第39話 霧の球体

「おかしいな、そろそろリゼと鉢合わせてもいいくらいは歩いたはずなんだが」


 俺は右薬指の指輪から感じるリゼの位置へ向けて歩いているはずだった。


「おかしいな、もう十分は歩いているぞ、お互いに徒歩ならそこまで離れないだろう」


 俺の隣でアベルが呟く。


「うん、なるほど、やっぱりアベルの言う通り、妨害されているね」


 後ろを歩くサイゾウとセリカにも聞こえるように言う。となると、リゼとの合流は絶望的か。


「……それにしても、セリカ達と一緒の調査を引き受けてたなんてねー。最初会った時幻覚攻撃かと思っちゃった」


 次の作戦を考えていると、セリカが口を開いた。


 確かに、俺たちが同時期に同じ場所へ向かうのは、偶然にしても出来過ぎているように感じる。何かの陰謀……? いや、それにしては誰も得しないだろ、この状況。


 シエラ白金旅団をここに縛り付ける目的なら分かるが、そこで俺と引き合わせた意味が分からない。だから、これは奇跡のような偶然と思う事にしよう。


「しかし、こうなるとシエラとの合流も、リゼさんとの合流も難しいな」

「そうなってくると、元凶の解決を優先すべきか、シエラは一人でもなんとかなるはずだが、リゼが危ない」

「確かに、リゼさんは僕たちと違って戦闘力を持っていないからね……しかし、魔術的な結界を相手にどうやって元凶を追い詰めるか……」

「この結界は中心部へ向かおうとしない限りは無害なものだったよな? なら四方に魔法を撃ち込んで、掻き消された方向へ――あれ、どうした? セリカ、サイゾウ?」


 アベルと今後の話をしていると、二人がなぜか固まっていた。


「いやあ……久しぶりにリックとアベルの作戦会議が聞けて、なんというか、感慨深いなあって」

「某ではやはり力不足感がある。お前たち二人だからこそだな」


「……」


 二人はなんか生暖かい微笑みを俺とアベルに向けて、頷いている。どうもこうされると――


「ははは、照れるな……」

「数か月前までいつもやってただろ? そんな感慨深く見ないでくれ」


 アベルが恥ずかしそうに頭を掻くと、俺も気まずくなって少しぶっきらぼうに答えた。


「まーまー、セリカ達はリックとアベルが決めたことに従うよ、どうすればいいの?」

「はぁ……僕とリックで四方に初級魔法を打つから、魔法が早く消える方向に進もう。結界の中心部には核があるはずだから、それを破壊すれば結界は解除されるはずだ」


 セリカは相変わらずにやにやと俺とアベルを見ている。サイゾウもどことなくいつもよりも柔らかい雰囲気だ。


「はーい! 頑張ろうね、サイゾウ!」

「承知」


 なんだかむず痒くなるような視線を受けつつ、俺とアベルは同時に魔法を発動した。



――



 しばらく歩くと、結界の核らしきものはすぐに見つかった。

 ふよふよと浮いている、白く濁った中身の水晶玉が俺たちの目の前にある。


「これが結界の核か」

「恐らくそうだろうね、セリカ、頼めるか」


 結界の核は魔法耐性がかなり高い、物理的に破壊するのが最も手っ取り早いのだ。


「はーい、じゃあちゃっちゃと壊しちゃうよー……て――」

「待てっ!」


 セリカが結界の核を殴ろうとした瞬間、何か強烈な違和感が俺の中で膨れ上がった。


「わっと、と……リック?」


 何故止めるのか、セリカの眼はそう言っていたが、この違和感が払拭されるまでは、下手に結界内の物を壊すのは避けるべきだろう。


「少し待ってくれ、かなり高度な結界のはずなのに、ここまで簡単に核が見つかるものなのか?」

「確かに……何か奇妙だな」


 アベルが口元に手を添える。


「火球、火球、火球、火球」


 彼が思案する間、俺は四方に向けて再び魔法を使う。ここが結界の中心だとすれば、四方に延々と火球が飛んでいくはずだが、飛距離に差が起きていた。


「……ここが中心じゃない?」


「複数核の結界、いやそれにしては――」

「中心部が未だに一点を示している。ということはこの『核のような球体』は結界の作用によって生まれた副産物か」


 壊さなくてよかった。結界内で生成されるものは、基本的に結界の性質を分析するのに役立つ。俺はその球体に触れて、中身を詳しく覗き込んだ。


「どうだリック、何か見えるか?」

「少し待ってくれ……」


 水晶の曇りはかなり濃く、詳しくは見えない。しかし、その中で微かに動くものが見えた。


「これは……人か!?」


 しかも、この衣服と鎧はエルキ共和国の物だ。内部に見える人は俺の事を知覚できないようだったが、内部で圧縮されていても問題なく生きているようだった。


「なんだって!?」


 ということは、リゼの場所が分からないのも当然だった。恐らく彼女は球体の中にいる人のように閉じ込められて、周囲を浮かんでいるのだ。

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