第二章

「那智」


 澪の兄――本橋要は、従姉妹の菊地那智に電話をかけた。心配そうな声が聞こえてくる。従姉妹という血のつながりがあるからそこ、聞ける那智の声だった。


『要か? こんな時間にどうした?』

「俺は白蘭会を抜けようと思う。そして、自分の会をたちあげる」

『お前のところ、仲がよかっただろう?』

「表面上だ。俺は家族ごっこにうんざりしている。甘いあいつらのことなんて嫌いだ」


 話し合いで解決なんて時代遅れだった。いつからか、家族と距離をといたがっている自分がい。息苦しさを感じている自分がいた。

 

 本橋家から逃げ出したいと思っている自分が存在していた。


『澪たちと戦うということか?』

「そうだ。那智はどうする?」


 お前に残された道は二つ。


 聞いたからには俺の手をとるか。


 このまま、澪に従うか。


 さぁ、選べ。


『私は――お前についていく』


 そうか、要。


 お前は今まで、孤独に耐えてきたのだな。


 これ以上、一人になどさせたくない。


 地獄に堕ちてもいい。

 私はお前の手をとろう。


 新しい未来を見るために。


 共に戦おう。


「下を見てみろ」


 カーテンを開けるとすでに要の姿があった。


『待っていろ。すぐにいく』


 那智は簡単に荷物を纏めると、身支度を整える。那智の両親は抗争に巻きこまれて、すでになくなっている。


 要もそれを見通して声をかけてきたのだろう。


****************


「要」

「那智」

「お前の苦しみに気がついてやれなくてすまない」


 従姉妹として近くにいたのに。


 私はつらい。


 那智は要の胸を拳でドンと叩いた。


 ポロポロと大粒の涙を流す。


「泣くな――那智」


 相変わらず情に厚く涙もろい。要は那智の涙を拭う。要は那智の涙が落ち着いてから歩きだす。


「私は従姉妹失格だな」


 那智がポツリと呟く。


「俺には那智がいる。それだけで、充分だ」

「あいつの視線をどうやってそらしてきた?」


 あいつとは本橋家の中で最強の執事と言われている島本舜のことである。

 

「あいつにはわざと海外へ長期出張にいかせた」

「その隙を狙って襲撃というわけか」

「気がつかれたとしても、完璧主義の男だ。一度、任務を与えると帰ってこない」

「いくあてはあるのか?」

「利用してない本橋家の別荘がある。ここだ」

「綺麗にしてあるな」


 那智は椅子に座る。食料や生活雑貨も揃っていた。しばらく、生活ができそうである。


 要が大学の帰りに用意したのである。


「――那智」


 要に呼ばれて視線があった。要は那智の唇を奪う。那智が抵抗する様子はない。


「ふっ――ァ」


 那智のボタンをはずしていき、身体を支える。相手が従兄弟だとか、関係なかった。


 今はこの渦巻く熱をどうにかしてほしかった。要は那智をベッドに倒す。


 那智は静かに瞳を閉じた。


 あれから、数ヶ月後――勢力を拡大し、要が率いる蒼蘭会の名前は徐々に知られるようになり、人数も増えてきた。


 そして、今日――白蘭会を襲撃する。


 プライドなど粉砕してやる。


 澪が立ち直れないように、完膚なきまでに叩き潰すつもりでいた。邪魔者を排除するつもりでいた。


「いよいよ、今日だな」

「この日を楽しみにしておりました」


 那智は要に対して、敬語で話し跪く。那智が要の従者となった瞬間だった。


「那智」


 要は那智に木箱を渡す。那智は木箱を開けた。龍の絵が描いてあるピアスが入っている。那智は菊地家の紋章――蓮の絵が描いてあるピアスを外した。


 もう、自分の身体は菊地家のものではない。すでに、要のものとなっていた。要の手をとり初めて抱かれた時の熱は、今も忘れることができない。


 お互いの存在を認めるような激しいものだった。


 あの日の夜のことは一生、忘れることはないだろう。


「要様。組長としてつけていただけますか?」

「来い――那智」


 要は慣れた様子でピアスを通していく。


「よく似合っている」

「ありがとうございます」

「いこう――那智」 

「はい」 


 那智と要。


 自分たちの夢のために――。


 二人は立ちあがった。

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