第45話 オース皇国での朝
「ん……うーん」
案外死んだ後でも身体の感触だとかそういうのは分かるんだな。目を瞑っているのも分かるし、身体はなんか、柔らかい布団にくるまれているような感触だ。
今の俺には確認しようもない事だが、みんなは無事にあの結界から脱出できただろうか?
命を犠牲にした挙句負けてたら恥ずかしいな。
……
しかし、俺はいつまでこのままで居ればいいんだろう?
普通だと天使なりなんなりが現れて「お前、天国or地獄行き」とか言ってくると思うんだが、そんな気配は微塵も無い。
「……」
来ないという事は、むしろ歩いて行かなければいけないのかな? 俺はそう思って目を開ける。すると視界には木目の天井が映った。
あれ、これって……俺、死んでない?
身体を起こして頭を掻く。身体の感触は特に何も異常なし、結構な時間寝ていたようで、体中からバキバキと関節の鳴る音が聞こえてきた。
周囲をぼーっと見回すと、どうやらここは何処かの宿屋らしい。窓の外は朝日がさんさんと照り付けており、隣にいくつかベッドが並んでいた。
「ここは……って、リゼ!?」
ベッドの脇でリゼが思いっきり口を開けてひっくり返っていた。
いや、お前……こういうシチュエーションだったら、もうちょっといい感じに寝ないか? 普通。
「リゼ……リゼっ!」
「んー……ぐへへー……」
ダメだ、起きる気配がない。
俺は起き抜けの身体を動かして、彼女の体を揺すった。
「こんなところで寝るな、風邪ひくぞ!」
「……んん? あ、おはようございます。リック様……」
少し大きめの声を掛けて、リゼはようやく目を開けた。まだ半分寝ているようで、目の焦点が微妙に合っていない。
「全く、なんてとこで寝てるんだ。寝るならベッドがあるだろ、隣に」
「んー……」
リゼは了解とも否定とも分からない唸り声を上げる。全く、仕方のない奴め。
俺はベッドから降りて、リゼを抱き上げると、自分の寝ていたベッドに寝かしつけた。
「ふぅ」
「ありがとう、ごさいます……ふへへー……リック様の匂いだー……」
なんで起き抜けでリゼの介抱をしてるんだろうか?
悲しい疑問が浮かんできたが、嬉しくもあった。少なくともあの老人はリゼを殺さなかった。
「さて」
部屋を出て廊下を見渡す。一般的なギルド所有のセーフハウスらしく、共通した間取りはどこか懐かしさすらあった。
――
「じゃあ今後はその方針で動こう。シエラも、それでいいね」
「ええ、それでいいわ、ここ……オース皇国のセーフハウスも引き払わなくちゃね」
勝手知ったるという感じで階段を見つけ、階下に降りていくと見慣れた四人が何か作戦会議的なことをしているのを見つけた。
「や、おはよう、みんな」
『!?』
アベル達は驚いて、全員がこっちを向く。まあ確かに、リゼが呼びに来ると思っててもおかしくないもんな。
「リック! ようやく目を覚ましたか!」
「よかったー! セリカ達、ずっと心配してたんだからね!」
「エルキ正規軍は既に領内へ帰還を果たしている。それに関しては安心していい」
アベル達は素直に俺の回復を祝ってくれた。その中で、シエラの姿が部屋の隅に見えた。
「うん、みんなありがとう……で、えっと……シエラ?」
「――っ」
俺が声を掛けると、シエラは窓から飛び出してどこかへ行ってしまった。
「え、な……何が?」
あまりの事にあっけに取られていると、アベル達は「あー……」というリアクションを取った。
「リック……君、シエラに言ったこと、覚えているか?」
「そりゃあ、まあ……」
――会う資格があると思ったら、エルキ共和国まで来てくれ。
それは、あのまま彼女が反省もせず、すぐに関係の修復を図ろうとしたときのセーフティだった。
今のアベル達を見るに、彼女は十分に反省している。だから別に俺はもう思う所は無いんだが。
「彼女の中でそのハードルが上がり続けている。と言えばわかるか?」
「あー……」
今度は俺がそのリアクションを取る。反省し過ぎちゃったか……悪い事をした。
「とりあえず追っかけたらー? セリカ達は適当に過ごしておくし」
「そうだな……じゃあリゼが起きたら――」
「おおおああああぁぁっ!! ゆめじゃなかったあああああああぁぁっ!!」
言いかけた時、二階からリゼの叫び声が聞こえ、階段から矢のように突進してくる彼女が見えた。
「噂をすれば……リゼ、ようやく起き――ぐふぉおうっ!?」
腰に向けて放たれたタックルは、俺の身体を軽々と倒した。
「良かったです! ご無事でしたか!? なんともありませんか!?」
だ、大丈夫だけども……
拾った時はあんなにガリガリだった彼女も、ここまでパワフルになったんだなぁ……なんてことを思いつつ、俺はリゼの頭を撫でた。
「ああ、大丈夫だ……リゼ、ちょっと俺はシエラを追いかけてくるから、ここで待っていてくれ」
「むぅ……」
「わがまま言うなよ、シエラはアベル達のリーダーなんだ。彼女がどっか行ったまんまじゃ何かと困るだろ」
起き上がってリゼの拘束から逃れると、彼女は不満げに声を漏らす。構って欲しいのは分かるが、ここはシエラを追いかけておかないと後々面倒そうだ。
「ねー、セリカ言ったでしょ? リックってこういう奴なのよ」
「え?」
「なるほど、これじゃあシエラもリゼちゃんも苦労するわけだ」
「ええ?」
「人としては正しいのが余計に厄介だな」
「えええ?」
訳の分からない罵倒を受けつつ、俺はシエラを追いかけるべくセーフハウスを飛び出した。
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