第43話 ヘルメス・トリスメギストス 4
アベルは結界の外を睨んで歯噛みした。
「アベル、一体どうなってるの……アタシ、いつの間にかみんなと合流できたけど、リゼとはぐれちゃうし、それに、これは……」
「僕らは人質だって事だ」
霧は幾分か晴れ、外の景色がおぼろげながらわかるようになっていた。アベル達四人は、全員で固まってそれをじっと見つめている。
『どれか一つを見捨てれば、残りは無事に返してやろう』
老人のしわがれた声が聞こえる。
「つまり、僕らの他に何組かこういう結界にとらわれた人を分けて、リックがどれを選ぶか試しているんだ」
「じゃあ、きっとセリカ達だね」
セリカが静かに、落ち込んだ声で話す。
「だって、冒険者が冒険で死ぬのは当たり前だし、リックに酷い事しちゃったもん」
「……そうね、アタシが追い出したりしなければ、こんな事にはならなかったでしょうね」
彼女の絶望的な推測に、シエラも同調する。
確かに、彼が見捨てるとすれば自分たちが適任だろう。アベルは口には出さず。そう考えた。
なぜなら、彼女たちの言う通り、冒険者はすべていつ死んでも後悔しない覚悟を持っている。ここに来ていたエルキ正規軍や、リックに連れられて来たリゼとは違う。
むしろ、彼はリックがシエラ白金旅団以外を選べば、心底見損なってしまうと考えていた。
「ダメね、アタシ……リックに会う資格がまだ無いのに、死んじゃうんだ」
シエラの目尻から涙がこぼれ落ちる。それは諦観と絶望、そして失恋による物だった。
「諦めるのが早いな、全員」
しかしただ一人、サイゾウだけがじっと結界の外を見つめていた。
「だって、セリカ達よりリゼと大勢の兵隊さんたちの方が――」
「アベル、リックはどんな奴だ?」
セリカの泣言を無視して、サイゾウはアベルに問いかける。
「……悪く言えば甘い性格だ。だけど、その甘さで僕たちは何度も救われてきたし、他の人も救われてるはずだ。それでも、必要に迫られれば、正しい選択をできる……そんな奴だ」
静かに答えると、サイゾウは大きくうなずいた。
「そうだ。あいつは甘い。特に死生観に関しては信じられないほどだ……だからこそ、その選択肢は取らない。某はそう考えて――」
『火球、火球! 火球!!』
そう言いかけた瞬間、結界の外からリックの叫ぶような魔法が聞こえてきた。
――
「なあアベル、俺にも最上級魔法を唱える方法がここに書かれているぞ、これは大賢者様お役御免だな!」
「本当か!?」
「ああ、見てみろよ、『全生命力と引き換えに魔法マスタリーLv10にする禁呪』だ。すごいだろ、これ」
「リック、正座」
「……はい」
「冗談でもそんなことは言うな、僕だから正座で済んだけど、セリカとかサイゾウだったら何されてるか分かんないぞ?」
「で、でもさ、俺だってアイテム係ばっかじゃ……」
「『でも』じゃないよ……僕たちは本当に心配してるんだ。習得しようとか絶対に考えないでくれよ」
「……はい」
――
ごめんな、アベル。みんなの心配は分かっていた。
それでも俺は、みんながピンチになって、それでこの禁呪を習得していなかったら、絶対に後悔するって思ってた。
それがこんな場所で役に立つなんて、思ってもみなかった。
――全生命力と引き換えに魔法マスタリーLv10にする禁呪
俺の魔法マスタリーLvはたったの1だ。それでここまでの力が出せるのなら、マスタリーを開放すればあの水の障壁も貫通する攻撃が放てるはずだ。
ただ、俺の魔力上限は低い。精々打てて一発だろう。だからこそ、Lv10の魔法を打てるだけの魔力を残して、火球を撃ち切ってから禁呪を発動させる。
「何度も言わせるな、お前は儂には勝てぬ! なぜそれが分からぬ!?」
分かってるんだよ。痛いほどに、何処までもはっきりと。
でも俺は、自分を見損ないたくない。エルキの住民も、シエラ達も、リゼも失いたくない。それが叶うのなら、命くらい安いものだ。
「火球っ! ――禁呪っ!!」
その言葉を叫んだ瞬間、体中に力がみなぎり、そして急速に何かが抜け落ちていく感覚があった。
アベルですら到達していない魔法マスタリーLv10、俺は今そのスキルを手に入れていた。
「な、何だと!? 馬鹿者っ、他は助けるというておろうっ!?」
「だったら! 俺の選択はっ! 『全部助ける』だっ!!!」
身体に残る魔力を全て総動員し、右手に収束させる。
右手が魔力の熱量と連鎖術の効果で破裂しそうな錯覚を覚える。間違いなく最大の威力だ。
「太陽爆発(フレア)っ!!!」
視神経を焼き尽くすような凄まじい閃光と、焼けつくような熱風を感じつつ、俺は魔力切れと生命力枯渇によって意識を手放した。
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