう。


「このピアスに恥じぬように、あなたを守ることを誓います」

「私も誓います」


 涼と文は膝をついて澪に宣誓をした。

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