第42話 ヘルメス・トリスメギストス 3

「はぁ、はぁっ」

「なるほど、なるほど……第二試験も合格、と」


 周囲の景色は第四喇叭の影響で酷いものだった。


 俺は膝に手をついて何とか立っている。対する老人は涼しげな顔だ。


「さて、リックよ、この力でなにを為す? 世界の覇者か? 魔物の討伐か?」

「っ……俺は、どっちも興味がない。どちらも結局は手段だ」

「ほう?」


 老人の眉がかすかに動く。


 俺には、続きを聞きたい。そう考えているように見えた。


「俺は、俺の手がとどく範囲で、誰かが悲しむのは許せない。この力は、そのわがままを通すための力だ……地位も、名誉も、能力も、すべては結局『わがままを通す』ために使うもので、その過程で人の上に立つことや、他者を傷つけることはあっても、それが目的になっちゃいけない」

「……」


 ふと、老人の顔が柔らかくなったような気がした。


「なるほど、及第点ではあるな」


 そう呟くと、老人の周囲には霧水晶が無数に飛来して、周囲を旋回し始める。


「試験は終わりじゃ、君は合格点を取っている。しからば……ほっ!」


 霧水晶は回転、分裂、結合していき、三つの大きな水晶玉となった。


「この中から二つを選ぶことをゆるそう」

「それはどういう――」


「一つはエルキ正規軍先遣隊」

「一つはシエラ白金旅団」

「一つは君の奴隷」


 候補一つごとに老人は指を立てる。つまりこの霧水晶の中には、リゼやシエラ達、そしてエルキ共和国の兵士たちが入っているのだ。


「どれか一つを見捨てれば、残りは無事に返してやろう」

「っ……」


 老人の身体から、ほとんど質量を持っているような殺気が放たれる。さっきまでの攻防で分かっていた事だが、彼は俺よりもはるかに強い。


――エルキ正規軍

 彼らはもちろん帰れば家族がいる。それに人数が一番多い。

 だが、出発したのはかなり前で、ここで居なくなっても簡単に言い訳ができる。ただ「俺が付いた時にはみんな死んでいました」と言えばいいだけだ。


――シエラ白金旅団

 シエラ達は、世界最高峰の冒険者だ。彼女たちを失うのは相当な損失と言える。それに、シエラは俺の幼馴染だ。

 だが、白金等級の冒険者は他にもいる。後進ももちろん育ってきている。冒険者が冒険中に全滅するなんて事はありふれており、ここで死んだところで悲しむ人は居ても俺に責任は及ばない。


――リゼ

 彼女は……エルキ正規軍みたいに大勢いる訳でも、シエラ白金旅団のように世界的に有能な人間というわけでもない。

 それに法的には俺の所有物、しかも天涯孤独、たとえ死んだとしても、あの町には帰れないだろうが、シエラ白金旅団に戻ればこのまま生きていける。

 俺は……



――



「火球、火球! 火球!!」


 霧水晶の向こうで浮いている老人へ火球を放つ、表情の読めない彼は、周囲に水の膜を生成してそれを打ち消した。


「どうした? 選ばぬのか?」

「……よくも」


 俺の内側にはマグマのような怒りが沸いていた。


 デュークを目の前にした時ですら、ここまで激しい怒りに身を焦がされる事は無かった。


「よくも俺に『そんな事を考えさせたな』ああああああぁぁぁっ!!!!」


 連続して火球を放つ、すぐに大業魔を倒して時のような威力になるが、それはそこで止まる事は無い。


 俺が怒っているのは、老人にではない。


 なぜ、一瞬でも「出発からしばらく経っているし、家族も諦めているだろう」なんて考えた!

 なぜ一瞬でも「冒険者が冒険で死ぬのは普通だよな」なんて考えた!!

 なぜ一瞬でも「シエラ白金旅団に戻ればいいや」なんて考えた!!!


 全員俺の手が届く範囲に居る。その為の力がある。だったら力の差があろうと知った事か!


「火球、火球火球!!」


 大業魔を倒した時、シエラ達をイオダンから助け出すと決めた時、俺は無理だと思っても自分を見損なわないためにこの力を使った。


 なら今回だって、誰かを見捨てて一生消えない間違いを残すくらいなら、死すらも惜しくはない。


「分かっておるのか? お前は儂には勝てぬ。先程十分力量差を感じただろう!?」

「それで! 俺が諦める訳!! 無いだろ!!!」


 老人が多重生成した水の障壁を打ち消すように、火球は天から無数に降り注ぐ。


 だが、それだけじゃ攻撃は最後まで通らない。


 俺がいくら連鎖で威力を高めようと、相手の障壁は同じくらいの速度で厚みを増していく。延々とそれが続けば、魔力容量の差で、俺は負けてしまうだろう。


 だから――俺は切り札を使うことにした。

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