第41話 ヘルメス・トリスメギストス 2

 頭上から雨が降り出す。霧に沈む周囲の景色が、段々と濡れそぼり、息苦しくなるほどの湿気が襲い掛かった。


「危険かどうかなんて、話せばわかるだろ! なんでこんな大規模な――っ、回復、風切っ!」


 瞬間、視界の隅で放電が起きたのを察し、俺は飛び上がって回避する。地面に立っていれば感電していただろう。


「口ではどうとでも言い訳出来る。ならば、直接拳を交えるのも悪くないじゃろ」


 俺が着地すると、雨は唐突に止んで、今度はこぶし大の水弾が雲霞のように飛来し始める。


「回復、岩鎚、岩鎚!」


 水弾がそれぞれすべて爆裂する。俺はそれを岩の盾で凌ぎつつ距離をあける。


「そら、どうした? 避けているだけでは勝てぬぞ」

「――っ、回復、岩鎚、岩鎚!!」


 避けているだけでは勝てない。それはそうなのだが、反撃の糸口がつかめない。それと――


「さて、次はこれじゃ」


 上空に霧でかすむ視界からでも分かるような、黒く巨大な雲が生成され始める。


「回復、風切っ!」


 全速力で距離を空け、更に離れた位置に回復>岩鎚による避雷針を設置する。黒い雲から放たれた雷撃はそこに命中し、轟音と共に破壊する。


「なるほど面白い。ただ自分のスキルに酔って、好き放題していたわけではないと見える」

「……」


 その言葉ですべてを把握した。この老人は俺と戦っている訳ではないのだ。ひたすら魔法の特性と、その理解をしているかどうかのテストをしているのだ。


「乱暴者ではないが臆病者でもない。単純に相手を敵だと思い込むわけでも、非戦を訴えるわけでもなく、儂の意図を探ろうとしている」


 そして、俺の推測が正しければ次は――


「第一段階はクリアじゃ、さて、次はどうかな?」


 突如として、老人と俺の間に竜巻が発生し、地面を抉り取っていく。


「回復、岩鎚、水弾、氷結!」


 ただの岩盾じゃダメだ。地面から生成された盾に水を含ませ、それを凍結させて強度を何倍にも増すことで竜巻を凌ぐ。


 ……やはり、あの老人は俺が使ってきた魔法を模倣している。


 攻撃に使う魔法を対処する能力を持っているかどうか、自分の魔法をコントロールできているかを見ているのだ。



――



 水浸しになった身体で雷撃を全て何とかかわすと、次は雷撃と風切で成形された火球――溶断刀が飛んでくる。


「回復、水弾、岩鎚、氷結っ!」


 周囲にまき散らされた水が土と撹拌され、更に一瞬で凍結して氷の盾を生成する。

 溶断刀の熱量はすさまじいが、水は個体から液体や気体に変化する間は温度が一定になる。いくら熱量が凄まじくとも、この盾がある限りそれが貫通する事は無かった。


「なるほど、なるほど……面白い奴じゃ」


 暴風雨、大竜巻、溶断刀……


 俺が今まで使ってきた連鎖魔法は、しっかりと回避してきた。


 しかし、問題は最後の一つ……第四喇叭の対処法だ。


 アレはほとんど怒りに任せたデタラメな連鎖魔法だった。だからこそ、俺の中では対処法が思いつかない。


「では……これが最後じゃ」


 周囲に暗雲が立ち込めて、地面がひび割れる。風が吹き荒れ、割れ目の奥底から熱気が上がってくる。


「回復、風切、風切っ!!」


 だが、ただ突っ立っていたら死ぬだけだ! 風が俺の身体をさらい、マグマの噴出しそうな地面から遠ざかる。


「火球、雷撃、風切っ!」


 溶断刀を地面に打ち込むと、その軌跡を追うように雷がそちらに落ちていく。雷はより流れやすい方向へ誘導される。ならば雷撃で成形された溶断刀はまさにうってつけだろう。


「風切、風切、風切、風切っ!」


 竜巻は小細工など通用しない。ならば力業で自分がいる周りだけでも相殺するしかないだろう。


「風切、風切、風切っ!!」


 地面から吹き上がるマグマを回避し、竜巻を相殺し、雷撃を誘導する。自分が今何をしているのか理解できない。


 しかし、それでも魔法の効果が切れるまでやり続けるしかない。あとどれくらいだ。一分か、十分か、一時間か。


 目がかすむのは霧の影響だけではない。それでも俺は魔法を唱え続けた。

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