ピアノ

 私は、ピアノ。

 村はずれの小さな家の、小さな部屋に住んでる。


 私の主人は、私を深く愛してくれた。

 その指を駆使して——私の声を通して、数え切れない愛を叫んだ。



 やがて彼は、その才能を開花させ、世界のあらゆる場所で聴衆を感動させた。

 世界中の人が、彼を天才と呼んだ。


 けれど、どれだけ名高いピアニストになっても——ここへ帰ってくると、彼は必ず私を愛してくれた。

 その情熱的な心と、指で……一晩中。



 その彼は、もういない。

 入院していた病院で、昨日息を引き取った。


 だから——この家に来る人も、もういない。




 ねえ、あなた。


 今夜は、私に叫ばせて。


 あなたが私に注いでくれた、全ての想いを——身体から溢れ出すままに。

 一晩中。ありったけの力で。



 どうかこの想いが、空をゆくあなたに追いつきますように。









「あれ……この家、焼けちゃってる」

「人気ひとけのない村はずれですからね。気づいたらこうなってました」

「数日前の真夜中に、素晴らしいピアノの音色がしたのは……ここじゃなかったのかな」 

「まさか。ずっと誰も寄り付かなかった家ですよ?

 でも——火元は、室内のピアノだったそうです。

 なぜ火がついたのかは、いくら調べてもわからないようですけどね」




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