第46話 シエラ

「シエラさん? ああ、丁度そこの路地をすごい勢いで走っていくのを見たよ」

「ありがとうございます。じゃあ俺、追いかけますんで!」


 通りを歩く人に片っ端から声をかけまくって、ようやくシエラの行方を掴む。


 町から出ていないとは思っていたが、逃げるにしても本気すぎるだろう。彼女はオース皇国=エルキ共和国の関所街を端から端まで逃げていた。


「ったく、剣聖のパッシブスキル使ってまで逃げる事は無いだろ……!」


――縮地

 剣聖のパッシブスキルであり、一瞬で相手との間合いを詰める技術だ。連続使用はできないものの、この能力を使われると追いかけるのは至難の業である。


 人気のない路地を駆け抜け、彼女の姿を探す。


 体中から汗が噴き出していて、呼吸は滅茶苦茶苦しい。おまけに病み上がりなもんだから体中が悲鳴を上げている。


 ……よくもまあ、こんなボロボロの状態で追いかけてるな、俺。


「――っ! ぎゃっ!?」


 角を曲がったところで、俺は丁度そこにいた人影とぶつかってしまい、尻もちをつく。


「痛てて……すいません、急いでて」

「ってーな、テメエ……」


 ぶつかった相手は何やら怖そうなお兄さんで、彼の足元には割れた酒瓶が落ちていた。


 人気のない路地っていうのは、得てしていわゆるアウトローとか、荒っぽい人の住処になっている。つまり、目を付けられると物凄い厄介なことになるのだ。


「ああーっ! 俺の酒が!」

「うわわ、すいません!」


 荒っぽい男の人はわざとらしく大声で叫ぶ。


 たしかに俺が悪いんだが、こういう手合いには「弁償する」って言うとかお金を払うのは悪手だ。必要以上に金額を請求されたり、そのまま強請りのカモにされる危険があるからだ。


「どうしてくれるんだよ、お前!?」

「すいません、すいません!」

「すいませんじゃねえよ、弁償しろよ弁償!」


 こういう場合、自分が遥か格上だと示しつつ、ある程度のお金を出せばそそくさと居なくなるんだが、俺はそこまで有名人じゃない。

シエラ達なら知られていてもおかしくないが、旅団に居た時は隅っこに小さく映ってるだけ、ソロになってもギルドの広報誌に数度載っただけ、そんな俺じゃあとてもじゃないがムリだ。


「この酒高かったんだよなぁ!? 金貨十枚は下らねぇぞ!」


「何をしているの、あなたたち!」


『!?』


 荒っぽい男と俺は二人同時に声がした方向へ振り向く、そこには凛とした表情のシエラが立っていた。


「……ちっ」


 男の判断は素早かった。


 これからカツアゲと洒落込もうとしている時に邪魔されたのだ。言い訳するよりもボロを出してしまうことを恐れて、彼は早々に退散することを選んだらしい。舌打ちをすると、シエラに背を向けて彼は逃げ出した。



――



「……」

「……」


 男が居なくなった後、俺とシエラはその姿勢のまま無言で見つめ合っていた。


 ……やっぱり、やりにくいよなぁ。


 思えば、彼女とはあの追放された夜以来まともに話していない。風のうわさとアベル達の様子を見る限り、十分改心してくれたと思うんだが、それでも俺には不安が残る。


 シエラもシエラで、アベル達が言うには再会するハードルが異様に高くなっているらしい。


 お互いがお互いの出方を伺うこの状況は、ある種の一騎打ちともいえる緊張感を持っていた。


「え、えっと……久しぶ――」

「っ!?」


 俺が言いかけると、シエラは身構えたまま距離を取る。なるほどこれは重症だ。


「……っと、シエラ! 俺はもう怒ってないから! シエラの答えを聞かせてくれ!」


 俺は立ち上がり、彼女に声を掛けた。


 答えとはあの御守りを返してくれるかどうかだ。捨てていないとは思うんだが……


「……」


 シエラは何も言わずに俯いて、こちらへ歩いてくる。表情は分からなかったが、耳がゆでだこの様に真っ赤だった。


「ごめん、なさいっ……」


 シエラはそう言って、あの小袋を差し出してきた。


 よかった……


 心の底からそう思いつつ、袋を受け取ってポケットへ詰める。


「こっちこそ、急に居なくなってごめんな」


 シエラに近づいて、頭を撫でてやる。追い出される前はあんなに遠くて大きな存在に見えた彼女が、今はひどく小さな存在に見えた。


「居なくなって……大変だったんだから」

「うん、分かってる」


「アタシが悪いのは分かってたけど、どうすればいいか分からなかった……」

「そっか、それを聞いて安心したよ」


「会う資格……あるのかなぁ……って、いつも考えてた」

「それを考えられた時点で、俺にとっては十分だよ」


 シエラの身体が、俺の胸によりかかってきた。


 彼女の微かな震えは、心へ染みるように伝わってくる。


「シエラ?」

「もう少し……このままで」


 震える声で紡がれたわがままに、俺はしばし付き合うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る