第40話 ヘルメス・トリスメギストス 1
「……この厄介な結界は、恐らく人間による物じゃないな」
俺は数回目の霧水晶を見つけつつ、仮説を呟いた。
「根拠は?」
「エルキ=イクス国境まで魔物が逃げてきていた事、そして、霧水晶が人を閉じ込めている事……恐らく、この結界を発生させている魔物の捕食方法がそれなんだろう」
「だとすれば、不味いな……早くシエラ達を助けなければ」
一時間ほど前、サイゾウが霧水晶へ飲み込まれた。それを助けようと触ったセリカも捕らえられ、残っているのは俺とアベルだけだった。
「だけど、もし捕食方法なら、エルキ共和国の先遣隊が未だに生きているのが気になる。それに、リックも霧水晶には触っただろう、何故セリカみたいに吸い込まれなかったんだ?」
そうだ、まだ吸い込まれる条件が今一つ分からない。そして目的も……
「……なあリック、君はソロの方が強いんだよな」
どうするか思案していると、アベルが唐突に口を開いた。
「あ、ああ……そうだけど」
「だったら、僕はむしろ邪魔だろう? 僕自身も前衛が居なければ魔法を使えないから、今の状況は完全に不本意なんだ」
「何を……?」
アベルの意図は分からなかったが、何か嫌な予感がして、俺は身構えた。
「僕が霧水晶を触ってみる。引き込まれれば内部の情報を調べて、そうじゃなければまた新しい法則を探る。そうしよう」
そう言って、俺が止める間もなく、アベルは見つけた霧水晶に手を触れた。
「アベルっ!!」
水晶から霧が吹き出し、アベルの姿を包み込む。そしてそれが再び収まると、彼の姿は無くなっていた。
「……クソっ、ソロで強くたって、一人で大丈夫だなんて事は無いんだぞ、馬鹿野郎っ……!」
悪態をつき、俺は霧水晶に触れる。しかし、それはアベルを飲み込んだ時と違い、何の反応も返さなかった。
――
霧の中一人で歩く。
定期的に四方へ魔法を使い、効果のかき消される方向へ歩みを進める。
何度それを繰り返しただろうか、会話する相手すらいなくなった場所で、俺は霧で見通せない景色を見ていた。
「ようやく、お前一人になったか」
「っ! 誰だっ!?」
声のする方向を見ると、白いひげを蓄えた老人が、ふわふわと浮いていた。
「儂か? 名前は何だったか……」
老人はしばらく考え込むようなそぶりを見せ、もったいつけてから名乗りを上げた。
「ヘルメス……そう名乗っていた時期が最も長いな」
「偽名だな、ヘルメスがこんなところに居るはずがない」
――ヘルメス
魔術に長け、現在の世界を形作ったような長命の存在、エルフ。更にその始祖の名前がヘルメスだ。
「それはどうかな? 儂はヤガーのスライムネットワークを切断し、あらゆる魔術を無効化するこの結界の主だ。数パーセントでも真実である可能性は無いか?」
確かに、アベルすら凌駕する高度な結界を作り出し、ヤガーの観測用スライムすら無効化する技術は、到底普通の人間ではなし得ない。
だが、俺にはそれ以上の疑問点があった。
「……なぜヤガーの名を――」
「儂は儂の同胞をすべて把握している。始祖として当然の事よ」
少なくとも……エルフであることには間違いは無いようだった。
「それで、なんでこんな場所にこんな結界を作ったんだ?」
「何、数百年ぶりに連鎖術師が現れたのだ。世界の管理者としては、危険かどうかを見極めねばと思ったまでよ」
ヘルメスは髭を揺らして笑う。しかしその眼は油断なく俺を見つめていた。
「前回の連鎖術師は不合格だった。今回はどうかな、のう……リック」
ヘルメスが俺の名前を呼んだ瞬間、頭上から無数の火球が降り注ぐ。
「っ!? 回復、岩鎚っ!」
地面が隆起し、俺を炎の雨から護るように展開する。
「この試験、簡単ではないぞ……そら、次だ」
岩の盾が、頭上から降り注ぐ炎の雨で赤熱する。しかし、次の瞬間には急速に冷却され、盾にヒビが入り、更に落ちてきた岩石が俺を押しつぶそうと迫る。
「回復、風切っ!」
強風が俺をさらい、衝突の寸前に落下地点から俺を遠ざける。
「ふむ……ある程度は使いこなしているようじゃな」
俺がクレーターの出来上がった落下地点を見て、冷や汗をかいている時、ヘルメスは顎に手を当てて楽しそうに唸った。
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