第三章

「兄様、どうして?」


 要の暴挙に制服姿の澪は呆然としていた。


 澪が学校から帰ると庭には血まみれで倒れている両親の姿があった。要が銃を持っていることから、撃ったのは確実だろう。


 季節の花が咲き誇る中で、血だらけの庭だけが異様な空間だった。澪にとって小さい頃から遊んでいた庭の思い出が汚されたような気がした。


 両親との楽しかった日々を奪われた気がした。


 けがされた気がした。


「どうして、ねぇ。武器を持たず戦うなんてもう時代遅れだ」


 本橋家は代々武器を持たずに戦ってきた。やくざ同士の衝突が起れば、話し合いで解決して市民の警備もしていた。


 周囲でも穏健派として有名だった。


 そして、武器を持つのは、最終手段として教えられてきた。


 いいか? 


 澪、要。


 覚えておけ。

 武器を持つなよ。


 先代からずっと言い聞かされてきた。


 その約束を要が破ったのである。


****************


「だからと言って、殺していい理由にはならない」

「俺はね。お前と両親が大嫌いだった」  


 仲がいいと思っていたのに。


 要と共に引き継げると思っていたのに。


 何でも相談できると思っていたのに。


 いつから、こんなに関係がこじれてしまったのだろうか?


 家族としての関係が壊れてしまったのだろうか?


 兄弟としての絆が途切れてしまったのだろうか?


 澪には見当がつかない。


 理由がわからない。


「――要兄様」


「名前を呼ぶな」


 お前に呼ばれただけで虫唾が走る。


 澪の肩に銃弾が貫通した。ポタポタと血が滴り落ちていく。澪は痛みをこらえて立ちあがった。


 今、ここで立て直さなければ、白蘭会が崩壊してしまう。


 代々が愛した組織が崩れてしまう。


 消滅してしまう。


 白蘭会の存続は自分の手にかかっている。ここまで、きてしまったら要と戦うしかない。


 澪は気持ちを切り替えるしかなかった。


 それに、要が離反し両親が死去した今――白蘭会の指揮権は澪にある。


 澪は要と相対した。これ以上、要に好き勝手にさせるわけにはいかない。まず、要から指揮権を奪わなければいけないだろう。


「本橋要――あなたを本橋家から追放する」


 澪の凛とした声が庭全体に響く。


*****************


「その言葉を待っていた。これで、俺は自由だ」


 要はこの時を待っていた。


 待ち望んでいた。


 今日、その夢がようやく叶う。


「要兄様。私はあなたを許さない」

「俺を殺せるものなら、殺してみろよ。あ、規則を破ることになるからできないか」

「ふざけるな。兄様は人の命を……軽く見ている」

「甘い人間が俺に説教か?」


 要は澪の傷口を思いっきりつかんだ。澪ははっ、はっと浅い呼吸を繰り返す。


 それでも、澪は要を睨みつける。目の前の人物はもはや、自分の兄ではない。あの優しかった要の姿ではない。澪にとって危険人物でしかなかった。


 両親の憎き敵となっていた。


 澪の怒りで燃えているブラウンの瞳が、要を睨みつける。


「甘いと……言われてもいい……私は……両親の意思を継ぐ」


 澪は途切れながらも、言葉を紡ぐ。


「思いが変わることがないのなら、決裂だな」


 要はバカにしたようにケラケラと笑う。


「要様。その汚れた手で澪様に触れないでいただきたい」


大切な主に触れるなと、執事――野田涼は要の手をはらいのけた。


 剣術も。


 武術も。

 

 マナーも。


 トップクラスであり、頼みの綱である本橋家最強の執事はいない。


 わざと、要が任務を与えてその隙を狙ったのだろう。残された自分たちで澪を守るしかなかった。


「おっと、邪魔が入った」

「これが、あなたの本当の姿」


 もう一人の澪の執事――野田文が、要の手をひねりあげた。


「そう。これが、本当の俺の姿」


 要は文の拘束を力任せにふりほどく。そのまま、姿をくらましてしまった。


「――涼、文」

「無理なさらないでください」


 涼が自分の服を破いて止血した。すぐ横では澪にかわり、文が指示をだしている。ぽたりと雫が涼の手に落ちる。


 涙が太陽の光を浴びて、きらりと輝く。


 ただ、静かに。


 声をあげることもなく。


 澪は泣いていた。


 涙を流していた。


 涼は澪の涙を手で隠す。澪が泣いていることを周囲の部下に隠すためだった。


 文と涼は澪に寄り添った。




      

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