第四章
白蘭会最強と呼ばれている青年――島本舜は、一通のメモを渡された。
『要様、那智様の反乱により、
自分の予想が当たってしまった。今頃、涼と文が止めに入っているだろう。あの二人に任せておけば安心だろう。
「島本様はこうなることわかっておられたのですか?」
一人の執事が話しかけてくる。本橋家とも比較的交友がある家の執事だった。
「気づいていました」
「なら、どうして戻らなかったのですか! どうして……! 白蘭会最強と言われているあなたが戻れば、正様と優理様は死ぬことはなかった……!」
要様と那智様をとめられていた……!
殺されずにすんだ……!
**************
「私? 私は執事として与えられた仕事をしただけです」
「主を失ったのに、なぜそこまで冷静でいられるのですか……!」
「なぜ、でしょう?」
舜は視線を下に落とした。
いつもなら、人の目を見て話す舜には珍しい行動だった。それを見て、この人も弱っていることを知る。
それは、そうだろう。
自分を育ててくれた主を失ってしまったのだから。
澪がいるとはいえ舜も隠しているだけで、やるせない思いがあるのだろう。
舜も血の通った人間なのだと実感するほかなかった。
「失礼いたしました」
自分の怒りを舜にぶつけても仕方がない。
「私はね。この世界から身を引こうと思っています」
「あなたが引退となれば次世代は、野田兄弟ですか?」
たどり着いた答えがとある兄妹――涼と文だった。舜の厳しい訓練にも、逃げずについてきた。まだまだ、未熟なところはあるが磨けば執事として頭角を現わしてくるだろう。
舜はその時が楽しみだった。
「次世代が台頭してきております。次を担うのはあの二人でしょう」
「要様をとめられるでしょうか?」
「信じましょう――あの子たちの未来を。希望を。他の執事たちを頼みます」
舜の青みがかった瞳が、同僚を見返す。舜は同僚の執事に肩をおき歩き始める。
同僚はその後ろ姿を見届けた。
「正様、優理様。守れなくて申し訳ありませんでした」
舜は正と優理の墓に花を供えた。山奥の静かな場所に立っているため、東京都心とは違い空気が澄んでいる。
「どうして、舜が謝る?」
「正様、優理様」
これは、現か。
幻か。
それとも、夢を見ているのだろうか?
正と優理。
二人の姿がそこにあった。
「舜。この世界に身をおく者だもの。このような日がくると覚悟はしていたわ」
「要様が憎くないのですか?」
「あいつにはあいつの考えがあるのだろう」
親が子供の思いをねじ曲げることはできない。
だから、要の反逆を許した。
命を散らした。
敵に殺されるにも命を、家族の手で終わらせる方がよかった。
「ですが、残された者の気持ちをお考えください。特に澪様は――」
そこまで、言って舜にしては珍しく口をつぐむ。澪との約束を破るわけにはいかなかった。
****************::
数十年前――。
「澪様」
舜は空手の稽古をやりきり、崩れ落ちた澪の身体を支えた。苦しいとかつらいとか、一言も弱音を吐くことはなかった。
冷えきっている身体に、上着をかける。乱れた呼吸をしていた澪の背中をさすった。
正と優理には異常はなかった。
要にもその傾向はない。
澪だけが代々に渡るあるものを色濃く受け継いでいた。十歳という幼い身体に、神様は何て残酷な試練を与えたのだろう。
澪に振動が伝わらないように舜は歩く。舜と同年代であるはずの澪の身体は小さく細かった。きっと、人に見られない場所で食事の後に吐いたりしていたのだろう。
「やはり、無理をされていたのですね。最近、発作は?」
「最近はなかった。油断していた。舜……お前には隠せないな」
「澪様を見てきましたから」
「舜と話していると、心を読まれているようだ」
どこか、複雑そうな表情で澪は笑う。澪は自分がおかれている環境を自覚し、誰よりも早く気づき大人になっていくしかなかったのだろう。
もしかしたら、要よりも澪の方が成長のスピード速いのかもしれない。
「学校は大丈夫ですか?」
「体育は休ませてもらっている」
「訓練の量を減らしましょう」
「それは、やめてほしい。家族に気がつかれたくない。このことは、誰にも言うな」
澪の指が舜のスーツを掴む。
指が白くなるほど強く。
舜がその指をほどいた。救急セットを取り出すと、血がでている手の手当をする。
「正様たちに? どうしてですか? 家族でしょう?」
「組長も副組長も要兄様も忙しい……負担をかけたくない」
「わかりました。秘密にしておきます。これで、私は共犯者です」
「共犯か……いい響きだ」
「少しお休みください」
舜は澪の身体を布団におろして、タオルケットをかける。
カーテンを閉めてそれでも、眩しい夏の日差しから守るように手でそっと澪の瞳を隠す。
熱くもなく。
冷たくもなく。
その体温は体力を奪われている澪を、眠りへと誘(いざな)う。
「お休みなさい」
深い眠りについた澪に一礼して舜は部屋をでた。
***********
澪が休んでいるうちに、舜は正と優理の墓参りに来ていた。もしろん、セキュリティーで厳重に管理されており、一般人が立ち入ることができない場所に正と優理の墓はある。
これは、現か。
幻か。
正と優理の姿がそこにはあった。
「澪に何かあったの?」
正と優理が見つめてくる。
「いいえ。何でもありません」
舜は表情をとりつくろう。
「そう。それなら、いいわ」
「舜。お前が私たちの執事でよかったと思っている」
「私もお二人の傍にいれて光栄でした」
強い風が吹く。
風が落ち着く頃には舜が目を開けると、二人の姿は消えていた。
供えられた花だけが静かに揺れていた。
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