第48話 捨てちゃおう

「リゼー」

「はい! なんでしょうリック様!」


 夕食も済ませ、準備があるからとシエラ達はセーフハウスを出て行ってしまった。もう外は暗いというのに、熱心な事だ。


 一方、俺とリゼはというと、病み上がりな事もあり、談話室でくつろいでいた。


「お前、エルキ共和国……っていうかあの家に未練はあるか?」

「えっと、どういう事でしょう?」


 リゼはきょとんとした顔をする。まあ、いきなりそんな事を聞かれても答えられないか。


「あそこを拠点にしようかと思ってたんだが、ちょっと動きづらくなってきてな、エルキ共和国から離れようかと思ってるんだ」


 シエラ達のオファーがある事は言わなかった。知ったらリゼの事だ、変に気を遣うかもしれない。


 リゼはしばらく考えるように腕を組み、天井を見上げる。俺は特にせかすような事はせず、彼女が答えを出すまでじっと待った。


「そうですね、未練が無いと言えば嘘になりますが、私としてはリック様のそばに居る方が大事です。だから、リック様が拠点を移したいって思うなら、私はそれに従います」


 リゼの視線はまっすぐで、嘘をついていたり無理に言っているようには見えない。なら、決まりだな。


「よし、じゃあアベル達にそう答えよう」

「え?」


「リゼ、どうせろくなもの置いてないし、捨てちゃおう」

「えええっ!?」


 リゼは驚いたように声をあげる。まあ、そうだよな……という事で、俺はリゼに経緯を説明してやった。


「――というわけなんだ」

「なるほど、つまり表の顔は冒険者、裏の顔は組織の懐刀って奴ですね! カッコいいじゃないですか!」


 リゼはそう言って目を輝かせる。


「……ま、まあ魅力を見出してくれるのはいいんだが、本当に良いのか? 野宿とか野営みたいな生活が続くことになるんだぞ?」

「全く問題ないですね! さっきも言いましたけど、私はリック様と一緒ならどこでもいいんです」


 力強くうなずくリゼの姿は、俺にとってありがたかった。せめて、彼女にはなるべく不自由をさせないように頑張ろう。そう思って頬を撫でると、彼女はだらしなく顔を緩めて、口から気の抜けるような笑いを漏らした。


「うへへー……リック様が優しくてリゼは幸せでーす……」

「当り前のことをやってるだけだよ、リゼは苦労をしてきたんだから、もっと甘えてもいいんだぞ?」

「それですよそれ、私はそういうこと言ってくれるリック様の奴隷になれて、とても幸せです」


 色々と懸念事項はあるが、彼女の幸せそうな顔を見ると、それも何とかなりそうな気がしてきた。



――



「~♪」


 月が中天へ上った頃、鼻歌を歌いながら少女が歩いている。


 服装は古めかしく、整った顔を柔和に綻ばせ、銀色の髪をなびかせる姿は、まさしく童話の中に出てくるような印象を周囲に与えていた。


 何か楽しいことがあったのだろうか、その足取りは軽やかで、おおよそ夜道を一人で歩く少女とは不釣り合いであった。


「?」


 道を歩いていると、少女はとある集団を見つけた。彼らは各々粗末な武器を持ち、何かしらの作戦会議をしていた。


「よし、全員集まったな……いいか、目的の家までついたらあのモブ顔の男を呼び出せ、シエラ白金旅団の連中から引き離したところで全員でボコるぞ」


「で、でもよぉ兄貴、シエラ白金旅団に喧嘩なんか吹っ掛けたら……」

「馬鹿野郎、あんな何処にでも居そうなやつ、あいつらにとっちゃ替えの効く消耗品みたいなもんだろ、バレなきゃ大丈――」

「それは止めたほうが良いのう。お若いの」


 少女はその集団に割って入り、見た目とは裏腹に老成した言葉遣いで彼らを諫めた。


「っ!? ……お嬢ちゃん。夜更かしすると俺らみたいな奴に捕まっちまうぞ?」


 一瞬警戒したものの、男は少女の姿を見て口角を吊り上げた。こんな時間にうろついてる子供は不気味だが、銀髪で美しい目鼻立ちをしているのを見て、彼は奴隷商人に売り渡す算段を脳内で始めた。


「心配は無用じゃ、それよりも、年寄りの忠告は聞くべきじゃぞ? 儂のように痛い目を見たくなかったらな」


 その場にいる全員が思考を停止させる。少女の見た目と物言いがまったく一致しないのだ。


「ふっ……くく、ぎゃーはっはっはっは!! こんなガキに心配されるほど俺らは落ちぶれちゃいねーよ!」


 その違和感は、徐々に笑いへと昇華され、男たちは馬鹿笑いを始めた。


「……」


 一方の少女はため息をつき、憐みの視線を彼らに向ける。


「嬢ちゃんよぉ、あんま舐めてると、てめぇも売り払っちまうぞ?」


 リーダー格の男は彼女を睨んで凄んで見せる。しかし、少女は一つ溜息をついてから、こう返した。


「彼我の力量差も分からぬか、少し灸を据えてやるかのう」



――



「♪~」


 数分後、少女はまた上機嫌に夜の道を歩いている。通った後には先程の男たちが気を失って伸びていた。

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