安上がりの鍋

今日、結婚した。


奇しくも私の誕生日前日。

「34のうちに結婚できたじゃん」

見飽きたおっさんが隣で他人事のようにニシッと笑う。



やったことと言えば、婚姻届に必要事項を書き入れて、押印して、窓口に出しただけ。



なんだろう、これ。

イメージとしては、この男と背中合わせにぐるぐると太い縄で縛り上げられた気分。


5年一緒に暮らした末の、これ。

最初は、それでもまあまあ恋っぽかった。


でも、そのうちどんどん互いに隣にいることが当たり前になって。

時が経てば経つほど、この男の私への思いの薄っぺらさを見せつけられる。



ケチで。口うるさくて。

自分も色々いい加減なくせに、それを棚に上げて。


最初はイラつく度に喧嘩もしてみた。

けど、もう何だかそれも面倒。

喧嘩したからってこの人が改まるわけでもない。



そう。

私も、大した女じゃない。

ズボラで、雑で、酒飲みで。

人のことなんて、言えないの。それは知ってる。



だから——別れられない。

お互いのダメなところに安心する。

そんなことを思ってしまうのが、もうダメ。

ダメなのにね。別れられない。




——ダメなところを許し合えるのが一番幸せよ。

母親が、昔そんなことを言ってたっけ。



なんだか、ちょっと笑ってしまう。




「今日、鍋にすっか。寒いし、ラクだし」


「いいね」




鍋。


準備も片付けもラクで、適当で、安い材料でもとりあえず温まる。





安上がりの鍋みたいな夫婦。



——まあ、いいとするか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る